第42話 可憐なるイシル
「パッとしない古参一党、アレスチーム戻りましたぁ」
「功績がない新人一党、ドラニスチーム帰還しました!」
「仕事が見つからないエルフの一党、リサンティアチーム、頑張ったよー」
先ほどのザカリーの
『パッとしない、功績もない、仕事も見つからねぇ新人と古株』
というセリフを当てこするように、スライム退治をしてきた一党がそう言いながらギルドの受付窓口にすすむ。
皆、火傷を負っていたり、服がボロボロだったりと決して楽な仕事ではなかったというのが見てとれた。
「おら、どけよ邪魔だ」
「すいませんねぇ、簡単な仕事しかできなくてぇ」
「お忙しい中ぁ、ご苦労さまですぅ」
と、わざとカラント達とザカリー達を引き離すようにその間を通り、ザカリー達を睨みつけて嫌味を言う冒険者達。
数名の冒険者はガシガシとリグの頭を乱暴に、しかし力強く撫でてから、受付窓口に向かう。
撫でられているリグは、ふふーん!と得意げな顔だ。
「あ!服!服が必要な方はいらっしゃいますか!?」
カラントが縫ったばかりの服を抱えて立ち上がり、スライム退治を終えた冒険者たちに声をかける。
「ギルドからの支給品です。必要な方は持っていってください」
カラントが縫い上げた簡素なシャツを、数名の冒険者が助かると言いながら受け取る。
「では、仲間の分を。私が受け取ってもいいかな?」
先ほど、リサンティアと名乗った、紫色のローブを着た美しいエルフが微笑みながらカラントの手を取る。
「ふふ、こんな可愛らしいお嬢さんが縫い上げた服だと、仲間内で取り合ってしまうかもしれないね。あ、痛い痛い痛い」
見目麗しいエルフは、怒りの形相のオークにその頭を掴まれて持ち上げられてしまう。
エルフは笑顔のままだが、その足は地面から離れ、宙に浮いている。
「カラントに近寄るな、エルフ」
「ひどいなぁ」
頭を掴まれても、口を尖らせる程度で済ませるのはさすがエルフというべきか。
エルフ以上に慌てるのは、カラントである。
「グロークロ、そんな事したらダメだよ!ほら、グロークロの服!ちゃんと用意してるから!」
一際大きい布のシャツを広げて、見せるカラント。
「大変だったでしょう?えへへ、グロークロなら心配なかったかもしれないけど。私、やっぱり気になってて、一番最初にこれを縫っちゃった」
「カラント……」
少女の気遣いにじんわりと胸を熱くするオークと、はにかんだ笑顔の少女が見つめあう。
そしてオークに頭を掴まれたまま、エルフも微笑みを絶やさない。
まだエルフの足は地面から浮いたままだ。
「はいはい!グロークロはリサンティア離して!リサンティアの一党はちゃんと彼を回収して!えー…じゃない!嫌がるな!あんたらのエルフでしょ!回収して!」
パンパンと手を叩いて、スピネルが場の流れを変える。
「あー、二人には私から言い聞かせておきますので、いやぁ、すみませんねぇ」
カラントに喧嘩を売り、リグに煽られた若き冒険者一党に、タムラが声をかける。
「でもよかったですね。私たちがこのタイミングで帰ってきて」
笑顔であるものの、タムラの目は笑っていない。
もしもカラントに傷をつけていたら、セオドアから命令されているシャディアが、今回は容赦なく全員の脳天を鉄の棍棒で凹ませていただろう。
あと、間違いなくグロークロが報復に動いた。
うん、本当に彼らは幸運だった。
ブロッコリーの煽り程度ですんで本当によかった。
タムラとしては「人死が出なくて良かった」と本気で思っていたのだが。
タムラの言葉を脅しに取ったのか、ザカリー一党はその顔を怒りで朱に染めたままだ。
「くそっ!行くぞ!」
若き冒険者ザカリー一党は、そう吐き捨ててギルドを出て行こうとした。
苛立つ彼らだったが、すれ違いざまに、彼らは世にも美しい修道女を目にしてしまう。
その瞬間、彼らの苛立ちが吹き飛んだ。
修道女のベールからわずかに除く黒髪、夏の空を思わせる鮮やかな青の瞳、まるで陶器でできた人形のような顔。彼女が存在するだけで空気が澄んでいる気がした…
思わず見惚れる若き冒険者一党。
