第2話 自覚と知覚

 僕は混乱していた。

 僕がおかしいのか、それとも周りがおかしいのか。いや、少なくとも周りの生徒や教師はおかしいと断言できる。


 時刻は9時30分頃。

 既に一時限目の授業は始まっており、教壇の上で教科担任が教科書の文言を声に出して説明しているし、生徒達はそれぞれの席に着いてノートと教科書に向き合っている。


 この授業は必修科目であり、今日は休みの生徒もいなかったから全員教室にいる。


 一度深呼吸をしてからチラリと隣の席を見ると、机に肩肘をつき飽きもせずに僕をガン見する女子生徒がいた。


(やっぱり、見間違いじゃないなあ…)


 ただの女子生徒ならまだいい。ガン見してたってギリギリ許容範囲内。でも本来僕の隣の席は男子だったし、この学校の制服はカッターシャツにブレザーであり、黒のセーラー服なんて目立つ代物じゃない。


 天笠葵あまがさあおい

 登校中に突然『幽霊っていると思う?』なんてわけのわからない質問をしてきたと思ったら、そのまま学校まで着いてきた文字通りの不審者。


 僕は彼女と面識がないけれど、彼女は僕と会ったことがあると言う。


 おまけにもしや彼女は幽霊なのでは?と一縷の望みを賭けるも、普通に他のクラスメイト達にも見えている様子。


 そう、見えているのだ。


 音を立てないように後ろを見る。僕の席は教室中央の一番後ろ。本来後ろには授業中誰もいない筈だが、今日はそこにとある人物がいた。


 見にくいだろうに机の並ぶ列の間、床に正座して板書をとる姿はなんとももの悲しい。


 彼こそは僕の隣の席に座っていた筈の男子生徒であり、天笠さんに椅子を奪われた張本人だ。


 にも関わらず、HRのためにやって来たクラス担任も教科担任も天笠さんの存在には触れず、床に座る男子生徒を見ても何も言わない。席を奪われた彼に至っては『あ、もう全然気にしないで…ほんとに』と言う具合に自らの席を献上する始末。


 僕は泣きそうだった。


§§§§§


「今度はどこに行くの?三上君」

「良いから着いて来てください」

「嬉しいな、三上君から手を繋いでくれて」

「い、いらんこと言わなくていいですから!」


 昼休み。

 売店や近所のコンビニに弁当を買いに行く人、はたまた友人であったり同じ部活の部員で固まって昼食をとるために移動する人でごった返す廊下を進む。


 離れないよう一応天笠さんの腕を掴んで引っ張るものの、体格差的にもあまり効果はないだろう。


 結局、必修科目ではない選択授業でも変わらず天笠さんは僕に着いて来た。そしてやはり変わらず教科担任も共に授業を受けた生徒達も、天笠さんに対する反応は無反応かあっても指摘するほど不思議に思わない程度。


 天笠さんは確かに存在しているけれど、まるで幽霊みたいな人だった。


「さ、着きましたよ。この部屋に入ってください」

「──歴史、オカルト研究部?」


 建てられた年代の違う新校舎と旧校舎。

 渡り廊下で繋がった旧校舎は耐震構造の不安から建て替えが検討されているけど、恐らく僕たちが卒業した後になるだろう。


 旧校舎には生徒数が多かった名残りで空き教室が多数あり、現在はそれらを主に室内で活動する文化系の部室に割り当てられていた。そんな影響もありこの高校は部活の種類が割と豊富だし、最低限の人数が集まるなら設立の基準も甘い。


 中には放課後に集まってゲームや漫画に興じたり、部活に所属することを定めた校則に従って籍を置いているだけの幽霊部員が多数という見かけだけの部活もあるらしい。


 そんな中で、僕が所属──というよりさせられているこの『歴史、オカルト研究部』は別方面に変わっているがまだまともな部活動と言えるかもしれない。


 扉を開くと、カーテンを閉め切った室内の様子が目に入る。


 薄暗い室内は他の教室と造りの大差は無く、まるで小中学校の班給食のようにいくつかの机が向き合っていること以外に特筆するべき点は無い。


「お、久しぶりに来たわね。三上君……と誰?」


 一人だけ、薄暗い教室で読書に興じていた女子生徒が僕と天笠さんを見て言葉を発した。


 眼鏡をかけた三つ編みおさげの女子生徒。いかにも文化系な背の高い彼女はこの部の部長であり、僕を引き込んだ張本人である。


§§§§§


「会った記憶もない女子に付き纏われて、周りの人間はそれを気にも留めない…ね」


 歴史研究部の部長、高橋たかはし真琴まことは高校3年生。小さいがそれなりに歴史のある神社の神主の娘であり、その影響でオカルトに傾倒。本人に霊感とかは無いらしいけど、とにかく心霊からUFO、都市伝説に至るまでその手の話が大好物だ。


「良いね、流石は。なんだかよく分からないけど、そのまま巻き込まれて私に早く幽霊でもなんでも見せなさい」

「幸運の小学生?」

「あら、知らない?三上君結構有名人よ。昔行方不明になって生存は絶望的、大規模な捜索が打ち切られる寸前までいったのにある日ひょこっと戻って来て。テレビにもよく出てたし」

「部長…恥ずかしいんで昔の話はちょっと…」

「それだけじゃ無くて、宝くじ当てたり無くし物を探してもらったら出て来たり。小さいことから大きなことまで、三上君といると良いことがよく起きるの」

「へぇ、ラッキーなんだね。三上君」


 腐っても神主の家系である部長に引き合わせればなにか起きるかと思ったが、なんのことはない。僕の話を聞かない人物が二人に増えただけだった。


「部長さんも幽霊が見えるんですか?」

「いやぁ、これが全然見えないのよ。神社の娘ってだけでそんな質問よくされるけど、見れるならこっちが見たいって」

「なるほど、それで三上君をこの部活に」

「ううん、三上君が見えても私は見えないし。色々試したけど効果は無かったから。三上君に期待してるのはその幸運体質で私に運を…超常的な体験を経験させてくれることね」

「人を招き猫みたいに…」


 部長は幽霊とかそういった類を視認することができない。だけどその存在を信じてはいる。だから僕が見えると言っても嘘だと断定してこない数少ない人物のひとり。まぁ、彼女にとっては僕の霊媒体質よりは幸運体質の方が重要らしいけど…。


 と、つい部長と天笠さんの話を聞くだけになってしまっていたけれど、重要なのはそんな事ではない。


「部長!そもそも初対面の天笠さんのことをそうやって受け入れてる時点でおかしいでしょ!?」

「──確かに、そう言われてみればそうかも。普通は素性が分からない不審者なんて通報ものよね」


 なんて呑気に分析してしまっている時点で、天笠さんの術中にハマってしまっているのかもしれない。


「まあまあ、三上君も落ち着いて。私がここにいる事で部長さんになにか迷惑をかけた?」


 元凶たる天笠さんが、朗らかに場の仲裁にかかる。なぜ彼女がその立場にいるのか、僕には理解できない。


「ま、迷惑はかかってないわね。寧ろ三上君がそこまで不可思議に感じてるなら、私にとっても好都合だわ」

「……」


 なぜか分からないけどその存在に納得してしまっている。それ自体が部長の追い求める超常現象に他ならない筈なのに、部長はそれを自覚していない。


 僕は幾つも椅子がある中なぜか隣に座って来た天笠さんを見る。


「いやぁ、楽しい人だね!三上君」


 天笠葵はただニコニコと笑うだけ。

 

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