第3話 偶然の副産物
「三上君の言う通り、そこに座ってる天笠さんが周囲の認識を歪めてるってことなら、それは驚くべき事象…ね…?」
「部長、『私何言ってんだろ』みたいな顔しながら分析しないでください。僕も自信無くなってくるんで…」
突然現れて、付き纏い、周囲の認識を歪ませる。しかし霊的な存在でもなく確かにそこに実体として存在している。それはもはや超能力の類。
「──なんかエロくない?」
「何言ってるんですか…?」
「ほら、要は常識改変モノって事でしょ?」
「さも皆さんご存知みたいな言い方されても…」
「常識改変モノってなんですか?」
「天笠さん!そこに食いつかなくて良いから!」
二人が調子に乗ると収拾がつかなくなる。
「うーん、なんか頭痛くなって来た」
直前までオカルトだけでなく自身の性癖まで語ろうとしていた部長が突然頭を右手でおさえる。
「え…大丈夫なんです?」
「大丈夫大丈夫、片頭痛持ちだし慣れてるから…ちょっと休むわ」
「あ、はい」
そう言って、椅子をいくつか並べて即席のベッドを作ると部長はそのまま寝込んでしまった。
(確かに部長…頭痛が酷い時があるって言ってた気がするけど、こんな寝込むほどだったっけ…?)
「三上君」
「あ、なに?天笠さん」
「お話は終わった?私待ちくたびれちゃった」
「ごめんごめん。じゃあ教室に帰ろうか…」
確かに天笠さんにとっては退屈だったかもしれない。反省しつつ椅子から立ちあがろうとした時、寝転んでいた部長が突然声を上げる。
「待った!」
寝転んだまま、片手を天井に突き立てる部長。その手には数枚のa4サイズのコピー用紙。
「三上君、教室に帰るなら序でに他の1年の子にこれ渡して来て」
「なんです?これ……うわぁ」
立ち上がる気配が無いので、コチラから近づいてコピー用紙を受け取り確認すると、拒絶反応が如く声が漏れた。
『オカ研合宿〜七不思議の調査〜』
そう大きく書かれた用紙には、大まかな日時と持参物が記されている。
この学校の部活申請の基準は緩い。緩いけど単にオカルト趣味を満喫するためだけの場を簡単に作れるほど甘くはない。だから地域の歴史も研究するという建前を付け加えているわけだが、実際は部長が私物化したオカルト研究会そのものだ。
だから時々こうして合宿と銘打った肝試しがオカルト好きな部長のゴリ押しと、活動実績は欲しいが部活にあまり関心のない顧問の適当な事務処理によって開催されることとなる。
「ねぇ三上君」
耳元で囁くような声。
「な!なに…?天笠さん」
「それ、私も行っていい?」
§§§§§
部室を後にし、適当に目についた部員に合宿の知らせを配りながら教室へと戻る。
「三上君、合宿ってなにするの?」
「──合宿なんて言ってますけど、要はただの肝試しですよ。ただ部長は謎に人脈が広いんで、部員以外の生徒や…時には他校の生徒まで参加する結構大掛かりなものになりがちですけど」
「他校の生徒?勝手に入れて良いの?」
「──それ天笠さんが言います?合宿に関しては顧問も見て見ぬふりしてるんで怒られることもないらしいです。まぁバレたらアウトでしょうけど」
7月。
夏休み直前だが、梅雨も明け蝉が鳴き始めたこの時期はただ歩いているだけでも暑い。
「じゃあさ、私も何人か連れて来ても良いかな」
「え…天笠さんの知り合いってことですか?」
「ダメ?」
「うーん、部長に聞いてみないことには判断できませんけど、割と許可は出そう…。『心霊、超常現象にあうならチャンスが多い方がいいに決まってる!数打ちゃいつか当たるわ!!』なんて以前に言ってましたし」
「そっか!それじゃあ私部長さんに聞いてくる!」
「あ、掃除の後は科学室に移動なんで早く戻って来てくださいよ」
「うん、分かったー!」
そう言って、汗ひとつかく様子の無い天笠さんは踵を返して来た道を駆けて行った。僕はその背中をぼうっと見送る。
段々と後ろ姿が小さくなり廊下の角を曲がった瞬間、急に疑問が降って沸いた。
「───って、なにナチュラルに次の授業も一緒に受けようとしてるんだ…?」
