おに

大窟凱人

おに

 木に顔を押し付けて10かぞえてたら、いきなり肩に手をおかれて、ぼくは振り返った。

 

「ひひ、みつけたぜ!」


 まさひこが、いたずらっぽく笑いながら言った。


「……それ、ぼくのセリフ」


 ぼくたちは放課後、校庭でかくれ鬼をしているところだった。いまちょうどはじまったばかり。ぼくがじゃんけんで負けて、おにになった……はずなんだけど。


「しゅん、帰るぞ」


「え、どゆこと?」


 キョトンとしていると、まさひこの後ろの方からぞろぞろと他のみんなもやってきた。


「あいつだけ置いていくんだよ」


「あいつ?」


 かくれ鬼のメンバーを見てみたら……ひとりいない。


「そうまを?」


「ああ。うけるだろ?」


「うけない。いじめ。ていうか、犯罪。いじめなんて言葉は犯罪を……わいしょうか? しているって先生いってたじゃん」


「お、でた! やっぱり言うと思ったぜ。だからおまえには黙ってたんだよ」


「む……とにかくぼくは反対。バレたらどうするの?」


「いいかしゅん、別にチクられなきゃバレねえ。バレても、ちゃんと探したんだけどあいつは隠れるのがうまいから見つけきれなかったって言えばいいんだよ。小5のおれらに犯罪とか関係ねえし、ちょっと怒られるくらいだ」


「はぁ。なんでこんなこと……」


「あいつバカだろ? 自分がバカってわかってないクソバカがえらそうにしてるのがムカつくんだよ。ほんとうはぶん殴ってやりてぇが、先生に目をつけられるとめんどうだからな」


 気持ちはわかるけど、そこまでする必要なくない? そうまは人との距離感がちょっとわかってないだけだ。とくに、クラスのひえらるきー? っていうのを。先生はそんなこと教えないから、親が悪いよ。

 ……とは言えない。まさひこはあきらかにイライラしている。


「これはあいつのためだし、みんなのためでもあるんだよ。で、おまえはそんなおれのことを、犯罪者呼ばわりか?」


「いや、う……」


 こういう感じを出されてしまうと、頭が白くなってしまう。まさひことは友達だけど、ぼくたちのリーダーでもあるから。


「そんなつもりは……ないけど」


「ならいいじゃねえか。先生も言ってたろ。協調性が大事って。クラスの和をみだすやつは許さん。ほっといたら将来犯罪者になるのはあいつ。ほら行くぞ」


「……わかった。わかったよ」


 

 

 いつもの帰り道をいつもよりも真っ赤な夕日が照らしてた。

 ぞろぞろと歩くぼくたちからのびる影もすごく真っ黒だし、道沿いに並ぶ木々も、住宅地の家も、コンビニも、道路を走る車もそうだった。お天道様には、ぼくらの罪なんてお見通しらしい。


 ぼくはいじめに加担した。そうまは今もまだ校庭のどこかにかくれているのかな。さすがに気がついてもう帰ったのかも。きっと明日からもこのいじめは続くし、まさひこはあの手この手でそうまを追い詰めていきそうだ。


 思い切ってそうまに話すか? みんなおまえにムカついてるって。でもあいつがぼくの話を聞いてくれるかわからない。むしろ、逆ギレされてしまうかも。あ、ありそうだ。言っちゃ悪いけどそうまは自己中なとこがある。


 こういう場合、親に頼ったり、なんなら警察に通報した方が確実に解決する(先生は動いてくれないこともあるし、動いたとしても当人同士に謝らせて終わる。保身にはしっているぼくと同じだ。すごく忙しそうだし、しょうがないね)自分でなんとかしようとしたら悪化するに決まってるけど、チクったらぼくたちはもう友達ではいられない。でも、今のうちになんとかしないと。エスカレートしたら手に負えなくなる……


「なにだまってんだよしゅん! てか、歩くの遅すぎだろ! ぎゃはは!」


 先頭を歩いているまさひこが、いちばん後ろを歩いているぼくに言う。満面の笑みで。つい考え事にのめり込んでしまう癖のあるぼくを気遣ったんだろう。もしくは、さっきちょっとピリついたことを悪いと思っているか。陰キャのぼくがこのクラスで孤立していないのはまさひこのおかげだ。ほんと、友達に対してはいいやつだし頼れるんだけど。


