悪役姫を更生させ破滅フラグから抜け出そう

なるとし

第1話 全てが崩れさる

「……」


 最期の瞬間に見えた光景はラブホテルからでる俺の恋人の瑠璃るりと、いかにもNTRの漫画に出てきそうなヤンキーっぽい男だった。


 二人はくっついた状態でイチャイチャしている。

 

 付き合って二年目になったことを記念に、仕事終わりにプレゼントを買ってから家に帰る途中だった。


 なんてことだ。

 

 あの様子だと間違いなくヤッたのだろう。


 年下の我儘な彼女のために、俺は最善を尽くした。

 

 彼女が欲しい食べ物、服、飾り物などなど、金銭的な面はもちろんのこと。


 時間的にも精神的にも、俺は彼女のために全てをやってあげた。


 瑠璃が風に引いたら、早上がりして薬を買って家まで持ってきてあげた。


 感情をぶつけまくっても、俺は我慢して全部聞き入ってあげた。


 彼女の喜ぶ姿が見たくて……

 

 ふとした瞬間に見せる彼女の笑顔が見たくて……


 瑠璃が微笑みをかけてくれたら、これまでしてきて苦労が吹っ飛ぶ感じがした。


 救われた気がしてきた。


 大学生の時、内気だった俺が勇気を振り絞って告白して付き合い始めた。


 あの時の俺はこの世の全てを得た気分だった。


 全身に快楽という感情が駆け巡るのを感じて、ゆくゆくは結婚をとまで思っていた。


 だが、


 彼女は、あのヤンキー男に向かって科を作り、女の表情をしながら幸せそうに吐息を吐いている。


 俺と一緒にいた時より、今の彼女は


 幸せそうだ。

 

 そして、


 横断歩道を渡ろうとする俺の前に大きなトラックが走ってきた。


「「「!?」」」


 二人と俺は目が合った。


 二人は笑っている。


 まるで、最初から心が繋がっていたかのように、同時に笑っている。


 もうすぐトラックにぶつかる俺のことを見て安心しているとも取れる笑みだ。


 俺の死は、


 二人にとって都合のいい死なのだろうか。


 俺を救ってくれたあの笑顔の本当の姿は、


 俺を嘲るような笑みだったのか。


 最初から独りよがりで、俺の勘違いで、弄ばれたってわけか。

 

 そんなことを考えていたら、


 トラックが俺の方へ近づいてきて、俺を轢いた。


 板垣俊介。


 25歳の社畜。


 短い人生だった。


 これが結論か。

 

 仕事においても、恋愛においても、一生懸命頑張ってきた結果がこれか。


 怒りと後悔と無念が心の中でごちゃ混ぜになる中、


 目の前に見えてきたのは白い空間。


「あははは!!!あなた、まんまと利用されてたのよ」


 翼の生えた若い女の子がお腹を抱えて俺を指差しながら笑っていた。


 利用される?


 俺が続きを視線で促したら、翼の生えた女の子はしばし笑ってから言った。


「あなたと付き合って3ヶ月ほど経ってからかな。あのヤンキーとあなたの彼女がセフレ関係になったのは」

「ま、まじか……」


 あまりにも衝撃的な言葉を言われたもので、俺は跪いて絶望した。


「でも、半分はあなたのせいでもあるのよね」

「え?」

「彼女を甘やかすから、あなた、なめられてたわよ」

「……」

「まあ、後悔したところで、後の祭りね。人は若干捻くれてた方がいい。あなたは全てにおいていい人過ぎたのよ」

「……」


 俺が握り拳を作って悔しがっていた。


 そしたら、翼の生えた彼女は意味深な表情をして俺の瞳を睨む。


「まあ、その代わりに、あなたには勇者としての力を授けてあげるね」

「勇者の力?」


 何を言ってるんだ。


 勇者の力って、異世界にでも行くというのか。


「ええ。半分はあなたのせいだとしても、あなたは被害者だからね。それ相応の対価は与えないと」

「……」

「それじゃ、頑張ってね。あなたをとしている世界へ」

「ちょ、ちょっと!話が急すぎるけど!?俺は一体どこへ行っちゃう?」


 俺が必死に問うたが、翼の生えた女の子は笑顔のまま手を振るだけだった。

 

 彼女がヤンキーに寝取られた怒りを感じる間もなく、俺は意識を失った。


X X X


とある部屋


「……なさい!」


 声が聞こえる。


 甲高い声が聞こえる。


 非常に気の強そうな女の子の声色だ。


「……ないの!?早く下げなさい!」


 だんだん頭が冴えてくるにつれて、女の子の声はより鮮明に聞こえてきた。


 やっと見えるようになったので、俺は目を擦る。


 すると、煌びやかなドレスに身を包んだ女の子が見えてくる。


 内巻きの金髪ボブ、青色の瞳、そこそこある胸、かわいく整った目鼻立ち。


 年齢は14歳くらいだろうか。


 だが、背伸びしまくったような厚い化粧が、顔を覆って非常に目障りだ。


 何より気になるのは、


 表情が圧倒的に怖い。


 そんな怖い表情の彼女はガラスで作られたカップを俺に叩きつけてきた。


 ガチャン!


