三話・ transaction
二人が戻ってきたのは最後だった。御者が苦虫をかみつぶしたような顔で二人を馬車に入れている。そりゃそうだ。働いてもらうやつらが客のようにのろのろやってきたのだから。
キャルは俺の向かい側に座ると一度俺を睨んでまたうつむいた。隣にはエリンが座っている。それに合わせて馬車はまた揺れ始めた。馬車が動き始めるとともに俺は目を瞑った。次止まるまではさっさと寝るに限る。
御者曰く今日はウォルトンまで行ってそこで一晩止めるそうだ。ウォルトンからルビルまで三分の一も行っていない。三日コースか。下手したら四日以上かかる可能性もある。ため息が出た。しかしそれも仕方ないか。まともな護衛が揃っていれば多少無理も出来るがこれでは薄すぎる。村や町で一回止まって次に向かう形でいた方がいい。これじゃ下手な野営は野盗のいい餌食だ。
それでも野営の一回は必ず求められる。グレンコーからワスビルに至る道が長すぎる。馬車のどこかで一泊は確実に求められる。やれやれ。とんでもない馬車に乗り込んだものだ。
目を閉じていると嗚咽が聞こえる。片目開くと向かいのキャルが声を漏らして泣いている。俺に聴こえるという事は当然客にも聞こえていて数人は彼女を見ていた。つくづくこの馬車を振り回す女だ。
「あのさ。エリン」
「なんですか」
「お前ら、他の馬車でなにやったの」
仕方なく聴くことにした。目をつぶったまま。このまま俺に泣かれ続けたまま恨み節を口にされ続けても困る。
「なぜそれを話さなければならないんですか」
「やりづれえからだよ。俺がただの乗客ならなにがあったとかどうでもいいけど俺も仕事を引き受けた以上敵対されちゃかなわん」
「私たちはこの旅が終われば会わないのに、ですか」
なるほどキャルだけが問題児というわけでもないらしい。
大体片方が多少問題児でももう片方がしっかりしていれば大抵なんとかなるものだ。お互いを補完し合う存在は大きい。しかし補完し合えない場合はさらに悪い方向に進む。それをきちんと理解していればこんな厳しい仕事をしているわけがない。それを阻むものが二人の中にあるのだ。
まあエリンの言う通りこいつが終われば二人とも会う事なかろう。じゃあ、憎まれ役の一つでも買ってやるか。こいつらが気付いてるかどうかは知らないが、俺の方が傭兵としてはベテランだ。こういうのは雇っている側が教育するものなのだが全くそれが出来てないらしい。だとしたら俺がちょっとだけ手を出してもいいだろう。
「あの、さ。遠巻きに仕事しづらいって言われてるの理解しているかい」
「だから」
「あのな。そろそろ自分らの足元みろよ。俺もお前らと似たような仕事してたから言わせてもらうけどさ。ここで俺がお前ら以上の仕事をしたらどうなるよ。護衛が乗客より腕が悪かったって噂がオーバイオにでも流れてみろ。本当にこの世界でくいっぱぐれることになるぞ。それでもいいのか」
「……」
「少なくともあの鼻垂らしてる金髪よりは俺の方が腕が立つってのはお前も見てただろ。どうするんだよ。少なくとも俺の見立てではお前ら崖っぷちに立たされてるんだろう。じゃなきゃこんな長距離旅二人の女性に任せるなんてありえねえからな。お前ら都合よく追い出されつつある存在ってまだ理解してねえのかよ」
「……」
「どうすんだ。お前らが独自でやるってんならそれ以上聞かねえよ。だが夜襲にあって野垂れ死にしようが俺より腕が立たなかったと噂が流されようが俺は知ったこっちゃない。元来客だからな。言い方悪いけどな、俺が下りてやってんだ。どうすんだよ」
エリンはしばし黙り込んだ。
ここで激昂しないところに多少なりの理性はあったらしい。あそこで泣きじゃくっている金髪にここまで出来るだろうか。
「正直、ジョージの言う通りです」
口を開いた。やはり図星だったか。
「騎士のモーガンってご存じですか」
「知ってるさ。暴漢に襲われておっちんじまったオーバイオの騎士だ」
「彼はキャルの父でした」
騎士が暴漢に負ける事は恥、というのはずっと言われ続けている。それがたとえ奇襲の類であったとしても。それが騎士の装備であり普段の訓練である。ただ戦うだけで国から浴びるような金をもらっているのだから強くて当然なのだ。
言い換えれば騎士たちほど面子を重視する。だから暴漢に負けた騎士は多くが晒される。それも身内にだ。「こいつは騎士の恥さらし」と市民の前で罵られ、煽られる。それゆえに騎士を辞める奴も少なくない。