授業どころか、週末の合宿にまで来るつもりらしい謎多き女子。過去に何度か参加──というか部長によって強制参加させられた──時も他校の生徒は混じっていた。だから天笠さんが参加すること自体に反対するわけではない。ないが──
(流石におかしい…筈なのに)
今朝知り合ったばかりの素性も殆ど知らない彼女のことを、隣にいてもそれが自然で当然だと…受け入れ始めている自分がいた。
§§§§§
「………」
「いやぁ、三上君の家に行けるなんて私楽しみで仕方がないよ〜」
放課後。
案の定、僕は午後の授業を謎の女子高生天笠葵と共に受け、今はこうして自宅を目指して下校している最中だ。
今朝知り合ったばかりの人間を家に招待する。そんな経験は今までももちろん無い。というか、複雑な家庭事情もあって基本的に同学年の友人達ですら招いたことはない。
隣を見れば、楽しそうに歩く招待客が鼻歌でも歌いそうな雰囲気で、とてもじゃないが「やっぱり辞めませんか」なんて言う空気じゃない。
(頭では分かってるのに…)
天笠葵のお願いを《断れない》。
知り合ったばかりの人間を自宅に入れるなんておかしい。天笠さんが教室にいるのはおかしい。他の人間が彼女のことを受け入れているのがおかしい。
考えれば考えるほど、今こうして二人で帰宅している状況がおかしい。
それは分かっている、理解しているつもりだ。ただなぜか、彼女と共にいることを拒否する気にはならない。
部長が言っていた常識改変モノ…もとい認知の誤認、改変こそが天笠葵の力の正体であるなら、今朝会った時には既に詰んでいたことになる。
昼休みの最後、天笠さんが部長の元へ戻った時は、状況を受け入れつつあった自分に疑問こそ覚えても結局逃げたりさらに距離をとるなどの対策は行わなかった。──違う、行う気すらなかった。
次期にこれらの疑問を脳内で自問することすら無くなるのかと思うと恐怖すら感じる。
そういえば今日彼女に会って、今は距離もあり他の場所にいる生徒や教師、部長達は己の行動に違和感を感じたりしているのだろうか。見たところ他の生徒や教師は僕や部長よりも天笠さんに対する認識の歪みが強く作用していたように思える。部長は神社の家系だから少しは対抗できたのかもしれないが、僕の場合はどうだろう。霊感があるから…?
(霊が見えるのと認識の改変になんの因果があるんだよ…)
「はぁ…」
「どうしたの三上君、ため息なんてついて。幸せが逃げちゃうよ?」
「逃げてくれるならどうぞご勝手に。そうしてくれれば多少は普通になれるかもしれませんし」
「そういえば、部長さんが言ってたね。三上君は霊が見えるだけじゃなくて幸運体質だって。良いじゃん幸運」
「モノには限度ってものがあるでしょ。一つひとつは偶然で片付けられても、何度も起きれば怖くもなります。それに──」
「それに?」
「──なんだか他人の運を吸い取ってるような気がして…」
「運を吸い取る…?」
「例えば、以前父親が買って来た宝くじでいくつかの数字を指定するモノがあったんですけど、僕が適当に数字を言った結果ものの見事に1等が当たりました。今住んでる家もその時のお金で買ったものです」
「へぇ、すごいじゃん!」
「しかし、内見も済んで契約も終わり引っ越しする直前、僕と妹の留守中に強盗が入り父は殺されました」
「………」
「結果、今は家と僕達兄妹の後継人は父方の祖父母です。僕のことを不気味がって会いには来ませんけど」
「それじゃあ三上君は、お金と引き換えにお父さんを失った。そう思ってるってこと?」
「まぁ、そうですね」
「そっか…」
「す、すみません。こんな暗い話しちゃって」
「ううん、気にしてないよ」
気まずい沈黙。
数分経った後、流石に場の空気に耐えかねたのか、口を開いたのは天笠さんだった。
「そういえば三上君、妹さんがいるんだね」
「あ、はい。中2の妹がひとり…引きこもりですけど」
「引きこもり?」
「学校が合わないみたいで…」
「そうなんだ、仲良くできると良いなあ」
「うーん、人見知りするタイプなんで玄関で会って即自室に退散する姿が目に浮かびますけど。あ、妹といえば…」
「ん、なになに?」
「実は妹の名前も
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