第15話 花守へ喝采を

「余計な邪魔をしやがって! 今度こそ真っ二つだよ!」


 回避する余力のないヒノメが片手で長刀を構えて迎え撃つ。その頼りない姿を見てメズスは残忍に笑い、大剣を振りかぶった。


 突如、ヒノメたちの背後から電撃が強襲。三条の電撃がその全身に絡みつき、感電したメズスは叫び声を上げながら後退した。


 突然の出来事に驚くヒノメとアクタの鼓膜を、乱入者の大声と弦楽器ベースの韻律が震わせる。


「じゃーん! このライミの独演会ライブに来てくれて、ありがとぅーじゃーん!」


 ベースをかき鳴らしながら現れたのは、イチバ班のライミだった。


 ヒノメたちの前に出ると、紫電をメズスに浴びせかけて押し込んでいく。メズスはまとわりつく電流を大剣で振り払うと咆哮を上げた。


「たかが見世物のヒヨッコ風情がっ! こっちは元軍隊だ! 勝てると思ってんのか!」


「こっちも勝負には生命をかけているからね」


 ヒノメの横を疾風となったイチバが駆け抜け、メズスを短槍で殴りつけた。メズスは大剣で短槍を受け止めるが、その衝撃で踏みしめた両足が後ろに滑走する。


『あぁーっと! アクタちゃんとヒノメちゃんの危機に登場したのは、〈若葉〉二十一位のイチバ班だぁー⁉ 偶然、客席にいた模様です! 助かったぁ!』


 歓喜のあまり、この状況でも実況口調になったクロワの声が花園に降り注いだ。


 安堵と混乱が入り混じって呆然とするヒノメの肩に朱色の手が触れる。ヒノメが目を向けると、開花して全身の肌が朱色に化したモミジの手だった。


「わたしは本職の回復型ヒーラーじゃないけど、少しの間だけ動けるくらいには回復できるから」


「……ありがと」


 モミジの掌を起点にしてヒノメの身体に文様が広がっていく。文様が覆った部位は傷口が塞がっていき、苦痛も薄れていった。


 思わぬ援軍にカラスが苛立った声を発する。


「えぇい! ツグミ、まとめて木端微塵にしろっ!」


「うっす」


 カラスの指示に頷いてツグミが大砲を肩に担ぐ。その砲口の先にヒノメたちを捉えた直後、大砲が火を噴いて砲弾が空を走った。


 突如、飛来する砲弾に向かって白銀の烈風が殺到。両者が衝突した瞬間、凄まじい爆炎が立ち上る。炎と黒煙の渦から歩み出てきたのは、眩いばかりの銀色の甲冑。


「みなさんを傷つけるのは、このわたくしが許しません!」


 煤けているが傷一つつかない甲冑を着込む花守は、カレギ班のオトノしか存在しない。


「な、なんっすか? あたいらの邪魔をするのなら容赦できないっす!」


 ツグミは再び大砲でオトノを照準する。そこへヒノメの背後から伸びた二条のツタがツグミの腕と大砲に巻き付き、その動きを阻害。不機嫌そうにカレギがヒノメの前に進んでいく。


『今度は〈若葉〉十一位のカレギ班が花園に登場! 見事な連繋で敵の動きを封じます!』


「ったく、まさかこんなことに巻き込まれるなんてね」


 鼻を鳴らすカレギの後ろ姿を見守るアクタに、どこからか飛来した種子が直撃。白いハナビラが舞い散り、それに触れたアクタの肉体が修復されていく。


 種子が飛んできた方角をアクタが見やると、その先には外套で全身を覆った姿がある。波打つ緑の髪に細面の花守、ゼンナが立っていた。


「ば、爆撃と回復が得意のカレギ班所属、ゼンナですっ! お目にかかれて光栄っす!」


 緊張している様子のゼンナに対し、戸惑いつつアクタが会釈を返す。


 一方、続く不測の事態にカラスの表情には余裕が無くなっていた。


「情けないぞ、お前ら! た、頼んだ、ハツト!」


「お任せを」


 中央に位置していた女性、ハツトは靴裏から飛び出ている刃で滑るように肉薄してくる。その背中には翼のように四本の剣が浮かび、ミズクの本にも似て遠隔操作を思わせる。


 回復したヒノメが長刀を構えると、その横にアクタが並んだ。


「どうしたの? 無理せずに休んでれば?」


「あなたに貸しを作りたくないの」


 冷然と言い捨てたアクタを横目にしてヒノメが苦笑する。


「じゃ、やるよ!」


 ヒノメとアクタがそれぞれの刃を掲げて突進。ハツトが右腕を振ると、背中に浮かぶ右側の二本の剣が連動して斬りかかってきた。宙を走って斬り下ろされる二本の剣をヒノメが防ぎ、左側から繰り出される斬撃はアクタが受け流す。


 手数では劣っても、水際立った体捌きで巧みな連携をとる二人の剣士ヒノメとアクタがハツトを追い詰めていく。冷静に細められていたハツトの双眸は、すぐに焦燥で塗り潰されていった。