「みぃつけた」


 うしろから、大きな、それでいて薄気味の悪い声が聞こえた。

 ぼくたちはいっせいに振り返る。

 少し離れたところに立っていたのは、地獄の炎みたいに燃える夕日を背負ったそうまだった。逆光のせいで全身に影がかかっていてわかりにくいけど、ぼくたちに向けて指を差している。


 追いかけてきたのか? でも、様子がおかしい。

 誰もしゃべらなかった。ざわざわする、怖い雰囲気だった。そうまがそこにいるだけで、違う世界に来てしまったような気がした。

 すると、暗い影におおわれた頭がきしむようにゆっくり傾き――

 

「みつけた! みつけたみつけたみつけたみつけたみーつけた! ケヒッ! みつけたみつけたみつけたみつけたみつけた! ケヒャ! みぃーつけたー!」


 背筋に悪寒が走り、鳥肌がぶわっと体中に広がった。あれは、そうまなの……?


 影がかかっているけどうっすらと体の白い部分は見える。歯が、鮫みたいにギザギザで尖ってる。目だって、焦点が合っていないどころか、左右の目が別々にギョロギョロ動いてて……声も、そうまに似ているけ、違う。

 

「ケヒッ! ケヒケヒケヒケヒッ! ケキャキャキャキャキャ!」


「こいつ!! ふざけてんのか!!」


 まさひこが叫ぶ。

 今にも飛びかかっていきそうだ。

 ――気づいてない!? と、とめなくちゃ。

 ぼくはまさひこに向き直って、両手を前に出し、止まれのジェスチャーをつくった。


「あぁ?」


「や、やめとこうよ……」


 まさひこはぼくをにらみつけた。でも、ここは引かない。

 あれには関わらない方がいい。ぜったいに。

 ぼくは強く目でうったえる。


「ちっ」


 まさひこは身をひるがえして歩き出した。どうやら聞き入れたようだ。

 ぼくたちもあとを追う。

 気になって一瞬だけ後ろを見ると、そうまはバイバイとでもいうように手をひらひらとふっていた。



 その後、みんなとはスーパーで駄菓子を買い、公園で少し遊んでから別れ、帰路についた。

 薄暗い住宅地を歩きながら、さっきのことを思い出す。


 ぼくが見たそうまの異変のことを話してみたら、やっぱり見えてたのはいちばんうしろを歩いていて、そうまと近くて視力が良いぼくだけだったし、ぼくがビビッて変な風に錯覚したんだろ、と言われてしまった。

 

 まさひこなんて、騙されて悔しがったり落ち込むそうまの姿を想像していただけにずっと「ムカつくぜ~」とぼやいていた。


 ヤバイなにかに付け狙われているかもしれないのに、ぼく以外なんとも思っていない。


 でも、まだなんにも起きてないからなぁ。それとも、みんなの言ったとおり、ぼくの見間違いなのかな。ビビりはなっとくいかないけど。うーん。


 そんなことを考えていたら、家についた。


 そこそこ年季の入ったアパート。見慣れたぼくの家。階段を上がり、201号室のドアを開けて中に入る。


 リビングのテーブルの上を見ると、千円札が置かれていた。


 お母さんからだ。うちの両親は共働きだし、お父さんなんてしょっちゅう出張に行ってる。だから、ばんごはんのほとんどがこれ。このお金をもってコンビニに行くってわけ。


 ほんとうなら、今日の出来事だって相談したいんだけど、残業で毎日疲れてるし、迷惑かけれない。それでなくても、ぼくはずっと前から両親にあまりかまってもらった記憶がない。自分でできることは自分でなんとかしなきゃ。