「っ!?」


 カップに入っていた熱いコーヒーが服を濡らし、地面に落ちた瞬間大きな音を出しながら破片が広がる光景に戸惑っていたら、彼女がまた口を開く。


「あなたの耳は飾りなのかしら?それとも『このコーヒー、不味すぎるから下げなさい』という言葉も理解できないほど知能が低いのかしら?」

「そ、それは……」


 俺がどもって返事に困っていたら、彼女が俺を嘲笑いながら口を開く。


「あらあら、あなたが淹れたまずいコーヒーが、王宮御用達の職人が丹精込めて作った最上級絨毯を汚しましたわ。本当に悍ましい。この絨毯、いくらなのか知っていますの?」

「……いいえ」


 熱いコーヒーは俺の服にもかかったのに、絨毯の心配をするのか。


 でも、なんだろう。


 この言い方、どこかで聞き覚えがある気がする。


「あなたの5年分の給料以上ですわよ。それをあなたは汚しました。おそらく洗ったとしても、そう簡単に落ちないんでしょう」


 非常に聴き慣れた言葉。


 これは……


「……」


 いきなり脳内に何かが上書きされる。

 

 そうだ。


 これはゲームの中の世界だ。


 昔、お姉さんと一緒にプレーした乙女ゲーム。


 タイトルまでは覚えてないが、格好いい勇者が魔王を倒し、綺麗な姫様と結ばれるストーリーだ。

  

 そして今、目の前で俺を罵倒しているのは、この国、オシリア王国の第二王女であるルリ・デ・オシリア。


 勇者と結ばれる第一王女の妹であり、魔王と内通して自分の姉と勇者や他のヒーローとの仲を引き裂こうとする悪役である。

 

 性格は最悪、そのくせ超面食いなので、平民のイケメン執事を雇ってはつまらなくなったら難癖をつけ、借金まみれにして捨てる外道中の外道だ。


 借金を証券にして、それを奴隷商人に売ったりして手に入ったお金でまた執事を雇うという負の連鎖がずっと続いている。


 彼女の生贄になったイケメンたちは、おそらくどこかでひどい待遇を受けながら生きていることだろう。


 現に、転生した俺もその執事のうちの一人である。


 この執事の名前はレン。


 顔だけしか取り柄のない平民だ。


 このレンという執事は、絨毯を汚した件で借金を背負わされ、ゆくゆくは魔王の養分となる運命を辿ることになる。


 まあ、結局魔王を倒した勇者によって、目の前のルリも処刑される羽目になるが。

 

 なぜ、あの翼の生えた女の子が、俺をこの世界に送ったのかは知らない。


 けど、確かなことは、このルリという女の子と一緒にいると、ろくな目に合わないということだ。


 きっと、こいつは両親である国王と王妃に甘やかされてきたのだろう。


 だから、こんなわがまま言い放題の悪女になったってわけだ。


 もう一つの理由もあると思うが、それはあくまで個人的推測の域を出ない。

 

 一緒にこのゲームをプレーした時のお姉さんは、しょっちゅうこのルリの悪口を言っていた。


『なんか、めっちゃうざいよねこの子』

『お姉さんの邪魔しかしない悪い子は、成敗されて当然だわ!』


 そんな昔のお姉さんの言葉が脳内で蘇ってくる。


 弟の俺は、若干を感じつつも、頷いていた。


 俺がしばしの間、このゲームのことで思索していたら、彼女が俺の胸ぐらを掴んで、思いっきり見下すような口調で言う。


「本当、顔以外はなんの取り柄もないクズですわね。ねえ、私が一つ真実を教えましょうか?」

「真実って……何を……」


 俺が戸惑いながら訊ねると、彼女はにっこり微笑んだのち、嗜虐的な表情で艶のある美しい唇を動かす。


「いくらイケメンでも、誠実でも、優しくても、あなたみたいなつまらない人間は見捨てられるのがオチですわ。

「……」


 コーヒーを投げつけられるところまではよかった。


 だが、

 

 俺に魅力がない。


 その言葉を聞いた瞬間、うちなる自分が切実な叫び声を上げる気がした。


 きっと、このルリという子の言葉は、レンという執事に向けられているのだけど、なぜか、転生前の板垣俊介に向けられる気がしてきた。


 俺に魅力がないから彼女は浮気をした。


 俺に魅力がないから、彼女はあのチャラチャラした感じのヤンキーとセフレになった。


 俺に魅力がないから、俺は見捨てられ死んでしまった。


 ルリの宝石のような鮮烈な瞳は間違いなくそう語っている気がした。


 心の中で何かがキレた気がする。


 堪忍袋の緒なのか、赤い糸なのかはわからない。


 だが、


 俺の心を形成する何かが崩れ去ったのは確かだ。


「……」


 言わせておけばいい気になりやがって説教じみたことを……


 お前14歳だろ。

 

 お前より俺は11年長く生きているんだ。


 俺は握り拳を作って頭を垂れる。


 そしたらルリが俺から離れて挑発するようにいう。


「あらあら、怒っていますの?だったらなんですの?あなたにできることなんか何もなっ……あっ!」


 俺は


 あの翼の生えた女の子から授かった勇者の力で『身体強化』を使い、俺を見下す第二王女であるルリの


 このクッソアマが……


 俺の元彼女と名前が同じってだけでもムカつくのに、調子こいてんじゃねーぞ。


 やっぱりあの天使さんの言葉は正しかった。


 女は甘やかすと男を裏切る生き物だ。


 だとしたら、


 これから俺は優しい男ではなく、


 になるんだ。


「お嬢様、






 


 彼女をヤンキーに寝取られ、勇者の力を得て執事に転生を果たした彼と、悪役姫であるルリによる甘々なラブストーリーが幕を開ける。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る