第25話

「はぁ…こんな話したら酒場にいる気分じゃ無くなったな」


ミルクを飲み干すと、ゼルは代金を空のコップの傍に置いて席を立った。


「帰るのか?」

「ここ、酒臭くて匂いが移るのが嫌だからな」

「そっか、じゃあな」


モブータの言葉に手をヒラヒラと動かす事で返事をしたゼルは、酒場の扉を開きベルの音を別れの挨拶の様にこの場から去っていった。


「しかし、俺に何を聞こうとしたんだろうな…」


ゼルが始めに問いただそうとした言葉が頭に残り、モブータは不思議そうな顔をしながら顎鬚を撫でた。




 酒場から離れて繁華街へと延びる道の途中、ゼルは難しい顔をしながら歩いていた。


(…あいつはオレが狂化状態になってたのに、それが解かれた時、無傷でオレの前に立っていた)


彼の頭の中には、今日の洞窟での情景が浮かんでいた。


(弓を構えてただけのあいつ…。それだけのあいつに…)


ゼルは足を止めて、その時に見たモブータの顔をはっきりと記憶の中の映像で思い浮かべる。


「オレが…モブータにを感じたって事か…」




「あぁ~~…。本当に疲れた…」


疲れから酒場でもあまり酒を追加で飲めず、大人しく宿に戻ったモブータは日記に今日の出来事を書き収めると、ベッドに仰向けで転がった。


額に左腕を乗せて少しため息を吐くと、木目の天井を仰ぎ見る。


頭の中に、ゼルが言っていた言葉がよぎる。


「お酒は二十歳になってから。俺に太郎って付けて呼んでた…」


馴染みがありすぎた。それはあまりにも自分がこの世界に来る前にあったルールや慣習。


何より、フィジカルギフテッドと呼ぶには余る程のゼルの身体能力の高さ。


後天的に授かったものだとすれば、モブータはどこか腑に落ちる感覚があった。


「あいつ、もしかして俺と同じ…この世界に”来た側”の人間か…?」

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