第2話 幼女との出会い
翌朝。
善は急げ、と荷物と一緒に家から追い出された。
この準備の良さは、以前から計画されていたに違いない。
別れを惜しむこともなく、じゃあ! と言うと扉を閉め、鍵もしっかりかけていた。
なんて薄情な親なんだ。
そんなことを思い出しながら、イリスは賑わう町の人達をぼうっと見つめていた。
時計を見ると十五時になろうとしている。
「ここは、どこだろう?」
とりあえず、地図にあった道を辿ってきたつもりだったが、細かい道までは描かれていなかった。
途中、優しげなおばあさんに出会い、道を聞いたのだが、それが間違いだったかもしれない。
かなり耳が遠そうで、正しい情報だったのかは定かではない。
うーん、と考えながら、噴水広場のベンチに腰を掛ける。
「うーん、どうしよう?」
今、声に出てた? いやいや、今の声は私じゃない。
イリスは、左右に首を振り周りを見渡す。
「お姉さん、どうしたの? 迷子?」
先程と同じ声の主を探し、目線を下げる。
不審そうに見つめる金色の双眸の女の子と目が合った。
フードを被っているので髪の色まではわからないが、まだ幼さの残る少女だ。
イリスは自分の年齢で迷子と言うのは若干恥ずかしかったが、素直に答えることにした。
「うん、お姉ちゃんも迷子なんだ」
「リリは迷子じゃないよ」
リリという女の子は、ぴしゃりと言い返した。
迷子はイリス一人だという驚愕の事実。
穴があったら入りたい。
「リリちゃんは、ここで何してるの?」
「お姉ちゃんが急にいなくなっちゃって……さっきまで一緒にいたのに」
「お姉ちゃんの名前は?」
「ユーリ。このベンチで少し休もうかって話してて、リリが先に走って来たの。そこから……」
小さい手で示した方向を見ると、少し前にイリスが見ていた時計台があった。
広場の噴水を挟んで反対側にあり、子供を見失うほどの距離ではない。
話を聞くと、お使いを頼まれてお姉さんと一緒にこの町のお店まで来ていたという。用事も終わったので休憩して帰る矢先にはぐれてしまったらしい。
広場にいた人達に声をかけてみたが、それらしい情報はなかった。
「お店に戻って、お姉さんが来てないか聞きに行こうか?」
当てずっぽうに探すよりは効率的だろうと考えた。
リリもそれに頷く。
なかなか見つからない姉を心配してか、段々と言葉数が少なくなっていった。
「そこを曲がったところにお店があるよ」
リリがイリスの袖を軽く引っ張りながら伝える。
「すみませーん」
イリスが声をかけながら扉を開けると、店主らしき三つ編みの女性が振り向いた。
すらっとした切れ長の目元が印象的な眼鏡の女性だ。
「はーい! あれ、リリちゃん? どうしたの? お姉ちゃんは?」
彼女の口ぶりからだと、リリの姉はこの場にはいないようだった。
「お姉ちゃん、いなくなっちゃったの……」
語尾が消えそうになるほど小さい声で答えた。
「そこの広場で一緒になったんですけど、お姉さんとはぐれてしまったみたいで……どこか行きそうな場所とか知りませんか?」
「いつもはお店に来た後、寄り道もせずに帰ってるから他に行きそうな場所なんて……」
言い終わる前に、ハッとした様子で顔色が変わった。
「最近、女の子が誘拐される事件があるのよね」
「リリちゃんのお姉さんて、いくつくらいなんですか?」
「確か十二歳……だったかしら? リリちゃんと五つ違ったはず」
店主の女性の、探るような視線がリリへ向けられる。
「リリ、今七歳だから合ってるよ」
「とりあえず、自警団の人に相談した方がいいですかね?」
もし、本当に事件に巻き込まれていたら大変だ。
イリスにできる事は、そのくらいしか思い浮かばず提案してみる。
その横で短い沈黙の後、店主の女性が言う。
「それは、ちょっと……」
歯切れの悪い物言いだ。
「何か理由があるんですか?」
「今は申し訳ないけど教えられなくて……ただ、自警団に相談すると、もっと悪い展開になる事も考えられるの。リリちゃんは、とりあえずこのお店で待っていてちょうだい」
言い終わると、頃合いを見計らったように奥から一人の青年が現れた。
店主と同じ萌葱色の髪色をしている。
「私の弟よ」
店主の女性とその弟は、髪の色も醸し出す雰囲気もよく似ていた。優しく凪いだような落ち着きのある風貌といえばいいだろうか。
「そういえば、名乗っていなかったわね。私はミリザ、弟はカリムよ」
「私はイリスといいます。今日この村に来たばかりなんです」
「まあ、そうだったの。着いて早々、巻き込んでしまってごめんなさいね……もうこんな時間だけど、泊まる場所はあるのかしら?」
外を見ると、陽が傾き始め暗くなる頃だった。ポケットの懐中時計は十八時を回っていた。
「すみません! 今から探さないといけないので、リリちゃんのことお願いします」
返事も待たずに急いでお店を出ようとした時。
「待って! 良ければうちに泊まっていって」
「えっ、でも……こちらは宿屋さんでは、ないですよね?」
「ええ。ここは見てのとおり魔石屋よ」
改めてぐるりと店内を見渡すと、多種多様な魔石がケースの中に並べてあった。
「でも、来客用の部屋は空いているから嫌じゃなければ泊まっていって。その代わりと言ってはなんだけど、私達が出かけている間リリちゃんの相手をお願いできるかしら?」
「それは全然構わないんですが……本当にいいんですか?」
ふふっと悪戯っぽくミリザが笑う。
「じゃあ、これで決まりね! このままカリムと少し出かけてくるから二階の部屋で待っていて。」
ミリザは振り返り、リリに話しかける。
「リリちゃん、イリスさんを部屋まで案内して一緒に待っていてくれる?」
「うん、大丈夫! リリ、ちゃんと待ってられるよ! お姉さん行こう」
イリスを案内するという使命感が嬉しかったのか、少し元気を取り戻したように見えた。
「一時間後には戻るわ」と言葉を残すと、弟カリムと共に出かけて行った。
そういえば、とイリスは二階へ上がりながらどうでもいいことを考えていた。
カリムさんの声、一度も聞いてないな。
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