 それにほら、千円もある。コンビニのごはんの組み合わせは無限大なんだ。けっこう楽しい。


 と、着信音が無音の部屋に響く。


 非常用に持たせてもらっているGPS付きの携帯を取り出す。お母さんからだ。


「もしもし?」


「しゅんあんた! 大丈夫!? もう帰ったの!?」


 焦っているみたい。どうしたんだろう。


「だ、大丈夫。もう家にいる。え、なに?」


「はあ……ならよかった。あんたの担任の佐々木先生が、学校で襲われたみたいなのよ」


「――!?」


「今、警察が犯人を捜索してるから、すぐ捕まると思うんだけど、注意してね。家の鍵は窓も玄関も全部閉めて。誰が来ても出たらだめ。わかった?」


「う、うん。先生は大丈夫なの?」


「わからないけど、聞いた話では殺され……いいえ、なんでもない。とにかく、私も急いで帰るから」


 お母さんはそう言って電話を切り、ぼくはパニックのまますぐに家の戸締りを開始した。

 

 先生が、襲われた……? ころ……? なに? 殺された?

 なんで? 誰に? どうして? 


 なんとか家中の鍵を閉めたけど、たくさんの疑問と、ものすごくいやな胸騒ぎがずっと止まらない。異変はすでに起きていたから。


 ドン! と、音が鳴った。


 ぼくはびくっとして、玄関の方を見る。


 人の家のドアを何も言わないでこんな風にたたくなんて、借金取りかなにか怒っている人か、まるで常識のないあたまのおかしい人くらいしかいない。


「しゅーん! 開けてよ」


 そうまの声。

 あのギザギザの歯、ギョロギョロの目がフラッシュバックした。さっきの薄気味悪い声ではない。きっとそうまのふりをしている。


 心臓がばくばくする。


 とりあえず、いないふりをして……でも、ドアを壊されたら? 先生を襲ったのがあいつだったら?


 隠れなきゃ。普通の場所じゃだめだ。絶対に見つからない場所。どこだ。どこ? どこならいい?


 ぼくは音がならないように、忍び足で隠れる場所を探し回った。

 ドンドンドンと、ドアを叩く音は激しくなっていく。

 

 はやく、はやく! 


 押し入れのふすまをあける。ここならどうだろう? 布団のなかは? 違う違う。こんなのすぐバレちゃう! 


 ――あ!


 ふと、あるものが目に入った。これならいけるかも。


 ぼくは、急いでそれの中に隠れた。




 鍵が壊されて、ドアが鈍い音を立てて開くのが小さく聞こえた。

 あいつが家の中に入ってきたんだ。

 

 ぼくの隠れた場所は、押し入れの下の段にしまってあった、大きなスーツケースのなか。真っ暗でなんかへんなにおい。


 入るのは難しかったけど、背が大きい方じゃないからなんとかなった。チャックも、あとで出られるように少し開けてる。


 どれかはわからないけど、またドアが壊される音がした。うちのアパートはほとんどふすまだから、トイレかお風呂場のドアだ。


 鏡が割られる音、棚が倒される音、「どーこだ? ケヒヒヒ」っていう声、踏み荒らすような足音、台所の食器が落ちて割れる音。テレビが壊される音。ふすまを蹴っ飛ばす音。


 いろんな怖い音がした。きっと、わざとだ。なんてやつ。


 ひとつ壊されるたびに、胸がずきって痛くなる。でも、スーツケースに逃げ込んでよかった。家具が壊される音がちょっとだけやわらぐから。


 あいつはその後も家のものを壊しながらぼくを探し続け、ついにぼくが隠れてる押し入れのふすまが開いた。


 すぐ近くで、ごそごそと布団や雑貨をあさっている音がする……


 お願い。気づかないで。


 ぼくは息を潜めた。時間がすごく長く感じる。でも、がまんしていたら、音が止まって、静かになった。


 どうしたの? 早くどっかに行ってよ。


 と、その時。


「――いっ!?」

  

 おおきなハンマーでぶんなぐられたみたいな衝撃――


 それとほぼ同じタイミングでふわっと浮かんだと思ったら、ジェットコースターみたいな重力に体が引っ張られて、最後に、もういちど大きな衝撃がきて止まった。


 な、なに!? スーツケースごと飛ばされたの!? てか、声もれた!? ぼくは思わず口を手でふさいだ。


 耳を澄ませると、ガシャンガシャンとものを荒らしまくっている音。


 押し入れの中身を力任せに引っ張り出して探してる?


