第3話 2度目のチェキの行方

 初めてのチェキから3日後、私はコンカフェAが Twitterで公開している出勤表にこはくさんの名前を確認し、仕事帰りに足を運んだ。

 さて、いきなりの余談、身の上話で恐縮だが、私は人の顔と名前を覚えるのがかなり苦手である。

 仕事上の顧客の顔と名前など、一度や二度会ったぐらいでは一致する方が珍しく、1〜2ヶ月ほどはなんとか誤魔化しながら探り探り接するほどである。

 小学生、中学生の頃は友達を作るのが苦手だったが、その理由も、同級生の顔と名前が一致しておらず、何と呼びかければ良いのか分からなかった、というのが一因としてある。

 そんな私なので、恥ずかしながらこれほどまでに気にしているこはくさんについても、たった一度話しただけでその顔を判別できる自信もなく、そもそもが顔を思い浮かべることすら困難であった。

 彼女がTwitterに上げている自撮りも、加工どころか顔の大部分を隠してしまっているものばかりで、確認のしようもない状態である。

 そんな不安を抱えながらも、そこに彼女の存在を確信していた私は、今回ばかりは呼び込みの力を借りずにコンカフェAの扉を開き、突入した。

 相変わらずの薄暗い店内。だが、出勤表を見て分かってはいたが私がこれまでに見てきたよりもキャストは多く、また客の数も多い。

 私はカウンター席に向かう数秒の間にキャストの顔ぶれを見渡し、こはくさんらしき人物を探した。

 確信はないがこの人だろうか、という顔に視線を這わせたとき、彼女もまた私の来店に気付いたようだった。彼女は笑顔を見せると、カウンターについた私の前に来て「来てくれたんだー」と言った。

「前来た時、楽しかったんで」

 キョドりながら私。本当はワクワクしながらきたのだが、あまり乗り気で来店してもキモいのではないかと思ってキャラを作っていた。しかし今思えばキョドってる方がキモいだろう。

 彼女は「嬉しいー」と言って、次いで「覚えてる?」と聞いた。ドキリとする質問。

「こはくさん?」

 半ば賭けであった。顔をしっかりと覚えているわけではなかったが、雰囲気から判断すれば恐らく彼女はこはくさんその人であったし、来店時からそれほど気楽に話しかけてくれるような相手の心当たりも他には無かった。

「さすがー」

 正解だった。記憶の中の朧げな彼女に、眼前の彼女を重ねて上書きする。長身にツインテール。考えてみれば他のキャストには無い特徴である。

 さて、こはくさんとの2度目の会話は、彼女がリハビリ系の学生であること、就職に向けて勉強をがんばっていること、学校の卒業のために単位に苦しんでいること…など。

 世間知らずな私は、大学に通っていて、卒業が近いのだろうな、と思った。22歳くらいか、と思った。ひとまわりくらいの歳の差か。

 大きな歳の差だが、まだ許容範囲か、と思った。

 そりゃあ、そんな気持ちが微塵もなかったのかと言えばそんなことはないが、なにも交際するための歳の差、という意味でそう思ったわけでは無い。

 この業界に不慣れな情けない男性として、相手をしてくれるのが二十歳を超えているのならば、まだなんとなくおかしな構図ではない、というような気がしたのである。

 彼女は、学校で学んだことを断片的に教えてくれた。人体の骨の名前など、である。自分の知らないことを教えてくれる彼女との会話は、とても心地よく感じたものである。

 さて、肝心のチェキであるが、なんとこはくさんとは撮ることがなかった。私の方から言い出すことが、どうにも気恥ずかしかったのもある。

 だが、もう一つ大きな理由があった。みどりさんとのチェキである。

 みどりさんは初チェキに落書きをする際、「2度目も私じゃないとだめ」というようなことを書いていたのだった。なんとも馬鹿げたことだが、約束は律儀に守りたい私である。本心に従えば反故にしてしまっても良いものであるが、みどりさんの勤めるコンカフェが系列店であることを考えれば、ばれたら嫌だなという気まずさもある。


 そんなふうにうだうだとしながら、仕事後などに何度かコンカフェAに通っていたある日、帰りのエレベーターである女性と乗り合わせた。見覚えのあるような、ないような。

 できるだけ目を合わせないようにして降りるが、ついに声をかけられる。

「〇〇くん?」

 私の名前である。

「ええと、みどりさんですよね」

 私も、思い当たる唯一の名前を確認する。ビンゴだった。

「もうすぐ卒業しちゃうから、よければ来てね」

 そう言って、日付を告げるみどりさん。

 その当日、私がコンカフェBに足を運んだのは言うまでもない。

 そこで私は卒業祝いに安いドリンクを入れつつ、人生2度目のチェキを彼女と撮った。



 さて、このたび、久々の更新となってしまったわけだが、更新しなかったことに何か大きな理由があるわけではない。

 1、2年も前のことを思い出しながら書くことはなかなか骨が折れることだった、というのはあるが、あれからなにかとこはくさんと話す機会が多くなり、こういった作文をするほどには心が荒んでいなかったというのがいちばん大きなものなのだろう。

 しかし、なぜこのたび更新をしたのかといえば、大きなイベントが発生したからである。

 あらかじめ言っておくが、こはくさんとの関係に変化や進展があった、というわけでは全くない。

 ろくでもない出来事である。

 そして、この出来事は、ここに書き記した内容だけからではあまりに飛躍したものになっているため、いきなり書いてしまうのは憚られる。

 物事には段階があるものだ。

 この先、こはくさんとの関係を続けるにあたり、私は道を踏み外していくのである。


 次回、消失。

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