二話・The beginning of the journey

「こいつもう寝てるぞ。何だこの男」

「そういきりたたないのキャル。この仕事は睡眠が大切って何度も言われているでしょう」

「分かってる。分かっているわエリン。でも」


 聞こえてるって。

 幌に客と荷物が乗ると馬車は動き始めた。長い長い数日の旅だ。これを何度もする必要がある。というよりはオーバイオからルビルの道はルビルからナスビルの半分と思えば短い。ここで馬車乗りの体調にしていかないととてもじゃないが苦しむことになる。だから馬車が動き出したと同時に眠るのはこの世界じゃ基本だ。昼の明るいうちは誰かが寝て一人だけ見張り、夜になると二人か、場所によっては三人以上が起きる。これが鉄則だ。

 キャルと呼ばれた女はもうそれもできないくらい切羽詰まっているらしい。


「ほらキャル。私も仮眠取るから。ちょっと景色でも観て落ち着きなさいよ」

「うん」

「ね。いい子だねキャルは。もう次みたいな失敗はないから」

「……うん」


 どうやら二人はワケありという感じだ。

 要するに最初はもっと近中距離の路線にいたのがミスを、それも一回以上は起こしていき場所がなくなった結果こうなったという感じか。どれだけ腕が立ってもワケありだと安くされてしまう。しかも過酷な道のりをだ。会話的にはキャルの方がなにかしらやらかしたという感じか。

 そんな馬車に引き合わせるなんて不運もいいところだが、こんな馬車に乗ったという事はつまり移動費をケチった俺にも問題があるわけで何も言えなかった。多分もうちょっと金を出しておけばそこそこの護衛が乗っている中での出発だっただろう。

 つまりここに乗り合わせた、御者や女二人含め全員が安金で貧乏くじを引かされたというわけだ。金をケチるとろくなことにならない、というのを身をもって知らされる。だが、引けないのだから仕方ない。なんせオーバイオからティアスティラだ。贅沢して帰る事は出来るが、故郷に何が残っているか分からない以上金は少しでも残した方がいい。だとしたら傭兵として使ってきた自分の腕を担保にする必要はどこかしらに迫られているのだ。

 早かれ遅かれこうなるとは思っていた。最初からとは予想つかなかったが。


 しかし、地元に戻ったところでどうしようか。

 地元と言っても記憶は断片的にしかない。記憶の彼方にティアスティラという場所がお前の故郷、と誰かに言われたとしかない。確かに言われたのだが、いつ、どこで、誰に言われたのかさっぱり思い出せない。

 だが言われたことだけは確かだ。それが何かを始めるきっかけになるかもしれない。戻ってみたからこそ得られるものがあるかもしれない。

 少なくとも今は何もないのだ。だとしたら自分の記憶の奥にいるものの正体を調べに行ってもいい。

 そうしたら……そうしたら……。

 その言葉の先が生まれる頃には俺の眠気が勝り、まどろみの中に落ちていった。


 目を覚ましたら馬車は小さな平原に泊まっていた。どうやら馬を休ませているらしい。

 長い距離を進む場合、馬車の動力源たる馬を労わりながら走らせる必要がある。なので適度な場所で小休止を何度か挟むことが基本だ。一応こういう所が護衛の仕事になるが、まだまだ空の色が青い中では仕事になることも少ない。こういう時は大抵起きていることくらいが仕事という感じになる。

 ゆっくり降りると乗客はあちこちに座り込んで、持ち込んだかどうかは知らないがパンを口に含んで休憩している。馬の休憩は人の休憩も兼ねる。泊まるところはいつも同じではないが近場である事が多いのでそこに飯屋も構える。飯といっても大概が黒パンなのだが、飯の準備も間に合わなかった人にはありがたいもので少ししたらあっという間になくなる。

 俺は幌の前に行った。


「お、旦那。起きてましたかい」


 中年の男はそういって黒パンを俺に投げた。これがこの馬車の飯らしい。

 口に含むとぱさぱさでまずい。この馬車がどれだけかつかつなのかを思い知らされた。しかし何もないより何倍もましだ。

 周りを見るとキャルが自分の剣を振っており、その隣でエリンが座ったままパンをかじっている。対照的な姿だ。確かにエリンの方が護衛としては正しい姿なのだがまだまだ若手にしてはマイペースな印象を受ける。一方でキャルは焦りすぎなように感じた。

 俺はエリンの横に座った。


「よう。お隣いいかい」

「え、あ、はい」


 エリンは少し驚いた顔をしてこちらを見たがすぐに顔を元の場所に戻した。

 キャルの腕が一瞬止まったがすぐ素振りを再開した。


「いつもこんな感じなの」

「そうです」

「へえ、殊勝だわな。そういう真面目な奴が好きな人も多いだろうに」

「まあ、キャル、キャロラインのそういうところが信用できるって客も多くいましたね」

「じゃあなんでそういう太い客のところで商売しないんだい。正直この任務は重すぎやしないかい」

「それは」

「エリン。黙って」


 その瞬間顔の前に剣が突き出された。

 その先にはキャルが俺をにらみつけている。


「貴様には関係ないだろう」

「まあ、そうだわな」


 キャルはエリンに話しかける時と俺に声をかける時全く違う喋り方をする。

 エリンと喋るときは少しくだけたものになるが俺に言葉を飛ばす時は高圧的だ。気を許した相手への言葉遣いが柔らかいものになるのは当然わかるにしてもあてつけるような態度をするのは珍しい。大抵は喋ろうともしないし、喋るにしても変な敬語を使って距離を取ろうとする。

