虹色奇譚 〜魔力はなくとも石がある〜
mio
ユリオプス王国 虹色の石編
第1話 旅立ち前夜
夜闇に紛れて、小さな家を見下ろす気配が三つ。
ついに来たか。
もっと早く居場所がバレる思っていただけに、予想より遥かに遅く嬉しい誤算だ。
準備は整っている。
「容易には入れまいよ。私の家に」
家主のアイネは不遜に嗤う。
◇
この国——ユリオプス王国にはごく稀に石を持つ者が生まれる、という昔話がある。
「本当にそんな人間いるのかなぁ」
普通に考えて、十月十日かけて育つ赤子がどうやって石を持って生まれるのか不思議だ。
そんなことを考えながら、木蘭色の髪と瞳の少女は石を投げていた。
畑を作るのに余計な石を放っている……とは言っても家庭菜園程度の小さな畑だ。
「何ブツブツ言ってんの? 怖いんだけど」
後ろから声をかけてきたのは、その少女とは似ても似つかぬ容姿の母だった。
髪も赤銅色で胸もムダにあり、なびかせる髪からは色気すら感じさせる。
「そろそろ中に入って夕飯にするよ」
呆れたような表情で、それだけ言うと返事も待たずに家の中へ戻って行った。
部屋に入ると、ぐつぐつ煮立った鍋から白い湯気とともに、お肉と野菜の旨みが詰まったいい匂いがする。火を使っているからか、部屋の中もじんわり暖かい。
席に座り手を合わせる。
「いただきまーす」
「はいどうぞー。で、さっきは石投げながら一人で何しゃべってたの?」
怪訝そうな顔で娘に話しかけた。
「この国の昔話を思い出してて……本当に石を持って生まれた人なんているのかな? と思って。そんな人がいるなら見てみたいよね」
「あんたその話、信じてるの? 十六にもなって」
それを聞いた母は、ケラケラと楽しそうに笑う。
細めた目元にしわはなく、笑みを浮かべる唇にも艶がある。とても子持ちとは思えない。
私は本当にこの母の子なのか。
性格の悪さを考えると、血縁関係はあってもなくてもどちらでも良いと思っている。
「でも、ちょうど良かった。イリスちゃん」
なんか嫌な予感がする。
イリスと呼ばれた少女はスプーンを持つ手を止めた。
母がにっこりと三日月形の目で微笑む。
こういう時に良いことが起きたことなど一度もない。
しかも、ちゃん付けで名前を呼ぶなんて。
魔王のごとき傍若無人な母はいつだって呼び捨てだ。
「実はさーそれ、あんたのことなんだよね」
「それ……とは?」
「石を持って生まれた子」
母のウインクと、狙い撃ちのような人差し指のポーズに苛立ちが増す。
年を考えろババア。
心の中で悪態をつく。
「あんた今、私に対して失礼なこと考えたでしょ? クソババアとか」
「いや、全然思ってない。びっくりしただけ……ていうか本当なの? そんな石見たことないんだけど」
顔を横に大きく振りながら、話の先を促した。
嘘はついていない。
心の中でババアとは言ったが、クソババアとは言ってない。
疑いの眼差しは残っていたが、話を続ける。
「そりゃあ見たことないはずよ。この家にはなかったもの」
「どういうこと?」
「売っちゃったからねー。あんたが生まれてすぐ」
悪びれた様子もなく、当然のように言い放つ。
実の母親とは思えぬ発言に絶句するイリスは、開いた口が塞がらない。
「本当はこんな話もするつもりなかったんだけど」
急に声の響きが変わった。
先程のふざけた雰囲気から一変して、珍しく言葉を選びながら、ぽつりぽつりと話し始めた。
「石がね……戻ってきたのよ。3日前に」
「え、待って何これ、怖い話?」
「しかもね、初めてじゃないのよ。何度手放しても戻ってくんの。ちなみに、私はこの石を呪いの石と呼んでいる!」
勢いよく机に置かれた石。それを、顔を覆っていた手の隙間から覗く。
「ん? これ、よく見る宝石じゃない?」
拍子抜けするほど見慣れた綺麗な石だった。光の加減で様々な模様や色を見せてくれる虹色の石。
「オパール?」
言葉に出しているかわからないほど小さい声で、イリスは自分の誕生石の名を呟いた。
そっと手に取ると、それは人差し指の第一関節分くらいの大きさで一粒大の立派な宝石だった。
まじまじと石を見つめる娘の姿を見ていた母は、眉間にしわを寄せ複雑な表情を浮かべていた。
その様子にイリスは気付いていなかった。
母——アイネは、この国では珍しく魔力を有した人間だった。
今はその力を使わずに過ごしているので、イリスはこの事実を知らない。
気持ち悪いだけで悪い力は感じないし、ここまでくるとイリス自身でなんとかしてもらうしかない。
アイネの魔力でどうこうできるような代物でないことは確認済みである。
「この石はあんたとかなり縁が強い。しかも何度も戻ってきてるから、最近はこの石を怪しいと思っている人もいる」
縁というか、もはや気持ち悪いくらいの執念を感じている。
「……というわけで明日、神殿に行ってきな!」
さすが魔王のような母アイネ、有無も言わせない。
「明日!? 一人で旅行も行ったことないのに」
「声が大きい、うるさい。私は残ってやる事があるんだよ! おじいちゃんちに行くようなもんだと思いな」
「いや、ウチおじいちゃんいないじゃん」
もう話すことはない、と言わんばかりに手をひらひらさせながら部屋を出て行った。
アイネは扉を閉めると、不意に立ち止まる。
「……しつこい奴らだな」
牽制するかのように、外で嗅ぎ回る者たちを睨みつけた。
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