第1章 寂しがりのユニコーン04
以来、サフィーは幾日もアリトンが再びこの森を訪れるのを待ち続けた。彼女の一日の過ごし方は変わらなかった。ただ森を駆け回り、日が暮れれば寝床に帰って眠りにつく。このサイクルを毎日のように繰り返す。ただ唯一変わったのは、いつアリトンがやって来るのか?その時は二人で何をしようか?そんな想像を度々するようになったことだ。
「――次は何をしようかしら?お花を摘もうかな?それともまた魔法を見せてもらおうかしら?一緒に新しい魔法を考えるのもいいわね……」
アリトンとやりたいことは沢山あった。故にサフィーは彼が再びこの森を訪れる日を待ち続けた。
アリトンが再び顔を見せたのは数カ月後だった。彼はコッソリと森の中に忍び込み、サフィーを驚かせようとした。しかし、アリトンがやって来たことは直ぐにサフィーに知られてしまった。森の風が彼の匂いを彼女の鼻へと運んだのだ。アリトンは森を這うようにひそひそと進んでいた。その最中、サフィーが茂みから飛び出した。
「――うわぁ!く、熊か⁉」
アリトンは仰天し、尻もちをついた。
「フフフ、いいえ私です。サフィーですよ」
「あぁ、何だ君か。ビックリしたよ……」
アリトンは立ち上がり、ズボンについた土を掃う。
「正直な話、君とはもう会えないと思ってたんだ。この前の出来事も、全部僕の夢の中の話だって。……だけど、まさか君から僕に会いに来てくれるなんてね」
「当然ですよ。私はあの日からず~っと貴方がこの森を訪れる日を待っていたのですから」
「そうなのかい?なら、随分と君を待たせてしまったね」
「構いませんよ、貴方は貴方のペースでここを訪れてくれればいいのですよ」
サフィーは柔らかな笑みを投げかける。
「フフフ、君の気遣いに感謝するよ。それで?君の言う通りまたここにやって来たんだが……何がしたい?また僕のつまらない身の上話を聞きたいのかい?」
「それもいいですけど……私、もっと魔法が知りたいんです。貴方達が使う魔法が」
「魔法かぁ……まぁ、つまらないものなら君に教えることは出来るかもしれないが……」
「構いませんよ。貴方がそう思っていても、私にとっては興味深いものなのですから」
「ふふっ、そこまでいうなら授業を始めさせてもらうよ。まぁ、学院の教授の真似事も悪くないさ」
それから数時間ほど、アリトンによる簡素な授業が続いた。彼が教える魔法は実用的なものから用途の分からぬものまで玉石混淆であった。『飲み水を作る魔法』、『クリームをバターに変える魔法』、『少しの間だけ空を飛ぶ魔法』等々……。そんな中から、彼女が実際にいくつかの魔法を使えるようになった。その中でも特に奇妙だったのは『上下のまつ毛を縛る魔法』だった。
「――この魔法……使いどころはあるのでしょうか?」
「え?そうだなぁ……敵に追われてる時にこいつを掛ければ、相手は前が見えなくなって逃げやすくなる……のかな?」
「何だか限定的すぎる魔法ですね。それなら強烈な閃光を放つ魔法とか、辺りを暗闇で包む魔法とかでも良いのでは?」
サフィーは素朴な感想を零した。
「しょうがないさ、世の魔法使いたちはとにかく魔法を作ることに躍起になってるんだ。みんな自分の魔法を作ったという実績が欲しかったからね。その産物がさっきみたいなおかしな魔法たちさ」
「……“実績”とは、そこまで大切なのものなのですか?」
「そうさ、あるだけで大勢の人間を納得させることが出来るんだ。手に入れるに越したことはないだろう?」
「私には、その実績の方が魔法に思えるのですが……」
「まぁ違いないかもね。ただ、僕的にはとってもつまらない魔法だよ。それが無ければ、どんなに素晴らしい魔法を生み出したって、誰にも見向きもされないんだからね……」
「いえ、貴方の作る魔法だってきっと素晴らしいものの筈……」
「だからって、評価されなきゃ意味が無いんだ……!」
「ア、アリトン⁉」
