第9話 妹として

命の水平線ウォーターライン〉の都市郊外には小川が走り、水車や小屋が点在する草原が広がる。その穏やかな風景のなかでミズクとスクルが対峙していた。


「へぇー、おチビちゃんが来てくれたんだ。弱い相手でよかったー」


「です。つまり、あんたはミズでも充分な相手だということです」


「ムカツクー!」


 ミズクを前にして余裕の笑みだったスクルだが、挑発に乗って苛立ちを面に刷いた。


「お姉ちゃん、やっちゃお!」


 スクルと分身が掌から薄桃色ロゼの光弾を連射する。ミズクはスクルに対して平行に走りながら本から光条を返した。咄嗟に無表情の分身がスクルの前に立ちはだかって光条を受け止め、その表皮で光の粒子が弾ける。


 ミズクは盾とするために付近の水車を目指して走る。その意図を察したスクルは、ミズクの進路を塞ぐように光弾を放った。


『薄桃と紫の光が交錯し、戦場が二色の光と爆破で彩られ二人の花守スクルちゃんとミズクちゃんの顔を照らします! しかし、加護によって分身を有するスクルちゃんが圧倒的に有利か⁉』


 危ういところで光弾を躱しながらも、爆風に小柄な肉体を揉まれるミズク。宙に整列させた本から応射させつつ水車へと駆けるが、目前の地面に光弾が着弾して爆発を上げた。


 衝撃に弾き飛ばされたミズクは身体を地に打ちつけられ、痛みで呻き声を漏らす。致命的なミズクの隙を目にしてもスクルは追い打ちをかけようとせず、分身の背に隠れながら口を開く。


「やっぱり大したことないねー。スクルたちに勝てるわけないんだよ。ね、お姉ちゃん」


「……ここでミズを仕留めなかったことを後悔するです」


「ずいぶんと突っかかってくるね。そんなに突き飛ばされたのが悔しかったー?」


 初めて二人が出会ったとき、サクハナリーグ協会本部でミズクはスクルに突き飛ばされている。それから確執は始まっていた。


 ミズクは立ち上がりながら、分身の背後に立つスクルをジト目で射抜く。


「きっかけは確かにそうです。ですが、許せないのはミズにとって姉に等しいムイぴょんを愚弄したことです」


「一人だと何もできないおこちゃまが、よく言えるもんだね」


 嘲りの言葉を浴びるミズクの内面は、その静かな表情からは窺い知れない。


「スクルにはお姉ちゃんがいるから、一人になっちゃうことは無いんだな。ねー?」


 スクルが分身に笑いかけた。その様子を見やるミズクの瞳に憐れみと蔑みが入り混じる。


「それは加護で作り出された、ただの分身です。それは本物の姉ではないです」


「羨ましいからって難癖付けないでくれる?」


「普段の分身のいないときでも隣に姉がいるように振る舞っていますが、あんたの横には誰もいません。あんたに『お姉ちゃん』はいないです」


「スクルのお姉ちゃんはここにいる! いつもスクルのことを守ってくれている! 変なことを言わないで!」


 それまでの余裕が嘘のようにスクルが激昂する。子どもが癇癪を起したような変貌。


「ミズには生まれなかった姉がいます。ミズクという名前は姉につけられるはずだったものです。そのせいで、親からミズ自身のことを見られているのか、姉の代わりとして見られているのか分かりませんでした」


 ミズクの静かな声音が流れる。その間にも、宙に浮遊する六冊とミズクが手にする二冊の本が分解していき、光の粒子と化していく。


「ですが、ムイぴょんと出会ってその不安は無くなりました。ムイぴょんはミズのことをミズとして見てくれています。姉のようなムイぴょんをバカにされて、だから許せないのです。姉がいないはずのあんたは、どうしてそこまで姉にこだわるのです?」


「こだわりじゃないし、お姉ちゃんは死んでない! お姉ちゃんは生きている! スクルとお姉ちゃんは『お似合いの二人』デンファレの花言葉なんだ! お姉ちゃん、こいつなんか消しちゃおう!」


 スクルが顔面を蒼白にして叫び、それと対照的に無表情の分身が動き出す。


「〈百花繚乱・お似合いの二人の前に敵なし〉!」


 スクルとそれに寄り添う分身の頭上に薄紫色の二輪の花デンファレが咲いた。スクルの左手、分身が右手を合わせ、それを離すとお互いの掌を光の線が繋いでいる。幻影の花が散るとともにその線は腕ほども太くなり、ときどき火花を発してのたうった。


『ついにスクルちゃんが百花繚乱を発動! 本体と分身の手を繋ぐ光は伸縮自在であり、柔軟に動きながら触れた者を焼き切る威力を秘めています!』


 本はすでに光の帯となって幾重にも重なり、ミズクの前で発光する球体となっている。


「ここで引くわけにはいかないです。〈百花繚乱・高潔と策士は紙葉の表裏〉」


 ミズクの足元から紫色の大輪クレマチスが咲き誇り、砕け散るとハナビラとなって周囲の空間を彩る。


 表面を流動させる光の球体が内部で紫の稲妻を閃かせ、その破壊力が解き放たれるときを待っていた。その余光がミズクの顔を紫に染め、巻き起こる風に衣服が揺らいでいる。


『ミズクちゃんも百花繚乱で迎え撃つつもりです! 恐らく勝負を決める一撃となるでしょうが、果たしてどちらが勝者となるのかぁー⁉』

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