これが暴漢に負けて死んだとなると個人の問題ではなくなる。家族全員が国の恥扱いされる。そりゃそうだ。国の税金で本人のみならず家族まで食わせているのだから、暴漢程度にやられた騎士への市民からの目線はきつい。税金を持っていく人々は持っていかれる側にいつも監視され、失敗すると睨まれるのはいつだってそうだ。
ただそれはなかなか起こりえないことでもあった。それほどまでに騎士とは強い。実際赤靴下のピートが彼らと戦って何人がピートより弱いか。多くいる傭兵の中でも随一と言われるピートですら下から数えた方が速いくらいには騎士とは強いのだ。
だからこそ暴漢に襲われて死んだ騎士の名前は残ってしまうのだ。
「なるほど、ね。風評に耐えられなくて一族が離散してこんな仕事やらざるを得なくなったってことか」
「はい」
「そして、そのプライドが邪魔して仕事ごとにトラブル起こしてきた、と」
「……はい」
「いるんだよなあ。騎士崩れ貴族崩れのプライドばかり一丁前でどうにもならないやつ。エリンは止めなかったの?」
「そこまでキャル、キャロラインとは仲がいいってわけでもないので」
「お前ら仲間じゃねえの」
「あくまで仕事仲間」
エリンの言い分が分からないわけでもなかったが、そりゃねえだろと思ったのも正直だ。恐らくエリンもエリンで誰とも仲間を作れずに仕方なくキャルについているという感じだろう。この二人は決して仲がいいわけでもないのだ。エリンはエリンでその華奢な腕が「剣を振ったことすらない」と叫んでいる。違う形でこいつも失敗続きだったのだろう。そりゃ護衛として雇う金額も安くなる。こんな奴らに命含む財産を預けられない。この御者が二人に頼んだのも本当にどうしようもなくだったのだろう。金がないのは本当にみじめなのだ。
そして恐らく二人はこの仕事もうまく完遂出来ずに仕事を失う、というのがこれから先の流れだろう。なるほど客にでもすがりつきたいわけだ。
「じゃあ、さ。ついでに聞きてえんだけど」
「……なんでしょうか」
「お前ら、この仕事続けたいかい?」
「……そりゃあ」
「続けたいんだな。だったら俺のいう事は聞けるか?」
「……」
「聞けないなら聞けないでいい。傭兵稼業は選択が命。俺の話が疑わしいと思うなら喋らないが吉だ。俺も関与しない。ただ恐らく、この馬車を降りる時はお前らは駅から追い出されるだろうな」
「なぜそう言えるんですか」
「お前らよりはこの稼業を知っているからな。少なくともお前らが想像する以上にはな。さ、どうするかい。もう一度言うが下りてやってる。お前ら、いや、少なくともエリン、お前が乗らないならこの話はなかったことにする。エリンがいいっつってもあの鼻垂れが納得するかはわかんねえからな。少なくともお前は俺との約束を守ってもらう。どうだ。どうするよ」
「……断れませんね」
「そう。お前らがこの世界で食いたいなら、少なくともルビルに行くまで俺の命令は絶対だ。そこから先は知らねえな。そこまでで何も得られなかったらどっちみち商売あがったりだろうし、そこから仕事まみれになる可能性もある。あとはお前の返事だけだ」
「……わかりましたよ。答えたらいいんでしょう」
「いい返事だ。傭兵なら利益になると思ったら飛びつかねえとな」
安心したのもあって肩の荷が少しだけ下りた。少なくともあの鼻垂れ金髪をこっち側に引き込めればこの旅の難易度は一気に下がる。半ば恐喝じみたところはあったがお互い死ぬよりはよっぽどましだろう。
だが俺も年を取ったと実感する瞬間がある。こんな協力をしようとなんかこれまで思った事もなかったからだ。確かにピートなどに何度も背中を預けた。でもそれはあいつが俺を必要としていたし、俺もあいつを必要としていたから成り立ったのであり、俺とピートの間でなにかしらの取り決めがあったわけではない。お互いの腕を信用できたから何も言わずとも出来たのだ。こんな腕のない奴らに背中を任せるなんて若いころの俺では正気の沙汰としか思わなかっただろう。
だがそれも今は昔だ。俺も赤靴下を追放された身なのだ。こいつらとなんも変わらない。どこにでもいる傭兵崩れみたいなものだ。だとしたらこんな若い上に仕事が出来ない奴でも背中を任せるほかあるまい。
もう俺はピートのような強い奴に背中を任せる事もなければ任されることもないのだ。
「じゃあとりあえず夜になるまで俺を寝かせてくれ。お前もきちんと寝とけよ。あとあの鼻垂れを宥めるところもセットでな」
「……わかったわ」
エリンの声が更に低くなった。
それと同時に俺は口を閉じた。
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