ザカリーに至っては、動きを完全に止めてしまっていた。
声をかけようとするザカリー、しかし彼らに目もくれず修道女は進んでいく。
「あ、あの、待ってください!」
可憐な修道女は困った表情で、タムラたちの後についていく。
「む、すまん忘れていた」
こんなにも可憐で麗しい美少女を忘れるオーク。
仕方ないのだ、彼は今、可愛い嫁(予定)しか目に入らず夢中だったのだから。
「カラント、先ほどのスライム討伐でたまたま会った修道女のイシルだ」
グロークロが、修道女を紹介する。
「こ、こんにちは!カラントです!」
同じぐらいの歳とはいえ、こんな美少女に会うのは初めてで、カラントは緊張した面持ちで挨拶をする。
「カラントさん、ですね。大変可愛らしい方だとグロークロさんが話してくれました」
ふんわりと微笑む姿は、まるで天使か女神か。
その美しさに言葉も出ないで感動しているカラント。
そして一拍遅れて、グロークロが自分をそんなふうに話していたとわかり、恥ずかしさと照れ臭さで、ぺちぺち、と軽くグロークロを叩く。
少女の一撃はオークには全く通じておらず、なんなら「カラントが喜んでいる。よかった」と言う満足げで穏やかな表情だ。
「シャディアさん、イシルさんはどうやらセオドア……ギルド長に伝えたいことがあるようなんですが、まだ帰ってきてないですよね?」
タムラの言葉に、えぇ、と動く鎧の受付嬢は頷く。
「そろそろと戻ると使い魔は来ているのですが……」
「で、では、しばらくこちらのギルドで私も仕事をさせてください!治癒の魔術を修めております!」
イシルは修道院で作られたロザリオを見せる。彼女の身分証代わりだ。
「まぁ、ホワイトバーチ修道院からわざわざ?大変だったでしょう」
イシルのロザリオをみただけで、どこの修道院かわかったらしい。
シャディアが労うが、イシルは困惑した顔を見せて言葉を濁す。
「……あの、もしかしてお一人でここまで?」
「は、はい」
何か、伝えるかどうか迷っているイシルの様子だった。
しかし、イシルが話す前に、我慢できないとばかりに、ザカリーがずい!と身を乗り出す。
「ホワイトバーチ修道院から来たばかりなら宿もまだだろう?人間向けのいい所があるよ。連れて行ってあげようか?」
急に話しかけてきた青年に、は、はいと、シルが後退りしながら頷く。
ザカリーは、わざとらしくイシルに耳打ちする。
「オークと一緒だと危ないからね。何されるかわかったもんじゃない。一緒にここを出ないかい?」
その言葉を聞いたカラントがムッとした顔になり、ザカリーに言い返そうとする。
だが言わせておけと、グロークロがカラントを優しくその肩を抑えた。
何せ実際、つい先ほど、感情に任せてエルフの頭を掴んで持ち上げてしまってる。
グロークロ本人が『オークと一緒だと危ない』に反論できない。
イシルは遠慮がちな笑顔を一生懸命に作って、ザカリーの勧誘を断ろうとしていた。
が、気が弱いのか、そのまま押し切られそうになっている。
見かねたカラントが助け舟をだす。
「イシルさん、先にギルド職員の誰かに領主様に言付けを頼めないか、聞いてみても……」
「あ、はい!そうですね!」
イシルがザカリーから離れて、パッとカラントの手を握る。
「どなたにお願いすればいいでしょうか?!」
彼から離れたいと目で訴えられた気がして、カラントがえぇと、とその手を引く。
「シャ、シャディアさん?」
カラントも助けを求めるように
「えぇ、ではお話を伺いますわ。お茶も出しましょう。こちらのお部屋へどうぞ」
「では、行きましょう!」
少女二人は手をつないで、シャディアの後をついていく。
一方、ザカリーは可憐な修道女をカラントに連れていかれ、悔しそうな顔をあらわにしていたのだった。
「ほら!いくわよリーダー!」
ドリアナに手を引かれて、すごすごと引き下がるザカリー。
「あれはしばらく粘着しそうですねぇ」
他人事のように呟くリグの頭を、さすがのタムラも掴んでやろうかと思うのであった。
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