三十二話 コノハの家

 二人は、ごゆっくりと言って部屋から出ていってしまい、僕とコノの二人きりになる。この二人きりという状態が持つ意味はさっきとは大きく変わっていた。

 それを意識しだすと感情が追いついてきて、全身の火照りが加速度的に上昇してきて。


「その、どうでしょうか」

「いやぁ……なんと言うか……」


 コノもまさしく恋する乙女みたいな感じで不安と期待のこもった視線を僕に送ってくる。

 初めての告白で、しかもあまりにも突然過ぎて答え方の選択肢が一切浮かんでこない。


「やっぱり駄目でしょうか……」

「駄目というか、まだ会ったばかりだし……もっとお互いを知ってからの方が……いいかなと」


 彼女がしゅんとしてしまい、それに胸が痛んでついそんな曖昧な返事をもごもごとしてしまう。

 それを聞いたコノは一転して希望に満ちた笑みを見せた。


「駄目じゃないんですね! 良かったです」


 そんな様子を見て安心してしまった。同時に、逃げてしまった無力感もズシンと胸に残って。


「じゃあ、これから一緒に過ごす中でコノの事をいっぱい知ってくださいね。コノもヒカゲさんの事を知っていってどんどん好きになりますから!」

「好きになるのは確定なんだ……」

「当然です! だってコノの運命の勇者様ですから!」


 こんなにも熱烈に好意を向けられたことがなく耐性もゼロで、嬉しさよりもどこか恐ろしさを感じていた。


「コノはいつでもお返事待ってますね」

「わ、わかったよ」

「ふふっ」


 何とか先延ばしには成功した。でも仮に好きになれなかったとして、僕は断れるのだろうか。今目の前の幸せそうな咲かせた笑顔の花を散らすことになっても。


「……」


 その不安は今後しばらく付き合うことになるのだろう。それだけは確実だった。


「二人共ー? お話は終わったー?」

「終わったよー!」

「なら、朝ご飯できたからこっちに来てー」


 タイミング良くお母さんに呼びかけられた。ご飯と聞くと、思い出したように空腹感が襲ってくる。


「……ちょっと足がしびれちゃったので、先に行っててください」

「う、うん」


 コノは立ち上がれず、ゆっくりと足を伸ばす。痺れで痛そうにして。僕は既視感を覚えつつ、ドアへ向かいスライドさせて部屋を出た。

 その先は居間に繋がっていたようで、変わらず畳張りでコノの部屋の二倍くらいの広さがあった。真ん中にはちゃぶ台があって、その周りに緑の座布団が四つ用意され、それぞれの所に食事が並べられていた。他にも色々な木製の家具が木目がはっきりしている壁沿いに並べられている。

 二人はこちら側の方を向いて隣合って座っていて、その向かいに僕達用の座布団が二つ並べてあった。

 僕は左の方に座りお父さんと対面になる。目の前にはそれぞれ木の器に入った食事と箸が置かれて、その並べられたものは日本の朝の食事みたいだった。けど、色合いとかは違っていて米は緑と黄緑の粒、味噌汁のようなものは水色をしていて中に紫のきのこや三角の大根、ネギが浮いている。目玉焼きの目玉の部分は赤色でその周りは白色、野菜は虹色のブロッコリー、黒の玉ねぎ、白のレタスが盛り付けられていた。

