13話 いつもと違う訪問者
ノックの音がしたのは、翌日の昼過ぎのことだった。
二日連続で客人があるなど滅多に……というか、ウェナにとっては完全に初めてのことであった。異例の事態である。
後ろを振り向けば、デスも怪訝な顔をしている。手を伸ばしかけたウェナの肩に手を置き、デスは扉へ向かって言った。
「誰だ」
「『命の魔女』とはそなたのことかね」
男の声がした。デスは眉を寄せる。
「だからテメーは誰だっつってんだよ」
「これは失敬。私はホメロス・デンフォールド。ここより東のドル帝国の宰相である」
扉を開けた。口髭がくるんと丸まった男と目が合う。そばにはずらりと並んだ鎧姿の男たち。いずれも銃剣を肩に提げ、軍刀を携えている。
口髭の男が言う。
「そなたが命の魔女か」
「帰れ」
閉扉。
「そうはいかない」
男の左右に控えた兵士たちが腕を差しこみ、力ずくで扉を押し開く。デスは舌打ちしながら、仕方なく応対した。
兵士を従えた男は整えた口髭の先をすっと撫で、真面目くさった口調で声を上げた。
「此度はそなたに頼みがあって参った」
あのクソ花屋、次会ったら鼻にドライフラワー捩じこんでやる──
男たちの胸元に挿された青い花を見ながら、デスはもう一回、舌打ちした。
ウェナは左右をキョロキョロ、もしくはおどおど見回しながら紅茶を差し出した。
「あの、すみません」
ウェナが言うと、宰相だという口髭がくるんと丸まった男と、その後ろに控えた兵士たちがいっせいに顔を向けた。ちょっとおっかなビックリしながらウェナは続ける。
「カップの数が足りなくて」
デスの家に客人は滅多に来ない。だから客人用のカップは二つしかない。しかし今必要なカップの数はどう見ても十を越える。
ほほ、と宰相の男は気分良さげに笑いたてた。となりに立つ鎧の男に目配せする。他の兵士より豪奢な装飾を施した鎧が動き、一歩前に出た。
「お気遣い感謝いたします。しかしながら我々は兵士ゆえ、お気持ちだけで結構」
「そ、そうですか……」
上背のある威圧的な風貌にウェナはちょっぴり肩を縮こめて、さっとデスの後ろに隠れた。
並べられたカップは二つ。ソファに座り対面するのはデスと宰相ホメロス。森にひっそりと建てられた家は、かつてなくものものしい雰囲気に包まれていた。
デスは足を組んで、ウェナが注いだ紅茶を傾けた。
「飲めよ」
命令されて、ホメロスは目を丸くする。デスはカップを持つ手の小指だけ伸ばして、ホメロスの紅茶を指す。
「うちの可愛い可愛い弟子が淹れた紅茶だぞ。冷めないうちに飲むのが礼儀ってもんじゃないか」
ホメロスは一瞬だけ目を細め、ウェナの淹れた紅茶を一口含んだ。
「──なるほど、お見それいたした」
静かにカップを置く。剣呑な空気がほんの少しだけ緩まる。
「で、ぞろぞろぞろぞろ厳ついの引き連れて何の用だ。ウェナが怖がってるんだが」
「それについては詫びよう。何せこの森は人の手が入らず、生態もまったく未知数。多少の用心が入ることも理解していただきたい」
「そんな森に、一国の宰相がのこのこ訪れるとは不用心がすぎるね」
遠回しな話し合いなどする気はないとばかりの直球。ホメロスは口端を引き上げた。
「先も申したように、そなたに頼みがある。我が国を援護してほしいのだよ」
「やなこった」
「まぁ、話を聞いてほしい。我が国ドル帝国は長らく隣国と戦争状態で、国境線で激しい戦闘が連日続いている。しかしここ数日、敵が勢いをつけて前線が押し込まれているのだ。ハッキリ言って、いつ崩壊してもおかしくない」
「で?」
「そなたの魔法で敵国の人間を根絶やしにしてほしい」
「バカか」
デスは遠慮も臆面もなく言い放つと、ソファの背に腕をかけてずりり~と腰を浅く座った。敬意もクソもない姿勢である。
ホメロスのまぶたがピクリと動いたのをデスは見逃さなかった。
「ていうか、誰から聞いた。私のこと」
「風の噂だ」
「正直に言っとけ。私の力を知ってるならな」
「……シックと名乗る少女があちこちで喧伝している。そなたの存在を」
「やっぱあのクソガキか」
ふー、と面倒くさそうにため息をつく。明らかにこちらを引っ張りだそうとしている。シックの狙いなのかフリクトの狙いなのかは判然としないが……非常にだるい。病的に白い肌と生意気な顔を思い出し、脳内でしこたましばいた。「ごめんなさいごめんなさい」と想像で謝らせて、多少溜飲を下げる。
遥か遠くの地でシックが言い様のない苛立ちを感じたのは、奇しくも同時刻のことである。
「そなたの魔法は寿命を使えばどのようなことでも出来ると聞いた。ならば、単に寿命を吸い取ることもできるのだろう。それで良いのだ。敵国の民の寿命を残らず吸ってくれれば」
「ま……魔女様の!」ウェナはデスの背中から顔を出す。「魔女様の魔法は、そんなことのために使うものじゃありません!」
ホメロスはウェナを一瞥し、「どうかね」とデスへ視線を戻す。ウェナは思わず唇を噛み締めた。
相手にされてない。発言なんてなかったかのように、まるでいないかのように扱われた。ちゃんと考えて言ってるのに。ちゃんと言葉を向けているのに!
デスは銀色の髪に指を沈めた。言ってることは馬鹿げているが、ホメロスの目は真剣そのものだった。この男は、真剣に敵国を滅ぼそうとしている。
「可能ではある」
デスは答える。肩に置かれたウェナの手がきゅっと力強くなる。
「だが虐殺は趣味じゃない」
ホメロスは不気味に目を細めた。嫌味ったらしく口を歪め、指を鳴らす。
「趣味ではない、仕事だ」
鎧の男が革袋を取り出し、ドンとテーブルに置く。
「五百ドルある。これは前金だ。完遂後はこの五倍払おう」
知らね~通貨だ~。
デスは腕を組んで、この非常に反応しにくいものにどんなリアクションを返すべきか悩んだ。これだけ自信満々に出すからにはドル帝国ではまぁ、それなりに価値がある額なのだろう。
しかしながら、デスとウェナはほぼ自給自足の生活を送っており貨幣を使わなくなって久しい。あっても使わない。
つまり、いらない。非常~にいらない。
いったい二千五百ドルがどれほどの価値かはともかく、この場においては屑鉄以上の価値は持ち合わせていない。
そもさん、命を金で勘定しようというのが気に入らない。
「命を勘定するのは命だ」
デスは妖しく指を伸ばし、ホメロスの目の前で真一文字に切った。
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