「どうして、半人前の花守に圧倒されるというの……⁉」


 長刀と竹光が生み出す二条の剣閃がその身を切り裂き、ハツトはハナビラを撒き散らして後方に弾き飛ばされる。生命花の根元まで転がったハツトが痛みに呻いて横たわった。


 自身の足元に倒れるハツトを目にし、カラスの顔が蒼白になる。


「〈百花繚乱・野心と威厳は一番槍の故〉!」


 メズスが電撃に怯んだ隙を突き、イチバは短槍を垂直に立てて宣言した。短槍の先端に大輪の花タチアオイが咲き、穂先の両翼に光の刃が形成され十文字槍に変化。


「あたしの槍は、いつでも勝利への一番槍さ!」


「抜かせっ! 興行のお遊びとは違うってことを教え……」


 穂先を下げた構えから一転、霞むほどの速さで放たれた刺突が直撃してメズスが吹き飛ばされる。地面を削りつつ滑走したメズスは生命花の根元に当たり、ようやく停止した。


「〈百花繚乱・なけなしの勇気こそ不変であれ〉!」


 オトノの甲冑が内側から破壊され、脱皮するように新たな甲冑が生まれる。一丈3メートルほどの巨体となった白銀の甲冑は、体当たりの予備動作である前傾姿勢となった。


「カレギちゃん、そのまま押さえておいてください。このわたくしが仕留めます!」


「ま、待つっす! あたいは動けないっすけどー!」


 幾重ものツタに巻き付かれ身動ぎできないツグミへと、オトノが超速で突進。激烈な衝突音が響くと、自身が砲弾になったようにツグミの肉体が宙を飛ぶ。生命花の茎に叩きつけられ、ツグミが地に落ちた。


 カラスが足元に寝転がる三人を愕然と見下ろす。


「な、な、なにをしているんだ、お前ら⁉ 立てっ! 早く立って戦え!」


 取り乱すカラスの前では、四人の花守が並んでいた。


「〈百花繚乱・変節なきよう剛直かつ強靭に〉!」


 アクタが再び百花繚乱を発現。放射状に弾けた波動が女袴の裾をはためかせる。


「〈百花繚乱・一閃は優美で慎み深く〉!」


 ヒノメも百花繚乱を発動し、全力となった四人の花守がカラスを見据える。その迫力に怖気づいてカラスが後ずさった。


「コーチ! 罪を重ねさせないのが私からの恩返しです。神妙にお縄についてください!」


 カラスが身を翻して逃亡。


 それを見たヒノメ、アクタ、イチバ、オトノの四人が一丸となって突撃をかける。四人の帯びる光が混ざり合い、神々しい光輝の奔流と化して悪しき者が咲かせた生命花に突き進んだ。


 生命花に光となった四人が激突。その瞬間、猛々しい光の塊が茎を切り裂きながら昇っていき、生命花の頂点で大爆発を生じさせた。


 虹色の光を放ちながら生命花が爆砕し、その衝撃が花園一帯を突き抜ける。凄まじい爆風が止んだとき、花園に燐光を帯びるハナビラが降り注いだ。


 顔の前に手を翳していたヒノメが視線を戻す。


 目の前の地面には、生命花を破壊されて失神した三人の花守が転がる。そして、爆発に巻き込まれて黒焦げになったカラスが大の字になっていた。


 白目を剥いて倒れるカラスの全身からは硝煙が上がり、気を失って立ち上がる様子は無い。というか、生きているかも怪しい状態ではある。


 カラスたちが沈黙したことで騒乱は収まり、すべての者がハナビラの舞い散る光景に目を奪われていた。みんなが音を忘れていた束の間が過ぎ、突如として白熱した声が響き渡る。


『花守たちの活躍によって強盗団の脅威は去りましたぁー! 会場のみなさま、どうか勇敢なる花守たちに盛大な拍手をお贈り下さいますよう! ありがとー、みんなー!』


 クロワの実況に続いて観客からの喝采が鳴り響く。


 照れたり喜び合ったりする花守のなかで、唯一浮かない表情をしたアクタが一人で佇んでいた。ヒノメはアクタに歩み寄ると、親しみを込めて相好を崩す。


「いやー、おかげで助かったわ。ありがとう」


「……お互い様よ。それに大剣使い(メズス)に狙われた私を助けようとしてくれた。借りができたみたいね、晴火流」


「私は晴火流じゃないと言ったでしょ。ヒノメよ」


 アクタはヒノメを見つめ返す。名状しがたい感情が瞳に揺れ動いた後、その口唇が開かれた。


「いつか借りは返すわ、ヒノメ」


 にこやかにヒノメが手を差し出す。その掌を少し見つめていたアクタは、頬を赤く染めてそっぽを向いた。


「それはまだ早いわ」


 そう言い捨て、アクタは踵を返して自陣の生命花に向かって歩み去って行く。


「素直じゃないなあ」


 遠ざかっていくアクタの背中を眺め、ヒノメは苦笑を漏らした。

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