2.その男(2)
開拓者の村に数台の馬車が到着したのは征四郎が怪物の首を斬り落としてから一カ月が過ぎた頃。
馬車の姿を見た開拓者たちは、皆が戸惑いの表情を浮かべる。
それは紛れもない自分たちが生まれた地下王国ポートボーンの紋章が刻まれた馬車である。
だからこそ、戸惑いを覚えるのだ。
この村はまだ設立してから日が浅く、王国の兵士が駐留するほど資源を収めていないのだから。
生きるも死ぬも開拓の結果次第、だと言うのに王国から馬車が来るとは何事だろうかと皆が訝しんだ。
しかし、馬車は開拓者の視線など意に介さず武装した兵士と指揮官らしい女を吐き出した。
それからさほど間を置かず、村長たる少年の前には彼らが居並んでいた。
驚いた事に彼らは一般の兵士よりも階級が高い精兵ばかりである。
この部隊の隊長だと名乗った女は、狐に似た耳と尻尾を持つ
獣人がポートボーンにおいて要職につく事は珍しい事ではない。
ロズと名乗ったその女隊長は表を調べている部下の報告を待っており、挨拶以降は口を開くことは無かった。
控えている兵士たちも無駄口を叩く者はない。
その沈黙が何とも言えない居心地の悪さを生み出し、村長は幾分か困っていたが現状を考える時間もあった。
(王国は何を気にしているんだろうか? 彼の事か? 確かに恐るべき使い手だとは思うんだが……)
村長が王国に思惑に考えを巡らせていると王国兵が部屋に駆け込んできて告げた。
「隊長、やはり八等級の
「……八等級とはのぉ。並みの兵士が百や二百では心もとない正真正銘のバケモノか」
報告を聞いた女隊長のロズは口元に笑みを浮かべ、狐に似た耳を微かに動かしながら緑色の瞳を細めて村長に向ける。
「本当に一人で?」
「仕事を請け負ったのも、帰ってきたのも一人でした。ただ、仲間がいるのかどうかまでは……」
村長は自分が確認できた事実のみを伝える。
きっと彼は一人で事を成したのだろうとは思っているが、それはその雰囲気や所作からそう感じた予測に過ぎない。
「一人で請け負い、仲間と倒して一人で討伐した事にする。承認欲求の塊ならば考えられようが、果たしてその男はどうなんじゃろうなぁ?」
「分かりかねます」
村長は決して嘘となるかもしれない事は言わない。
王国と開拓者の村の力関係を思えば、結果的にとは言え嘘となれば大きな災いを呼び込む。
それを察してか、女隊長のロズは柳眉を微かにしかめて小さな息を吐いた。
「間違っていても構わぬ、貴公の所見を問おう」
「……彼の人物ならば、一人で事を成したとしてもおかしくはないと感じさせる雰囲気がありました。また討伐が仲間とともにであれども、その数は少数であったのだろうと思われます」
「何故そう思う?」
「彼はあの怪物の討伐を請け負い、二日で戻ってきました。怪物のねぐらは村から一日歩けば辿り付けましょうが……」
村長の言葉を聞きロズは頷きを返す。
「軍を動かしたにしてはあまりに早すぎる、か」
微かに控えている兵士たちがざわめく。
信じられない、少数で可能なのか、と。
そこに遅ればせながら
老いを感じさせるその姿ながら、その眼光は未だに鋭い。
「セイシロウ、そう名乗ったのだな、その黒髪の剣士は」
「は、はい」
声にも鋭さが混じる老人に気圧されながら村長は答えた。
「如何なされた、ザカン老?」
「晒されたマンティコアの首、その骨の断面を見た。あれは正に剣による奇跡の御業」
ザカン老と呼ばれた矮躯の老人は一層声に鋭さを含ませて告げる。
その鋭さが何に起因しているのか村長には分からなかったが、それは女隊長も同じようだった。
「
「
女隊長ロズの問いかけはザカン老の独り言にかき消される。
そして、老人は再度村長を見据えて問いかけた。
「瞳の色が赤土のようだったと供述にあるが?」
「そうとしか表現できませんでした」
「それは深淵を見た者に顕れる印だ。だが、奴は落とされたと聞く。だと言うのに魔人とならずに還り来たるとは……」
老人の声に畏怖のようなモノが混ざる。
(或いは……何かやましい所があるのか)
村長は考えを表情に出さずに心ここにあらずと言った風情の老人を見やる。
ザカンは厳めしい表情を浮かべたままさらに言葉を紡いだ。
「ゼシュウ様にお伺いを立てる。隊は命があるまで待機せよ」
その言葉にはその場に居た全員が衝撃を受ける。
ゼシュウ様とは国王を補佐する軍司令であり、神なき世に信仰と言う名の大樹を育てんとするポートボーンの最有力者ゼシュウ・イガワム卿に他ならない。
国王ですらその言葉を無視する事は出来ない程の権勢を持つ。
そんな人物がいかに強かろうと一介の剣士、それも地上の者に心を割く事があるのだろうか? と。
だが、ザカンと言う名の老人がわざわざこの地に来ている事を考えればあり得ぬ事ではないかと村長はひっそりと思う。
このザカンなる老人、唯の魔術師ではなくゼシュウ・イガワム卿の懐刀なのだから。
<つづく>
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