三十三話 魔法生活

「ごちそう様でした」


 全員食べ終えてから皆で食後の挨拶をする。それから、少し談笑した後に流し台に皿を持っていくことに。

 それは部屋と外に出るドアの間の通路の右手にあり、そこには色々な物が入りそうな木の棚にこれまた木製の流し台のようなものがあった。ただ、水道の蛇口などは見当たらず、代わりに青色の宝石が一つ設置されている。真ん中には排水溝のような丸い穴が空いていた。

 イチョウさんに流し台の中に置くよう指示され、皆の皿の上に重ねた。そして、一歩下がりイチョウさんの後ろに。


「コノ、ここで洗うの?」

「はい。この村はマギアを用いないので、魔法を詠唱して色々やるんです」

「この村に住む人は、幼少期から呪文を覚えさせられるから、皆マギア無しで魔法が扱えるんだ。現代じゃあ割と珍しいんじゃないかな」


 イチョウさんは呪文らしきものを唱え始める。けれど、翻訳された日本語になっているっぽいけど、言葉を適当に羅列しできるようにしか聞き取れなかった。


「ウォッシュ!」


 それだけは聞き取れた。イチョウさんがそう唱えると、真っ直ぐ掲げた彼女の右手と宝石が同時に青色に光ると、水の球体が出現して流し台に入れた食器がその中に入る。食器は水球の中で洗濯機の中みたいにぐるぐる回転。そして汚れがどんどん消えていく。不思議なことに水には汚れの色がつかず、綺麗なまま汚れを落としきってしまう。最後にゆっくりと流し台降りて着地すると水が弾け、水は穴の中へと流れピカピカになった食器が残った。

 何だか魔法で色々とやるっていうのはファンタジーを実感できて、ゲームみたいでわくわくする。でも同時に現実的に不安も押し寄せてきて。


「……コノ、マギア無いってことはトイレとかって」

「えっと、ありますけど魔法で流すんですよね……」


 流し台の反対に扉があり、コノはそっちを開けて案内してくれる。ユニットバス的な構造をしていて、和式トイレと葉っぱで作られたカーテンと段差を挟んで人が入れそうな桶がそこにはあった。


「それに身体も魔法で洗う感じですし」

「……」


 どうしよう。一気に現実的な問題が現れてしまう。


「一応、村の外の近くに旅行客用のマギアがあるんです。でも、最近悪いウルフェンが暴れて壊しちゃって、まだ修理されていなくて……」


 ここに来てまた異世界の洗礼を浴びることとなった。最悪の場合のことも想像する。


「じゃあ、もう森の外で……」

「コノがお世話します!」

「いや、それはまずいって」


 彼女は少し頬を赤らめながらもそんな事を言ってきて。


「せめてリーフさんに」

「でも、夜とかだと一緒のお部屋で寝るし、それにコノは可能な限りヒカゲさんと一緒にいたいからコノの方が良いです! というかやらせてください!」


 グイグイと近づいててきて、それに後ずさるのだけど、背後のドアに阻まれて追い込まれてしまう。息がかかる距離まで顔を接近させてくる。


「お風呂もおトイレもコノがお手伝いします!」

「お……お願い……します」

「はい! 遠慮なく頼ってくださいね」


 もう断る選択肢はなかった。年下の女の子にあんなところを介護してもらうなんて、頭がおかしくなりそうなほど恥ずかしくて、どこかに穴があったら入りたい。


「そうだ。朝ご飯も食べたことだし、ヒカゲさんに村を歩いてみませんか? 色々と案内します」


 僕たちはトイレから出て、またコノの部屋へと戻った。


「いいの?」

「お休みで暇ですし、デートしてみたくて」

「……」


 デートとか口にされると意識してしまって、心が乱されてしまう。


「じゃあお願いするよ」

「わかりました。じゃあちょっと着替えますね」

「ちょちょ、僕の前は駄目だって!」


 当然のように服を脱ごうとするので慌ててストップさせる。


「好きな人の前なら……」

「まだ早いって!」

「……そうなんですか」

「そりゃそうだよ。僕出てるからね」


 僕は急いで部屋から出て少しため息をつく。危なっかしいと評価されていた理由がはっきりと理解できた。彼女は人との距離感が少し特殊なのかもしれない。


「ヒカゲくん、これをあげるよ」


 流し台の隣の棚からリーフさんが水色の葉っぱを出して、それを渡してくれる。


「あ、ありがとうございます。ええとこれは……」

「この葉は、迷いの森で採れるものでね、これを食べると口の中が綺麗になる。食後やデート前におすすめなんだ」


 その葉を口にして噛むと葉から水が溢れ出し、それが口内を満たす。飲み込んだ後は、凄い清涼感が残っていた。


 リーフさんはコノにも渡してと僕に頼むと、夫婦の部屋に入って行った。


「お待たせしました」


 それから間もなく部屋から着替えたコノが出てくる。服装は最初に出会った時と同じ、ミニスカ巫女服だった。スカートから出る細くて白い綺麗な足に目が吸い込まれそうになり、何とかそれに抗ってコノと目を合わせようとする。だが、今度は視界には胸の膨らみが入り、次はその吸引力に抵抗する。


「どうですか、似合ってます?」

「凄く似合ってる」

「えっへへ」


 彼女は色んな角度で自身の姿を見せ感想を求めてきて、僕がそれに答える。その僕達の姿が付き合ってる男女みたいで、気恥ずかしくなってきた。


「これ、お父さんから」

「ありがとうございます」


 僕がその葉を渡すと、とても丁寧にそれを手に取り、嬉しそうにゆっくりと葉を食べた。


「じゃあ、行きましょう!」

「うん」


 準備が整い僕達は玄関へと向かった。


「ヒカゲさんと散歩に行ってくるね」

「「はーい。いってらっしゃい」」


 途中にドア越しにコノが声をかけると、両親がハモってそれに答えた。

 やっぱり仲の良い家族だなとほっこりして、やっぱり僕の家庭とは大違いだなと少し羨ましく思った。

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