祖母の頼み



美優が職場へ行き祖母の訃報を上司に伝えると、上司はすぐに帰省するように勧めてくれた。美優はとんぼ返りをすると、すぐに荷物をまとめて実家へ帰省することにした。実家は新幹線で3時間のところにある山間の田舎町。


新幹線の時間をネットで確認しながら急いで歩いていくと、ふいに足が止まる。そこは「かぐら骨董店」のチラシを受け取った場所だった。もうあのロン毛の優男はいない。ただいつものように仕事へと急ぐビジネスマンがいるだけだ。


そんなことよりも急がないといけない。


美優は駅へと向かって急ぎ足で歩き始めた。


それから新幹線に乗って実家へと向かい、すでに息を引き取っている祖母との面会を果たす。最後にあったのはいつのことだったのだろうか。つい最近のようで昔だったようにも思う。


祖母は優しい人だった。


共働きだった両親に代わって美優たちに、食事を与えたくさん遊んでくれた。


もう動かなくなった祖母の白い顔。


話しかけても言葉が返ってこない現実にに美優の目から涙があふれた。


「すまんなあ。仕事だっただろう?」


しばらく祖母のそばで座り込んでいると祖父が話しかけてきた。


「うん。大丈夫よ。それよりもおじいちゃんこそ大丈夫?」


祖父はあきらかに憔悴している。祖父は厳しい人だった。よく叱られた記憶があるし、正直その貫禄に恐怖さえ感じられていた。。けれど、今の祖父は美優の知る姿よりもずっと小さく見えた。


「大丈夫じゃよ。いつかこうなることは分かっていたからな」


祖父は美優の隣に座ると布団に寝かされている祖母を見る。


「え? どういうこと?」


「実はなあ。おばあちゃんは1年ほどまえにガンと診断されたんだよ。余命3カ月と言われていた」


「え?」


初耳だった。


そんなこと一度も聞いたことはない。


「だって、数ヶ月前に帰省したとき元気だったじゃない。農作業してたわよね」


数ヶ月前帰省したときいつものように田んぼで農作業をしていた元気な祖母の姿を思いだす。あれが病人だとは思えない。


「美優。ガンというものはそういうものさ。元気のように見えて病魔から逃れられたわけじゃない。どうにか元気を取り戻したばあちゃんだったがなあ。ある日田んぼの農作業中に具合悪くなってなあ。それからあっという間さ。入院して1週間で逝ってしまった」


そう説明する祖父の横顔はどれほど祖母を大切に思っていたかわかる。


「それよりも美優に頼みがある」


「え?」


「わしというよりもばあちゃんからの頼みじゃ」


そういうと祖父は一度立ち上がる。そのまま部屋にある押し入れをあけると何かを取り出して美優の前に差し出した。


革製の古びたバッグだ。




「なにこれ? おばあちゃんの?」


美優はバッグから祖父へ視線を向ける。


「そうじゃ。ばあちゃんからの頼みでなあ。自分が死んだらこれを東京にあるかぐら骨董店ってところへ持っていってほしいだそうだ」 


「え?」


美優はその言葉に今朝出会った男の姿を思い出した。これは偶然なのだろうか。


「そこがいいの?」


「ああ。とにかくその骨董店へもっていってほしい。売れればそのお金はお前にやるそうだ」


「なにそれ? 意味わからないわ」


「そうだなあ。わしにもわからん」


「わかったわ。東京に戻ったらその骨董店へ持っていってみるわ」


美優はそれを受け取った。


軽いはずの重さがいまは胸の奥に沈むようだった。


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