気づけばアリトンはこれまで見せたことがない程に声を荒げていた。口から唾を飛ばし、学院に対する不満をサフィーの前で曝け出してしまったのだ。
「僕達だって、一生懸命研究を重ねてるんだ!だけど学院の偉そうな教授連中はそのアイディアに耳を貸そうとしない。何故かって?僕に実績がないからさ!それだけで僕の魔法は価値を無くすんだ!こんな理不尽……許されていいものじゃない!」
「アリトン、少し落ち着いてください……」
「……⁉あぁ、すまない……君にはこんな話をするべきじゃなかったね。……怖がらせてしまったかい?」
「い、いえ。ただ、貴方の憤りと悲しみはしっかりと伝わりましたよ」
「ハハハ、気を遣わなくてもいいさ……」
アリトンは枯れた声で言い、サフィーから目を逸らした。
「そんなに気を落とさないでくださいよ。私は怒ってもいませんし、貴方を軽蔑したりもしていませんよ?」
「ほ、本当かい?」
「えぇ、たとえ周囲が認めなくても、それが全くの無意味だとは思えませんからね。それに……貴方が作ろうとしている魔法も気になりますしね」
サフィーはアリトンの顔を覗き込んだ。彼の顔にはいつもの微笑みが帰って来ていた。だが、彼の顔色は未だ曇り空だった。
「それは……嬉しいな。君は好奇心の塊なんだね。……でも厳密には、僕が発明しようとしているのは魔法じゃないんだ。簡単に言えば『誰でも魔法を使えるようになるツール』といったところかな」
「誰でも魔法を?」
「あぁ、魔法っていうのは鍛錬で身に付くものだけど、それ以上に当人自身の素養に左右される。まぁ、端的に言ってしまえば“才能”だね。そんなどうしようもない格差を埋めるための道具を僕は作ろうとしてるんだ」
「それは……良い志ですね!みんなが便利な魔法を使えるようになれるのですから」
「まぁ、そうだよね。でも、それを快く思わない人達もいるんだ。特に才能を持って、修練を重ねてきた魔術師にとってはね……」
大きな溜息をついて、アリトンは視線を下した。
「まぁ、そうかもしれませんね。その人達はずっと努力してきたのですから、誰でも簡単に魔法を使えるような世界を歓迎出来ないのですね……」
「気持ちは分かるんだよ。それこそ僕だって人生を捧げるぐらい、必死で魔法を学んできた。でも……だからこそ!誰もが魔法を使えるようになってほしい。そうすれば……もう理不尽な思いをする人だってずっと少なくなる……!」
――アリトンの瞳は、決して砕けぬ断固な意思を放っていた。サフィーはそこに彼の忌々しき過去を感じ取った。しかし、流石にそこに踏み込むことは配慮が足りないと考え、その疑問をグッと内に呑み込んだ。今の彼女に出来るのは、そっとアリトンの背中を押すことだった。
「貴方なら……いや、貴方達なら、きっと成しえると思います。確証はありませんが……私の直感は正しい筈ですよ」
「ハハハ、そうかい?ユニコーンの君に応援されるんなら、俄然やる気が出てきたね」
アリトンはすっと立ち上がり、地平線の先を眺めた。
「はぁ……こんなところでイジイジしてられないよな……」
そうして自身の頬を軽く叩き、内に燻っていた熱意を再び灯した。サフィーはアリトンが再び気概を取り戻してくれたことを陰ながら喜ばしく感じていた。
「やる気、出ましたか?」
「あぁ、君と話したことで、何だか色々とスッキリとしたよ」
「それなら良かった。また何か辛いことがあるのなら、またここに帰ってきてくださいね。私も、話を聞くことは出来ますから……」
「あぁ、そう言ってくれて嬉しいよ。ただ……次にまたこの森を訪れるときには、良いニュースを持っていきたいね……」
――沈んでいく夕日が二人を照らし、その後ろにユニコーンと人間と男の影を伸ばしていた。その影が交わることは決してないように、アリトンとサフィーが交流を持つことは本来認められないものだ。何故なら二人は人と幻獣。生きる世界も、寿命も大きな隔たりが存在するのだから……。
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