目城⑤

 さっそく電話で問い合わせると、目城という女性は確かに役所におり、代わって出た本人により日菜子が会ったのは本物の彼女だとわかった。

 その際、目城は特区のサポートの説明をしに、改めて自宅を訪れる用意があると告げた。前回日菜子たちの住むアパートや二人のたたずまいなどを目にして、絶対に支援が必要であるし、問い合わせてきた今回は受け入れるに違いない、と考えたからではないだろうか。ともかく日菜子は了解した。

「先日はすみませんでした」

 やってきた目城に、日菜子は頭を下げた。

「大丈夫ですよ。実際に当役所の人間だと口にする詐欺が現れているようですし、しっかり用心なされていて素晴らしいです。それに今回の書類が郵便受けから盗難される被害も出ておりますので、送られてきた覚えがないというのはそのためだったのかもしれませんね。ですから当然の対応だったと思います。それでは、説明させていただいてよろしいでしょうか?」

「はい。前回来られて渡してくださった書類に目は通しましたけども、ぜひ詳しくお願いします」

 そうして目城は話し始めた。

「例えば、主婦の方が、日々行う家事のなかで感じる困ったことから便利グッズのアイデアがひらめき、商品化してとても売れたという話は以前からありましたが、もし同じようにアイデアが浮かんだとしても、行動まで移す方は少数ではないかと思います。それは、具体的に何をどうすればいいのか、どのようにすればきちんと自分の権利が守られる商品化ができるのか、などがわからないからというのが主たる理由ではないでしょうか。そして、うまくいけば大きなリターンがあって象徴的ゆえに、このアイデア商品の発明の例ばかりがクローズアップされてしまっておりますけれども、自宅で趣味で作っているパンを少量ながら販売してみたいなどと思っても、必要な届け出があるのかがわからないし、それを調べたり、手続きがあるならば行うのは、面倒そうであるし、経理もよくわからないし、といった、本気でやればどうにかできるかもしれないものの、それだけの苦労に見合うお金を稼げる保証もないからと、同様に断念なさっている方は思いのほかおられるのではないかと思います。コストはほとんどかからずリスクがないにもかかわらず、手間暇などのちょっとしたことで諦めてしまうのは、ご本人にとっても、それにより税収を得られる可能性がある行政にとっても、実にもったいない。そこで、手続きや経理などの細かい事柄やお膳立ては市が委託した先に大部分を行ってもらい、その代わりに年間の所得が五百万円を超えた場合は、その超えたぶん全額を税金として市に支払っていただくというのが、今回の特区なのです。ですから年間の所得が五百万円未満の世帯の方たちが対象であり、該当しておられましても五百万円を上回るすべてを税金でお支払いいただくのが嫌であれば、通常通り本人さまや自らどなたかに経理を依頼するなどして起業や副業を行っていただいてもちろん構いません。いかがでしょう? この制度を利用して、何かおやりになる気持ちはございませんでしょうか? アイデア商品作りでもよろしいですし、何ができそうかを相談するサポートも行っておりますが」

 あの発明の話って、そういうことだったのか、と日菜子は腑に落ちた。

 そんなことより……。

「できるならお世話になりたいですけれど、相談に乗っていただいたとしても、私にやれることなんてあるかどうか……」

「無責任なことは申し上げられませんが、自分にはまったく取り柄がないとおっしゃっていた方でも、気づいていなかった才能を発見なさるですとか、副業であればどなたでもある程度できることもございますし、ひとまず相談なさって、何も行わないという結論に至りましても一向に問題はありませんので、そんなに不安をお感じになられなくても大丈夫ですよ。相談はお時間などもご都合に合わせますし、軽い気持ちでやってみるというスタンスで構いませんけれども、いかがいたしましょう?」

「……じゃあ、よろしくお願いします」

 目城はニッコリとしてうなずいた。日菜子の心配を消し去るような、とても優しい笑顔だった。

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