3.その男(3)
竜の咆哮を思わせるうなりを上げて吹く風がその勢いと冷たさで旅人の体力を奪う魔の季節。
入り口付近に掲げられている怪物の頭は風にさらされ既に白骨化しているが、いまだに掲げられている。
効能は十分、そんな所だろう。
征四郎が開拓者たちの村に足を踏み入れると、村は緊張に包まれた。
誰もが普段通りを演じながら、征四郎の挙動に注目している。
狩りや採掘、或いは周辺の地図作成と言った開拓者たちの仕事を行いながらも、征四郎の動きを監視している。
少なくとも、征四郎にはそう感じ取れた。
(……以前とは違うな)
以前は恐怖から征四郎を見ていた開拓者たち。
恐れを含んだ視線は不躾であり、その所作は挙動不審でもあった。
だが今は違う。
日常生活を行っているふりをしながら伺うように、或いは監視するかのように向ける視線には明確な意図が感じられる。
その様は開拓民のそれではなく、正規の訓練を受けた軍隊を思わせる。
このご時世に軍隊を維持しているのは地下王国のどれかだけ。
地下王国。
かつての強国の成れの果て。
深淵の出現により地上が荒れるにつれて、強国はその軍事力を用いて点在していた地下の大迷宮を攻め落とし、それぞれが己の領土とした。
そして、神々が命を賭して深淵を封じ込めた頃には、強国の権力者たちは地上を見捨て地下の迷宮に立て籠っていた。
地上に取り残された人々、迷宮を追い出された迷宮の住人たちは、混乱する地上で生存競争に追われ、命を散らしていった。
征四郎が巡礼騎士団の一人として怪物を狩っていた頃には、神々が深淵を封じた事も有り地上もある程度落ち着きを取り戻していた。
ただ、深淵の落し子たる怪物は未だに存在し、地上に住まう生き残りに牙を剥いていた。
地上を生き抜いていた勇士たちが神々の威徳を称え、深淵の根絶を目指した巡礼騎士団を結成し受け入れられたのはそんな事情があったからだ。
一方で地上を見捨てた筈の地下王国も地上への復権を果たそうと動き始めていたことは覚えている。
人口問題解消の為に地下迷宮を拡大する一方で、開拓者を募り地上に送り出し始めていた。
これが貧民の口減らしであることは明白ではあったが、一方で地上支配の足掛かりと考えてもいるとは聞いていた。
あれから二十と余年が過ぎている、地上へ送り出す開拓者の数も各国で増えているのは明白だった。
その様な経緯から考えるに開拓者たちは、どこかの地下王国では貧民でしかない。
ゆえに地下王国側に何かの意図があれば村を明け渡す。
怪物に対する備えなどから見ても、開拓者側に拒否できるような力はない。
故に村の住人がそっくり入れ替わっていたとしても不思議はないが……。
(問題は、何を意図しているのかだ)
征四郎が深淵より戻りて、まだ一年は経っていない。
だが情報収集を怠りはしなかった。
地下王国の動向や魔人の噂など押さえられる限り押さえている。
魔人どもは巡礼騎士団との戦いや、その後の地下王国軍との連戦でその力を大きく削がれていると聞く。
征四郎自身も一体屠っているのだ、深淵が封じられている今、その力は衰えていくばかりであろう。
過ぎた力を持てば疎まれる。
働き過ぎた走狗は煮られる定めだと言うが、果たして巡礼騎士団の最後は何らかの陰謀の果てであったのか、唯の偶発的な事故か。
(我らの最後が仕組まれた物であるならば……)
征四郎の赤土色の瞳が陽光を受けて鈍く光った。
だが、そうであったとしてもこの村に起きている事象がそれと関係しているかは不明。
どう動くべきか思案していると、村の方から動きが生じた。
武装した
その足取りは軽やかでありながら、ある種の覚悟を示していた。
女は征四郎の前まで歩み来ると旧知の知己のような気軽さで声を掛けてきた。
「噂はかねがね聞いておるよ、カンド・セイシロウ殿」
「私の名を知る貴殿は何者だ? 初めて会うと思うが?」
征四郎が問いかけると女は狐に似た耳を微かに動かして笑う。
「
「ポートボーンか。さて、いかように確かめる?」
「かようにて」
ロズワグン、そう名乗った女の笑みが引っ込むと同時に腰に携えていた剣が抜かれる。
剣と鞘が擦れ合う耳障りな音を奏でたかと思えば、女の腕は振り抜かれていた。
切っ先を紙一重で避けながら征四郎もまた剣を抜く。
赤い刀身の僅かに反りのある片刃の剣は鞘走る音すら立てず振り抜かれた。
「ああ」
そう女は呻き、血煙の中で倒れていく。
征四郎は微かな違和感を感じ倒れたロズワグンを見やる。
狐獣人の娘は老獪な笑みを浮かべ、咳と共に血を吐き出しながらも命じる。
「は、始めよ」
ロズワグンの静かな命令が発せられると開拓者の振りをしていた兵士たちが征四郎に襲い掛かって来た。
<つづく>
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