握力と木

――――――甘い匂いがする。お気に入りのプロテインみたいな匂いで、脳味噌が幸せホルモンなるものを生成するのが自分で分かる。


「—――しもーし、もしもーし。……本当に起きないわね。」


遠くから声が聞こえる。その声も花の蜜のように甘くて、多幸感と脱力に包まれて再び夢の世界へと旅立とうとさせてくれた。


「おかしいなあ…怪我は治ったみたいだし、お香はちゃんと効いてる筈なのに。……もしかして焚き過ぎなのかな?永眠しそう?」


頬をペしぺしと叩かれる感覚と共に身体に意識が戻ってくる。だが、どうにも力が入りきらない。意識ではなく、身体が起きることを拒絶しているかのようだ。特に頭の下にある枕がふかふかで気持ちがいい。あといくらでも眠れそうだ。


「目覚めのお香に変えようかなあ。でも、うーん……この顔……いやでも……いっそグーで、頭は……可哀想か。じゃあ、……玉……」


「おはよう、お嬢さん。いい朝である」


「わっ」


何故かは全くわからないが男の危機感を感じてカッと目を開ける。目の前にはおっぱいと若葉色の髪、のぞき込んでくる糸目と、僅かに見える翡翠色の瞳。


「ああ…目が覚めた?痛むところはない?」


あと頭に咲いた大きな青い花。


「……なに?大丈夫ならどいて欲しいんだけど」


冷たい声を浴びせられ、我輩が堪能しているのが彼女の膝枕であったことにようやく気付く。すまない、と身体を起こしたところで、記憶の最後が熊さんに潰されたところで途切れていることを思い出した。


「ぬう、我輩は、あの熊さんは?いや、ここは……?」


見渡せば、そこは茶色い部屋だった。おそらく木製、それもサイドテーブルに乗っているコップや皿、香る香炉、部屋の中央で陽光を浴びる腹筋バキバキの裸像まですべてだ。強いて言うなら膝枕をしてくれていたと思われる女性は木製じゃないということくらいか。

だが、明るい。日の光を存分に取り入れていて、一面木製でも暗いとは全くおもわなかった。


「あなた、極極熊ごっきょくぐまと戦って死にかけたのよ」


すくっと立ち上がった糸目膝枕さん(仮称)が、ベッドの横に座りなおし、真っすぐにこちらを見てくる。


「あなた、『冒険者』?それとも『騎士』とか『兵士』なのかしら?」


「いや、我輩は……市民?うーん、配信者だな」


「『ハイシンシャ』?……『背信者』ね。たしか、人の言うこと聞かない人種のことだったわね。だから、なのかしら」


なにか今重大な勘違いをされた気がするが、その気持ちは糸目膝枕さん(仮称)の強い意志のこもった声で上書きされた。


「なんであんなことしたの」


「あんなこと?」


「とぼけないで。なんで極極熊と戦ったりしたの、ってことよ」


ほんの少しだけ開けられた目の奥、真剣な瞳に射抜かれる。


「そんなこと決まっている。」


我輩はこういう時のために毎日考えていた決めポーズを作りながら言う。


「そこに我輩の助けを求める声が「助けてなんて言ってない」」


ちょっとショック。


「呼んでもいない、頼んでもいない。潰されて背骨は折れてるし、運ぶのも大変だったし、治すのも大変だった。おまけに、極極熊の核を駄目にしちゃうし。本当に、なんであんなことしたの」


……確かに頼まれたわけではないが、ここまで一息に邪険にされると流石にムッとする。


「だが、あの時君は悲鳴をあげていたじゃないか。我輩はそれを聞いて駆け付けた」


「悲鳴なんてあげてないし。ちゃんと逃げなさいって言ったし」


「確かに聞いた」


「あげてない」


「聞いた」


「あげてないってば!」


「いいや、確かに聞いた。あの時の我輩はゴリラ化していたから間違いない」


「あげてな……え?」


きょとんとした顔をされる。いかん、ゴリラは幻覚だったんだ。

ところで、きょとんを巨トンに変換すると一気にごつく感じると思わないだろうか。きょとんとした巨トン顔。ふふ。


「……なに笑ってるの。こっちは真面目に話をしているのよ!」


いかん、変なことを思いついたせいで顔がにやけていたようだ。10割我輩が悪いと思うが、言い訳が思いつかない。


「やはり『背信者』というのと話すというのが間違っているのね」


彼女は呆れたように立ち上がり、背中を向けてこの部屋の唯一の出入り口へ歩いて行った。


「身体が治るまではいていいから。治ったら帰りなさい。」


そう言って彼女は部屋を出て行った。裸足だったが、ペタペタという足音もなく、とても淑やかな動きだった。


「……ぬぅん」


いや、本当に悪いことをした。いくら言われ様が気に入らないからといって、真面目な話をしている時に笑うのはよくない。我輩は美形でかっこよくてハンサムでイケメンなのだが、ちょっと馬鹿なのが玉に瑕だ。自覚はあるのだが一向に直らない。

この前も友人がくれた『馬鹿に付ける薬』を一升瓶で飲んだが、全く改善されなかった。まあ、視聴者は喜んでくれたからいいが。


仕方ないのでベッドから立ち上がり、身体の調子を確かめる。

まずは柔軟運動。首、手、腕、背中、腰、腹、と上半身をよく解してから、下半身へ。筋肉を伸ばすと同時に痛みが無いかの確認もしていく。

ぐねんぐねんと、タコやイソギンチャクを思わせる動きをして、最後はI字バランスで終了する。


(我輩、絶好調!)


サイドテーブルには、愛用している服も畳んでおいてあった。

おそらく先程の彼女だろう。

合掌して虚空に感謝を述べてから服を着る。

先の戦いでちぎれたのか、治療の際に切ってしまったのかは分からないが、被り物は無くなっていて、背中にはチラホラ穴が空いている。ちょっとスースーするが、イチモツをブラつかせたままよりよっぽどいいので助かる。何度か『土』の形になるように開脚ジャンプを行なったところ、尻のところまで裂けた気がするが誤差だろう。


「準備は終わったかい?」


「おっふ……!?」


よし。では先ほどの彼女を追うかと考えたところで、一歩目と同時に声を掛けられてすっ転びそうになった。

部屋の中には誰もいない。先ほどまでと何も変わることなく、木製の家具や香炉腹筋バキバキの裸像が部屋を彩っているだけで、我輩以外に動くものはいない。


「誰だ、姿を見せろ」


細心の注意を払いながら部屋を見て回る。ベッドやテーブルの下、裸像の前、裸像の後ろ、裸像の上。

しかし、誰かが隠れている様子は一切ない。我輩は裸像に手を置いたまま周囲を見回す。


「くっ、どこだ!」


「逆に聞くけどなんでわからないの」


うわあ!裸像がしゃべったあ!







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握力王~魔力結晶は握りつぶして使うんですよ~ しめりけ @antagatadokosa2147

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