第34話 ルカの隠された想い

 そんなイリスを見て、ルカが徐に口を開いた。


「ボクは……こんな形でも外に出れることが、とても嬉しいです。イリスさんやレイさんにはご迷惑かもしれませんが……」


 イリスは、その言葉にハッとした。

 ルカにとって、自由に外に出れることは当たり前ではない。

 自分にとっての当たり前は、他の人の当たり前ではない……ということを頭ではわかっていたのに、配慮に欠けた態度をとってしまい、自省した。


「私もルカくんと話せるの楽しいし、役に立てることがあるなら頑張るよ!」

「俺も可能な限り力になろう」


 ルカは陽だまりのように柔らかく笑うと、確認するようにツワブキを見た。

 一瞬、考える素振りを見せたツワブキだったが、ルカがこれから話そうとしていることを察して、一度だけ頷いた。

 ルカの好きなようにさせてあげたい、という家族に近い愛情が滲み出ていた。


「もともと皇城に行きたいと言い出したのは、ボク

なんです。どうしても真実が知りたくて……」


 ルカの瞳には、強い意志が見てとれた。


「母は本当に死んだのか。ボクは、その遺体を見てないんです。父……陛下から聞いただけで」

「葬儀の時、顔を見てないのか?」


 国は違えど一般的に、葬儀の際には眠る姿に別れを告げるという風習はどこも同じだと、レイは聞いたことがあった。


「ちょうど魔力を失い臥せっていた時で、後から亡くなったことも、葬儀が終わっていることも知りました」


 その話だけ聞くと、確かに怪しいと思う部分はある。


「魔力を失った後、どのくらい動けなかったんだ?」

「一週間くらいだったと聞いてます」


 ルカの答えに、ツワブキも頷いて肯定する。


 そんな短期間の間に、皇后が亡くなり葬儀が終わるなど、本来ならあり得ない。


 何か裏がありそうだ。


 レイは無言になり、考え込むように腕を組んだ。


「もう一つ気になっていることがあって、魔力欠乏症で生死の境にいた時——あの時、誰かがいたんです。意識が朦朧としていて、手の温もりしか覚えてないんですが、あれは幻じゃなかった。それが誰なのか知りたい」


 話しながら、ルカは胸の辺りを手で押さえた。


「胸が痛いの? 大丈夫?」

「いえ、痛みはないんですけど……この話をしたり、思い出すとこの辺りが温かくなる気がして」


 イリスの木蘭色の双眸が、僅かに光る。


「ルカ君、魔力がないって話だったけど、本当にないの?」

「どういうことだ、イリス?」


 イリスの瞳の変化に気づいたレイが、顔を上げる。


「心臓の近くに、魔石みたいな石があるけど……それは違うの?」

「もう少し詳しく視れるか?」


 イリスは顔を縦に振り、ルカの身体を探るように凝視する。


 魔力のないイリスの右眼に、微小な光と共に変化が起こる。

 水彩の一雫が広がるように、ゆっくりと淡い光彩を放つ。それが薄い七色の瞳へと変質してゆく。


 ルカの深部をより詳しく視るために反対の左目を手で隠し、意識を集中させる。


「この眼でよく見ると、茶色っぽい地層みたいな色合いで……猫の目? みたいな石がある。ルカくんも石を持って生まれた人?」


 その言葉に真っ先に反応したのは、意外なことにツワブキだった。


「小娘、今なんと言った?」

「えっ? だから、猫の目みたいな石が……」

「その後だ」


 何気なく話していたイリスは、そのあと何か大事な話をしただろうか? と首を傾げた。


「『ルカ君も石を持って』と言っただろう。『も』と言うことは、お主も石を持って生まれたということか?」


 疑問形ではあるものの、ツワブキは猛禽類の如く獲物を追い詰めるような眼光を利かせていた。

 ギラついた瞳の中に、新しい情報への興味、飽くなき探究心が混ざり合う。宰相時代の有利に物事を進めたい、という牽制の表れでもあったかもしれない。

 その迫力に圧倒されたイリスは、思わず息を呑

む。


「爺や、あまり脅すようなことはやめて。それに、今一番重要なのは、そこじゃないよね」


 ルカに制止されれば、ツワブキは大人しく引き下がる。


「ボクの中に魔石があるの?」

「うん、正確には魔石みたいな何かだけど。ルカ君思い当たることはない?」


 ルカは視線を落として、少しの間思案する。


「わからない。でも、ボクが倒れていた時に、手を握ってくれていた人と関係があるような気がする」


 これ以上考えても答えに辿り着くことはないと思い、この話はここで終わった。


「きっと、その答えはルカ君に必要なタイミングでわかると思うよ」

「ふふ。イリスさんに言われると、不思議と本当にそうなりそうな気がします」


 ルカの溶けるような優しい笑みに、穏やかな空気が流れる。


「さっき、片眼だけ虹色に光っていたのは、なんだったんですか? あ、無理に答えなくて大丈夫なんですけど、気になってしまって……」


 実は、闇の竜の一件以来、イリスも何かできないかと試行錯誤を重ねていた。

 そのうち、集中すれば人の本質的な部分が視えることに気がついた。

 一度身体に巡った女神の力は、イリスという人の体に繋がりをもたらした。

 女神——アグニが力を貸すという意思があるうちは、加護を受けているため一部力が使えるという事実が判明したのだ。


 一部しか使えないから、右眼しか光らないんだけどね。


 やや自虐的に笑うイリスを見て、代わりにレイが答えた。


「イリスは少し特殊な体質で、普通の人に見えないものを視ることができるんだ」


 詳細を話すには時期尚早と判断したレイは、当たり障りない返事をした。


 ツワブキが何か言いたげな顔をしていたが、ルカが追及しない以上、発言は控えるのだった。


「そっか……。そんな話をしてたら、もうすぐ皇城がある帝都に着くね」

 

 幌の隙間から、ルカが外を覗く。

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