 スルーしてるってことは、まだバレてない。力が強すぎてスーツケースがふつうより重くなってることに気づかなかったのか。あぶなかった。


 しばらくすると、そうまは諦めたらしく、玄関の方へと向かう足音が聞こえた。



 


 あいつが家から出て行って、完全に家の中が静まり返るのを待ってからぼくはスーツケースの外に出た。


「っ――」


 家の中は荒らされ放題で、地震と怪獣がいっしょになって暴れまわったみたいだった。


 飛ばされたスーツケースを見てみると、べっこりとしたへこみと、でっかい爪あとが残っていた。


 悪い夢でも見てるみたい。


 これではっきりした。憑りつかれたのか、そうまに化けたのかはわからないけど、あれは人じゃない。帰り道に見たのはぼくの目の錯覚じゃなかった。学校で置き去りにされたそうまに、何かがあって、ああなったんだ。


 ぼくは、あの化け物を「おに」と呼ぶことにした。


 おにはかくれ鬼をやっているつもりで、ぼくたちを探し出そうとしている。楽しんでるんだ。帰り道ですぐに襲わないでぼくたちを行かせたのはそういうことだと思う。


 先生を殺したのはたぶん、ぼくらの住所を知るため。そうまはぼくや他のみんなの家を知らないはずだから。職員室から名簿を盗んで、先生はその時に……


 このかくれ鬼、もし見つかったら? 決まってる。殺されるんだ。どこかに連れ去られて食べられるのかも。


 でも、ぼくは勝った。隠れきったんだ。あとは警察を呼んでなんとかしてもらおう。


 携帯をポケットから取り出して、110番を押す。だけど、そこで手が止まった。


 まさひこたちは、ぼくのように警戒していない。家まで来られたらすぐにやられてしまう。


 ぼくを見つけきれなかったおには、次の標的のところへ向かったに違いない。ここからいちばん近い家は、まさひこの家。――伝えなきゃ。


 110番を消し、まさひこに電話をかける。


「……出ない」


 ぼくは頭を抱えた。


 ……正直怖い。けど、大丈夫。さっきも乗り切ったろ。怖くない。怖くない。深呼吸しろ。ぼくならやれる。やる。やるぞ!


 ぼくは家を飛び出すと、まさひこの家までの最短ルートを頭に思い描き、走り出した。


 ここらのことは知り尽くしてる。アパートと一軒家の間の塀によじ登り、そのうえを綱渡りの要領で進み、飛び降り、人の家の庭を横切ってまた塀に上る。障害物競争のちょっと難しいバージョンだ。もちろん、番犬がいる家や口うるさい家主がいるとこは避けてる。


 おには今頃、のんびり歩いているはず。楽しんでるから、たぶんそう。そうであって。頼むから。


 そうやって家から家へ、区画から区画へ移動しているうちに、まさひこの家に着いた。


 通りを見渡す。まだ日は沈みきっていないけど、住宅地はもうほとんど影になっていた。おには……まだいなさそう。


 まさひこの父親はこの町のコンクリート会社の社長だ。つまり、けっこういい家に住んでいる。二階建てで敷地も広め。


 ぼくはもう一度電話をかけた。


「もしもし?」


 こんどは出た。まだ問題なさそうだ。


「今家の前にいるから、出てきて!」


 まさひこは玄関を開け、最初の着信に出れなかったことを悪りいと謝り、ぼくは大慌てでさっき起きた出来事を話した。


「だから、逃げよう。今すぐ。ぼくんちに行けば安全だ。あいつ、さんざんぼくを探して見つけきれなかったんだ。だから、また戻ってくることはないよ」


「でもよ、それじゃああいつに家のなかめちゃくちゃにされるんだろ。今うちにおふくろもおやじも、兄貴もいるし」


「じゃあみんなで!」


「あとなあ。なんつーか、やっぱさすがに信じられねえ。そんなことあり得るわけないだろ」


「そんな! うそなんかついてない!」


「今日のおまえ、なんか変だぜ? でも、わざわざありがとな! あ、先生が殺されたってのはマジらしい。うちの親も言ってた。気を付けて帰れよ」


「ちょ、ちょっとまっ――」


 まさひこは玄関を閉めた。


 こうなったらせめて警察は呼ぼう。あとでなんて言われてもいい。


 ぼくは110番を押し、しどろもどだったけど警察をまさひこの家まで呼んだ。「先生を殺したやつがいる」っていうごり押しで。それがそうまだとか細かいことは言ってない。

 

 警戒態勢中だからなのか、パトカーはサイレンを鳴らしながら、すぐに到着した。

 がっしりしてて強そうな警官2人がパトカーから降りてきてぼくに話しかける。


「きみかい? 通報したのは」


「は、はい」

 

 ガチャリと家の玄関が開いた。

 外の騒ぎを聞きつけてまさひこと、まさひこの両親も家から出てきた。


「しゅん、警察呼んだのかよ!?」


「だって信じてくれないから!」


「みなさん、落ち着いてください」


 警察官の人がその場をなだめようと声をあげた。もう! はやくここから逃げないといけないのに! ぼくはあいつが来ていないか気が気じゃなくて、キョロキョロ辺りを見渡した。


 通りの奥から、おにが歩いてくる。


 ぼくは指さし、


「あいつ……あいつです!」


 と言ってからパトカーの影に隠れた。

 

 間に合わなかった。でも警察の人がいるから、きっと大丈夫。ぼくはしゃがみ込んだまま、警察とそうまの様子を見守る。


 おにの方へ向き直った2人の警官は、通報された殺人容疑者が子供だということで、拍子抜けした様子だ。片方がおにに声をかけようした。


 ――次の瞬間。


 おにが警察官に飛びかかった。警官の肩に着地してから、そのまま首をつかんでぐるりと180度回した。


「あっ……あ……」


 首がひんまがった警官の相棒が、わずかに遅れて拳銃を抜いた。


「う、動くなぁ!!! ――あぐっ」


 だけど、そうまは軽快に飛び移り、相棒の目に指を突っ込んだ。


「いいぃぃぃぃぎゃああぁぁぁ!!!!」


 相棒は叫んで抵抗したが、おにはそのまま、みかんでも割るみたいに頭をまっぷたつに割った。

 

 血がドバっと吹き出て、辺りは血の海になった。まるで公園の噴水だ。


 血まみれになったおには「ケヒケヒケヒ」とあのいやな笑い声を上げたあと、まさひこの家に向かった。


 まさひこと家族はもう家の中に避難していたけど、おには鍵の閉まった玄関を簡単に壊して中に入った。


 家の中から、まさひこと、まさひこの家族の声が聞こえた。おばさんが叫んでいる。おじさんとお兄ちゃんが必死に立ち向かってる声も聞こえた。おには笑っていた。どんどん興奮して、楽しんでいる感じだった。


 その争い――じゃない、殺りくの音は家の周辺に響き、少し経って鳴りやんだ。すると、 


「――助け」


 まさひこが玄関から外へ逃げようと出てきた。


 でも、家のなかからおにに腕をつかまれ、また戻されてしまった。


 そして、「ぎゃっ」ってまさひこが小さな悲鳴を漏らしてから、しんと静かになった。


「うぅ……ああ……は……う……」


 ぼくは震える足をなんとか立ち上げて、その場から走り去った。 


 死んだ。


 死んだ。死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ!


 みんな死んだ!


 アリがつぶされるみたいに、あっさり死んだ!!


 あんなの、あんなの!!


 ぼくは一歩でも遠くに逃げたくて、ただただ走った。


 そうしていたら、1台の車が通りかかってぼくの目の前で止まった。


 知ってる車だった。白の軽自動車。


「お母さん」


 助手席のドアが開く。


「しゅん、乗って」




 お母さんは一度家に帰って、あのめちゃくちゃな家の状態を見たあと、携帯のGPSを頼りに急いでぼくを探しに来たらしい。


 それでいま、ぼくとお母さんは町から離れたホテルの一室にいる。窓の外は、いつも見慣れたベットタウンとはぜんぜん違う都会の雰囲気だ。

 

