第28話 蔵々 その3「逆さ地蔵」
季節は秋ごろであったらしい。
村では収穫の時期だが、村の集会所近くのお堂にてある秘祭が行われた。
年に一度、お堂の中のお地蔵様が村人たちに公開される、といった内容であった。
このお地蔵様は村人たちより愛され、信仰を集めていた。その為この公開は村中の人たちが注目しており、総出で行われる一代イベントであった。
だが、これはただのお地蔵様などではなかった。
この木製の地蔵像は、お堂内にて逆様に吊り上げられて祀られていた。
この村独自の風習、秘祭と言われる所以である。
そしてその見た目通り、「逆さ地蔵」と呼ばれていた。
村に伝わる昔話に、その起源があるという。
昔々、村に祀られている一体の地蔵があった。
特に何の変哲もない、四つ辻に立つ木製の地蔵だったそうだ。
いつの頃からか、村では夜中に民家に悪戯をされることが起きるようになった。
それは特定の家ではなく、毎夜別々の家、それも家の外だけではなく家の中にも
起こったそうだ。
家の壁に落書きがしてある。積んであった巻が崩されている、などなど内容的にささやかなものであったため村人たちはそれほど問題にはしていなかった。
だが変事は起きた。
ある村娘が夜中に厠に起きて外に出たところ、何者かに強姦されるという事件が起こった。家の者や村人たちは、何者の仕業かと娘に問うと
「四つ辻の地蔵にやられた」
と村娘は答え、村は騒ぎになった。
たわ言を、と信じない者たちもいたのだが、その日以降、真夜中に地蔵が村の中を歩き回っているという目撃証言が後を絶たなくなった。
夜中に起きる悪戯の内容も悪質なものに変化していったという。
村人たちは怒り、地蔵を縄で縛り上げて四つ辻大木の枝に逆さ釣りにした。
その後、夜中の悪戯は無くなり村人たちは喜んだようだが、今度は村人たちの間に咳が止まらなくなる病が流行りだした。
地蔵の祟りだ、と村人は恐れ慄いた。
村人たちは地蔵の怒りを鎮めるためお堂を建立し、地蔵を逆さ釣りのまま祀ったという。
これが件の逆さ地蔵に纏わる昔話である。
秘仏とされる逆さ地蔵は一日だけ公開され、かつこの日だけ縄が解かれて地面に降ろされるのだ。
お堂の周りには村人たちが集まっており、今か今かと地蔵の公開が待たれていた。
また村の有力者である大西家の人物も集まっていた。
当主、大西大蔵。妻のきみゑは村の因習を毛嫌いしていたため欠席。長女、浜子とその婿、念次郎。次女、雪子。そして三女、時子。
時子は美しく、村の男衆の目を引いた。
長女浜子は大蔵やきみゑに似て肥満体であり、次女雪子は誰に似たのか痩せぎすであった。そのせいか時子の美しさが際立っていたという。男衆の中には地蔵そっちのけで、滅多にお目にかかれない時子に注目していた者もいたという。
時子はきみゑの子ではなく、大蔵が女中に産ませた子供との事。故に父に似ず母親の美しさを受け継いでいたのだろう。
きみゑ、浜子、雪子に大変嫉まれていたとの事だが、大蔵の強い意向により家族として席を置いていた。
大西大蔵は三女の時子を大変気に入っていたという。
地蔵の公開の時刻が待たれる中、大西大蔵は皆の衆、お堂の前に進み出て声を張り上げた。
「皆の衆、何故この地蔵を崇め奉るのか」
その場の空気が凍り付いたという。
大西大蔵という人物は、村内の大資産家で何にでも顔が効いた。村長や駐在なども顎で使えたそうだ。さらに何かにつけて自身の権力を振りかざし、自分自身がその中心にいないと気が済まないという癖があったそうだ。
村人たちの中には「また始まった」という思いがあった。正直ウンザリしていたのだろうと思われる。
「こんな黴臭い地蔵に何の意味があるのか。昔話など馬鹿馬鹿しいとは思わないのか」
大蔵の演説が始まると、浜子は嗤い、念次郎の顔は引きつり、雪子は溜息をつき、時子には変化はみられなかった。
「儂の敷地に七つの地蔵がある。地蔵が拝みたければそこに来るがよい。いつでも門戸は開けておる。」
そして
「よってこの地蔵は今日より不要じゃ」
と続けた。
お堂を管理している和尚が大蔵をなだめたが、取り付く島もない。和尚とて大蔵に盾突くのは難しいのであろう。
誰も大西大蔵に逆らうことは出来ない。そんな中、
「おらたちの地蔵様の祭りを邪魔するんじゃねぇ!」
村の衆の中からの、誰かの声だった。
大西大蔵は激昂し、腰の刀を抜いて声の主を探した。しかし見つける事は叶わなかった。
探し出せないことを理解した大西大蔵は、より眼光が鋭くなった。
息を切らしながらお堂の扉をあけ放ち、雄叫びを上げながら手元の刀にて、地蔵を吊るしてある縄を叩き切った。
お堂の石畳に叩きつけられた地蔵は床を転がった。さらに大蔵はその地蔵の頭部を踏みつけた。
「解散じゃ」
大西大蔵は村の衆を見渡し、宣言した。そして和尚に地蔵を大西の家に運ぶよう指示を出した。
大西一家は大蔵を先頭に帰宅と相成った。
なんという罰当たりな、小声でそんな言葉が村の衆の間に流れた。されど成す術などなく、解散する以外に何も出来ない。
こうして村人たちの年に一度の秘祭は、永遠の終わりとなった。
だが。
変事は起こる。
後日ではあるが、大西時子が身籠っていることが発覚した。
大西大蔵の怒りは天を衝いた、という。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
以上が、先日小野D助氏より拝聴した話を分かりやすくまとめたものである。
話が長くなったのでA氏より途中で中断となったのだ。今回はここまで聞けた範囲での話となっている。
これは小野D助氏が生まれる前、父親の小野則松氏からD助氏が効いた話だそうだ。
認知症の傾向がみられ作話をする、と聞いていたが非常にディテールが細かい。
話の流れとしては、大西大蔵氏が人間的にかなり問題がある、といった内容ではあるのだが、話の中心には地蔵がある。
小野D助氏の言う「ジゾウになりたくない」という言葉に繋がってくるのであろうと考えている。
地蔵に纏わる奇祭というは日本全国にある。Y県では地蔵の首に縄つけ町を引き摺り歩く「地蔵転がし」、東京にある、縄でぐるぐる巻きに縛ってある「しばられ地蔵」などだ。
村の昔話を検索したが出てこなかった。歴史の流れの中に飲まれて消えていった類の昔話であろうか?
現在のこの村はダムの底に沈んでしまっている為、現地取材はなかなかに難しいか。ダムに沈むために逆さ地蔵をどこかに移す可能性を考慮したが、そのようなものは検索ヒットしなかった。
まあ、大西大蔵が運び出すように指示を出しているのでそこからか。
大西家にある七つの地蔵という新たなキーワードも出てきたところだが、この村の人たちは大蔵も含めて、妙に地蔵にこだわり過ぎているなぁ。
取材はもちろん継続だ。今後も小野D助氏の話を詰めていきたいと思う。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます