第24話

 突如始まった腕相撲大会も終わり、酒場に入って来た時よりゼルはこの場で受け入れられている状況になっていた。


「ゼル、お前さんは酒を飲まねぇのかい?」

「オレは二十歳はたちになるまで飲まない」

「ハタチ…?」

「…自分で決めた年齢、20になる誕生日まで飲まねぇって決めてんだよ」

「はぁ~、変わった自分ルール持ってんだな」


酒場の衆とも打ち解けられた人物はそこそこ出始めていた。


しかしながら、やはり遺恨が残る者もおり、その人らは離れた席から敵意の目をゼルへと向けていた。


だが、当の本人は慣れているのか気にも留めない雰囲気のまま、ミルクが入ったコップに口を付けていた。


「そういや前から思ったけど、ゼルって何歳なんだ?」

「19。今年で二十歳になるけどな」

「嘘だろ。童顔にも程があるだろ」


素朴な疑問をモブータは投げたが、意外な答えが返ってきて驚きを隠せなかった。


中性的な顔立ちに低身長。それだけでも幼く見えるのに、まさかの成人になる歳とは夢にも思わなかった。


「だけどよ、それより気になるのが……お前さん、どうして戦士やってる上にこんなに嫌われてるんだ?」


酔った男の何気ない一言に、酒場の空気が重たくなった気がした。


恐らく、噂だけでゼルを知ってる者なら一度は気になる事ではある。


本人も少し間を置いた後に、先程と変わらぬ口調で話し始めた。


「…オレが戦士やってるのは、まず戦士をやる奴が少なかったってのがある」


ミルクが入ったコップをゆっくりと回しながら、ゼルは続ける。


「お前らがさっき身を以て知ったと思うが、オレは力が強い上に体も頑丈だ。前衛を張る戦士をやるには打って付けだ。自分から進んで魔物の注意を引き受ける盾の役、好んでやる奴なんてほとんど居るわけ無いよな…」


白い液体に波紋を作りながら、ゼルの目には少しずつ感情が強く灯っていくのが窺えた。


「だから色んなパーティから誘いが来た。引く手数多ってのが嬉しかったが…最初だけだった。現実は、魔物に怯えて戦士を物の盾の様に扱う奴らばっかだ。冒険者で名を上げようとしてる奴らは、こんな腐った性根の臆病者ばかりなのかって絶望したよ」


ゼルはそっとコップから手を離した。恐らく、自分でも感情が強まってる事にガラスが軋んだ音で気付いたからだろう。


「だからオレは好き勝手やる事にした。戦士として前衛は張るが、仲間だなんて呼ぶ価値の無い足手まといを全員守る役目なんてやってられるかよ。それが今の悪評に繋がったんじゃないのか?」


最後は心当たりがありそうな人に向けての疑問形で話を終わらせた。


──言葉足らずだな。


真相を打ち明けられて、言葉を失っている酒場の衆の中、モブータは抜け落ちている部分が気になってしまった。


それは今日の冒険で見せたゼルの狂化状態と言われるあの様子。


敵味方関係無しに暴力を振るうあのゼルの異様さ、正気を失っているとしか思えない行動。


そうじゃ無ければ、冒険の終盤で見せたお手本のような戦士の立ち回りができるゼルが、こんなにも多くの冒険者に恨まれる理由が無かった。


だが、本人が話さなかったのだから、軽い気持ちで切り出していい話題では無いとモブータは判断し、樽ジョッキのエールに黙って口を付けるのだった。

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