 彼女だけはまっすぐに強い言葉を吐きかけてくるのだ。

 嫌われる要素もへったくれもないだろう。


「お前は黙って昼食を齧っておけばいい。違うか」

「穏やかじゃねえなあ。なにそんなカリカリしてんだよ。あと数日は顔を合わせるんだぞ。お前さんが嫌がろうが嫌じゃなかろうがさ」

「お前がこの馬車から降りればいいだけだろう。別に金を払って乗っているわけでもない。ここまでの運賃とパン一つ分の金を払えば御者も黙って下ろすさ」

「あのさあ。なんでそこまで俺が同伴するのを嫌がるんだよ」

「それは」


 一瞬キャルは言い淀んだ。

 今までの会話からなんとなくこの先の言葉は想像がついた。

 俺がいたら邪魔なのだ。自分の仕事が半分ほど取られたようで。幼稚すぎる。


「まあいいよ。お前さんが俺の事を嫌っているってのはよくわかった。降りてやってもいい」

「そうしろ」

「ただし、条件がある」

「聞いてやる。言ってみろ」

「俺と一稽古付き合えよ。それで俺を倒したら黙って降りてやるわな」


 キャルは不敵に笑った。


 俺とキャルは剣を抜いたまま向き合って立った。

 キャルは剣を両手で持ちそれを頭の上に構えている。大上段の構えだ。女だとこうもなるか。

 俺は左手に添えるだけだ。俺みたいな非力にツーハンデッドは重すぎる。威力はあるが俺の体型で活かせるとも思わない。かといって突剣のような一騎打ち用の武器では長い間戦えない。丁度ハンドソードくらいがいいのだ。本来ならば右手に盾替わりの斧を持つがそれではいささかだろう。

 エリンは興味なさそうにパンをかじっている。心底どうでもいいのだろう。


「いつでも切りかかってきていいぞ~」

「遠慮なく」


 俺の言葉と同時にキャルはとびかかってきた。俺は軽く後ろに下がった。

 それと同時に剣は俺の胴をめがけて飛んできた。やはりそうか。大上段に構えたのは女だから振り下ろすしかないように見せたフェイントのようなもの。そこから横や下から振りぬいてくるのがこいつの基本戦法か。


「逃げて正解だったな」

「確かに。おっちんでたぜ」


 そうしているうちに二、三と剣撃が飛ぶ。普通こういうのは木剣でやるものだが峰もない剣でやりあっている。少なくともキャルにとっては俺がどうなろうと知った事ではないのだ。それがたとえ俺を殺したとしても。いや、最初から殺すきっかけを作ってくれたくらいには思っているかもしれない。

 俺は剣を軽く前に突き出しながらキャルの剣をかわす。こちらも実剣ならば切っ先が多少前に出てきただけでも動きが制限される。だ。

 キャルの剣撃は最初こそ威勢がよかったものの十合もする頃には顔に余裕がなくなっていた。彼女の額から汗がどろどろ零れている。


「おいおい。どうした。きれいな顔が台無しだぜ金髪さん」

「うるさいッ!気が変わった。お前を殺す!」


 どうやら俺が軽くいなしているのに気付きつつある。

 もう自分の状況も忘れてしまって猪突猛進になっている。もはや攻撃をあちこち出すことも忘れて振り下ろす一辺倒になっている。最初こそ戦い慣れている印象があったが仕事をなくしてしまうなどこの程度か。

 ただここでこいつを殺すのは簡単だが殺して騒ぎになっても困るし、そもそもこいつが俺に「参った」とでも言えばこれはここで終わりなのだ。


「そろそろ力を入れるぞ」

「ふざけるな!」


 キャルが振り下ろす。それに合わせて避けると、そのまま相手の剣の頭を強く叩いた。丁度庭球でボールを上から叩くような形だと想像してくれると分かりやすい。

 少し強めにするだけでキャルは剣を落とした。息も絶え絶えになりながらキャルは剣を拾おうとする。


「はい。俺の勝ち」


 それに合わせて俺の剣をキャルの喉元に突き付けた。

 キャルの瞳孔が開いた。が、唇をぐっとかみしめてそのままうつむく。


「俺の勝ちでいい?」

「……」


返事がない。事実を受け入れられないようだ。


「まあいいや。じゃあ、馬車には乗せてもらうからな。お前らもさっさと戻って来いよ」

「……」


 剣を鞘に戻して俺はキャルに背中を向けた。客もぼちぼち戻りつつある。俺ら働く側のせいで馬車の出発を後らせるわけにもいくまい。

 呆然と俺を見つめるエリン。膝を着いたキャルを残して

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