Somnium

藍沢慧

第1章 Somnium

1

 何度目かの終わり。それを思い出したのは宙で逆さまになったときで、彼女にそれを伝える術はもう残されていなかった。

 これで何度目なのだろう。まだ数回な気もするし何万回と繰り返している気もする。「ループしている」とは似て非なるモノなのだと思う。

「終わればいいのに、こんなセカイ」

 いつの私が終わりを綴ったのだろう。いつの彼女が始まりを綴ったのだろう。私はあと何度終わらせてしまうのだろう。

「君が望んだ運命はどんなカタチをしているの?」

 届かない遠い遠いその向こうにいるあの子に問いかける。

 空で鯨が跳ねる。その間、目が合った気がする。

「また始まる?」

『彼女が望めば始まるかもしれないし、始まらないかもしれない』

 笑ったように見えた鯨を睨む。

『そう睨まないでおくれ。また狭間で待っているよ』

 意識が遠くなっていく。私はまたあそこを訪れるのだと直感した。


 目を覚ました私は大理石の床に横たわっていた。重い体を持ち上げて目の前のホログラムに目を移す。

――ここは三つの博物館が集まって出来た施設、 Somniumソムニウムです。

――空中博物館……S棟(二階)

――陸上博物館……W棟(一階右)

――水中博物館……E棟(一階左)

 案内のホログラムを目にした私はそれを大して読むこともなく階段をのぼり始める。二階のあの鯨の前に行かなければいけない。今までもそうだったから。

 私にニコニコと手を振る天使もこちらにおいでと手招きをする悪魔も珍しくはあれど魅力的に映らない。もう何度も見てきたから、見飽きてしまった。

 階段を上り切った私は空を見上げて一つ息を吐く。何度見ても大きい鯨だと感心してしまう。こちら少し見てつまらなそうに悠々と泳ぐ鯨はついさっき現実むこうで会ったばかりなのにこちらには興味がないらしい。

「今回は随分と早かったね」 

 私は目の前に立つ彼女の名前は呼ばない。彼女も私の名前を呼ばない。いや、もう呼べない。Somniumに来た私たちには名前なんてものはない。

 沈黙の多い私たちを嘲笑うように鯨は優雅に泳ぐ。

「君と私が出会い続けるのは本当に運命なのかな」

「運命だよ」

「なんで?」

 彼女は黙る。そこまでして私との出会いを肯定したがる理由も分からない。

 これは随分と前に彼女……いや、ここでは「始まり」と呼ぶべきこの子が始めてしまった必然の話。もう朧気になってしまった記憶の向こう側に静かに涙を流す君が、また全てを終わらせようとする私の先で自身の本当の存在に気づく君が見える。これが同じ時の記憶なのか別の時の記憶が混ざってしまったのかも分からない。

「どうしてそこまでして私に出会いたがるの?」

 どんな姿形に生まれたとしても私たちの必然は上手くいかない。そのように出来てしまっている。

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