「事件が落ち着くまではしばらくここにいましょう。お父さんもあとで来るわ。まだ残業が終わってないみたいだけど。まったく、こんな時に仕事優先なんて……」


 お母さんはうろうろしながら言った。


 ここに来るまでの車の中で、ほかのかくれ鬼参加メンバーにはグループメッセージを送っておいた。一応既読がついてはいるけど……たぶん、誰も助からない。


 メッセージの通知音が鳴る。まただ。


「しゅん、さっきからなんの通知?」


「友達から。安否確認だよ。大丈夫っぽい」


「そう」


 うそをついた。こんなこと、とても言えない。


 アプリを開くと、写真が添付されていた。映っているのは、ひどい状態の死体だった。


 おにがまさひこから携帯を奪って、かくれ鬼参加者を殺すたびに、ぼくあてに写真で報告してくる。一家惨殺の写真だ。


 これで3人目。3家族死んだ。あと2人。


 ぼくは無事を祈ることしかできない。




 

 朝が来た。ホテルでお母さんとお父さんに挟まれて目が覚める。


 こんなふうに起きるのはいつぶりだろう。いい気持ちだ。覚えてないけど、もっと小さいころは毎日こうだったのかな。


「――っ」


 昨日のことが頭をよぎった。


 でも、携帯を開く気にはなれない。ぼくはまだ眠っているお母さんとお父さんを起こさないようにベットから出て、なんとなくテレビをつけてみた。


「え……」


 おぞましいニュースが流れていた。


「昨夜未明、崎島町で起こった連続殺人事件の続報です。警察の発表によると、死者の人数は警察官も含め84名にのぼるようです。歴史上類を見ない被害者の数に、日本中が揺らいでいます。現在も警察による懸命な捜査が続けられていますが、犯人は今だ捕まっておらず……」


 涙がにじんで、あごもカチカチと震え出した。


 84名!?


 なんで……そんな……


「被害者はいずれも、夕方から深夜にかけて自宅に侵入された模様です。くれぐれも……」


 ――クラス名簿だ。


 あいつ、ぼくのクラスメイトを全員殺したんだ。家族ごと、みんな。


「は……ふ……」

 

 苦しい。息が。


 ぼくは携帯に手をのばした。


 開くと、ボイスメッセージが一件入っていた。おにからだった。


 震える指で再生をタップした。


「おいしゅん、町の外に出たな!? ルール違反だ。罰として名簿に載ってるやつら全員殺す。お前がみつかるまで殺し続ける。ケヒッ! ケヒッ! ケキャキャキャキャキャ!」


 メッセージはそこで終わっていた。


 ぼ、ぼくが。ぼくの、ぼくのせいで……み、みみみ、みんな死んだ。


 ぼくが、ぼくが見つからないと、もっとたくさんの人が殺される。殺し続けるって、いつまで? どれだけの人を?


 居場所を教えればこれ以上の被害者は出ないかもだけど、おにが言ったことをきちんと守るとも思えない。ルールだって知らされてなかった。あいつは好き勝手に殺りくを楽しんでいるだけだ。


 でも、かくれ鬼の形式にある程度従ってはいる。かくれ鬼っていう遊びにこだわってもいる。それも事実。

 もしかしたらほんとうにぼくをみつけたら満足していなくなるのかも。


 ただ、それよりも、もう……


 ぼくは、おににメッセージを送った。



 

「おはよ~」


 お母さんが起きてきた。眠そうな目をこすって。

 お父さんはまだ寝てる。きっと昨日の疲れが残ってるんだね。


「今日はお母さんもお父さんも仕事休むから、なんでも好きなもの食べに行こ」


「うん。ありがと。あのね、お母さん」


「なあに?」


「ごめんね」


「え、やだ。ちょっとしゅん、なんでそんなに泣いてるの?」


「ぼく、もう……だめになっちゃったみたい」


 そう口にした直後、部屋の窓ガラスが割れて、なにか飛び込んできた。


 84人の血を吸って赤く染まった悪魔。そうまのカタチをしたバケモノ。鮫みたいなむき出しの汚れた歯。地獄の鬼のように発達したまがまがしい指先と手足……そして、ギョロギョロと左右で違う動きをしている黒目が、ぼくに向けられる。


「みぃつけた。ケヒッ!」

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