 食欲が減衰しそうになるけれど、意外と香りはとても美味しそうだった。

「コノハはまだ来ないのかしら」

「何か足が痺れちゃったみたいです」

「じゃ、もう少し待たないとだな」


 そう言うと二人の好奇心に満ちた視線が僕へと集まった。


「それでどうなったのかしら?」

「何て返事したんだい?」

「その、お互いのことをもっと知ってからって感じになりました」


 まさかほぼ初対面で告白してきた子の親にそんなことを話すなんてことが起きるとは。恥ずかしいやら気まずいやら。


「うふふっ、ちょっと残念だけれど少し安心したわ」


「そうだね。コノハは危なっかしいから、恋人にするなら冷静な人と一緒がいい。すぐに決断を下さない君のようにね」


 お父さんは、意味ありげに片目を瞑った。娘の色恋沙汰って男親ほど否定的なイメージがあったけどこっちでは違うのだろうか。それとも、特殊なだけなのか。


「うぅ、やっと……痺れ……収まっ……」


 そう言いながら部屋からコノがふらふらと出てくる。慎重に足を地面につけて、その度にピクッと震わせていた。そして、目の前の座布団を見て躊躇した様子で再び座る。


「コノハも来たことだし食べようか」

「そうね。それじゃ皆で」


 三人は同時に手を合わせる。それは僕も馴染みもあってそれに習った。


「いただきます」


 上手くタイミングを三人に合わせて、食べる前の挨拶をした。ただ、僕は作業的にそれをしたけれど、三人は少し長く目を瞑ってしっかりと感謝をしている感じだ。それを終えると和気あいあいとした雰囲気が戻り、食事が始まった。

 僕は初めてのエルフ食を覚悟を決めて口に入れた。


「美味しい……」


 まず緑の米はモチモチしてて、噛むとどんどん甘味が出てきた。味噌汁も、旨味が凝縮していて、それに浸かっている具もそれぞれの味と合わさって、ホッとするような美味しさがある。目玉焼きは、若干見た目がグロいけど味は甘辛くてクセになりそうな味をしていた。野菜はどれもみずみずしく、ブロッコリーはまろやかな苦みがあり、玉ねぎやレタスはスッキリとした味わいだった。


「俺と母さんのお手製料理だからな」

「ええ。口に合ったようで良かったわ」


 安心して食べられることを実感した後は、会話をしながら箸を進めることに。


「ヒカゲくんはおいくつなの?」

「今は十七歳です。今年十八になります」

「コノの一つ上だったんですね」

「趣味とか好きなものって何かあるかい?」

「可愛いものとか好きです。ぬいぐるみとか」

「ぬいぐるみ好きなヒカゲさん……最強に可愛い!」


 食事中の話の中心はやはり僕のこと。三人は凄く親しげに僕に話しかけてくれた。疎外感もなく、受け入れられてるんだなと安心できて。それに、自分の事に興味を持ってもらえることもあまりない経験で新鮮で嬉しかった。

 もちろん話の中で、三人についてのことを教えてもらったりもした。お母さんの名前はイチョウさんで、お父さんの名前はリーフさん。二人共四十歳で、村には百歳超えの人も多くいてエルフの中では相当若いらしい。さらにその娘で十六歳のコノはなおさらだ。

 イチョウさんは村の警察官みたいな仕事をしているようで、治安維持や外出時の護衛などをしているみたいだ。リーフさんは村のお医者さん。回復魔法で手当てしたり、薬草で病を治療したりしているとか。そして、コノは学び舎で魔法や学問について学んでいる生徒らしい。ちなみに昨日と今日は休日で、また明日から学び舎に行くみたいで、彼女は凄く楽しみにしているようだった。


「ヒカゲくんはロストソードの使い手なんだって?」

「はい、と言っても最近なったばかりで新米ですけど」

「神様に選ばれた人しか持てないロストソードを振るうなんて、ヒカゲさんは本当に物語の勇者様のようです」

「ねぇヒカゲくん、どんな事があったか興味があるわ。聞かせてくれないかしら」


 僕は了解して、レイアちゃんの出来事やギュララさんとの出来事を語って聞かせた。三人共、リアクションを織り交ぜつつ耳を傾けてくれて、時折褒めてくれたりもして。

 こんなに家庭の温かみを感じたのは久しぶりだった。僕が物心がついた辺からは、僕の両親は仲が悪くなっていて、食卓を囲んでいると言い合いをするか、冷戦状態の中で食べるしかなかったから。


「……」


 この家は明るくて健全で安全基地のある環境のようだ。僕が過ごしていた環境とはまるで違う。だからか段々と、僕にとってこの場所は温かすぎるように思えてきて。それにまだ適応しきれていなく、サウナのような息苦しさを微かに感じていた。

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