第41話 ブロッコリー煽る
冒険者ギルドに置いてある待合テーブルで、一人の少女がせっせと縫い物をしている。
彼女が作っているのは、簡素な布のシャツだ。
裁断済みの布と糸、縫い針はギルドが用意したものである。
今回のスライム退治では衣服を汚したり、溶かされたりして、結局服を捨てる羽目になる冒険者が多い。
その上、スライム退治はこういった面倒な点から冒険者にとってあまり身入りのいい仕事ではない。
せめて服だけでもギルドが負担しなければ仕事を受けてくれる人がいないだろうとのことで、少女もその服作りの手伝いをしている。
「助かるわ、カラント様」
少女に声をかけてくれるのは、ギルドの受付嬢、動く鎧のシャディアだ。
黒く艶消しされた鎧の姿は、どこぞの城に飾られていてもおかしくない立派な作りである。
「仕立て屋にも注文はしているのですが、何せ急なことで数が足りず」
それに予想以上の速さで、衣服が消費されてしまっているらしいのです。とシャディアは困ったような声で告げる。
「いえ!皆さんにはいつもお世話になってますから!」
これぐらいは!と赤い髪の少女が意気込んで見せる。
戦闘や討伐の依頼を受けれない分、カラントはみんなのためならと縫い物の仕事を喜んで受けた。
同じく縫い物の手伝いをしているのは、短い手足の生えた大きな動くブロッコリー、ドリアードのリグだ。
身長が足りないため、テーブルの上に乗って、縫い物の教本を見ながら、ゆっくりと見よう見まねで服作りを手伝っている。
「あれ、何してんだ?」
「ギルドのお手伝いでしょ?それぐらいしかできないから」
ギルドに入ってきた若い冒険者の一党が、カラントを見てくすくすと笑う。
彼らは最近、別の街からやってきた10代から20代の実力のある冒険者である。
リーダーのザカリーを筆頭に大物魔獣退治で名をあげている一党であった。
しかし、彼らは人間至上主義で、たびたび別種族への礼儀を欠いた発言を行うため、ギルド員から何度も警告を受けていた。
そんな彼らからすれば、冒険者花形の探索や討伐の仕事を受けないカラントも嘲笑の対象であった。
何のためにここにいるのかと笑う一党に、シャディアがよく通る声で返す。
「あなた方が新人の仕事だと言って協力を断った「スライム退治」の仕事を彼女は手伝ってくれているのよ」
シャディアの声に、ははは!とリーダーである青年、ザカリーが笑う。
中背で引き締まった体格に、肩まで伸ばした金髪、青い瞳。
人間の娘ならば黄色い声もあげよう甘いマスクの青年だが、その目に意地の悪さが出ている。
人を小馬鹿にしたような笑顔と態度で、ザカリーはおおげさに肩をすくめてみせた。
「そりゃあすまなかった!パッとしない、功績もない、仕事も見つからねぇ新人と古株に譲ってやらねぇといけねぇと思ったもんでな!」
ザカリーの言葉に、彼の仲間の一人、着飾った女魔術師ドリアナがくすくすと笑う。
カラントと同じぐらいの年頃だろうか、赤茶色の髪を綺麗に巻き髪にして、綺麗に整えられた爪は艶々と爪紅が塗られていた。
「大体、スライム退治でしょう?誰でもできるじゃない」
そんな仕事を忙しい私たちがわざわざ受ける必要ある?と笑い合うザカリー一党。
それに対し、カラントが悔しそうに言い返そうとするが、「えぇー?」とリグが不思議そうに首を傾げてみせた。
「特に急ぎの仕事もなかったのにあの仕事、受けなかったんですか?ギルドからあれだけ緊急依頼だって言われていたのに」
リグが悪気なく、ただただ一つの疑問として冒険者達に問いかける。
ぐ、と一人の冒険者の若者が言葉に詰まったのがわかったが、リグは疑問をそのまま続けてしまう。
「この街の安全な交通のために、必要な仕事だとギルドから説明がありませんでした?
この街の商会も困っていたし、今後の流通が滞る可能性があったのに?」
リグが、この人達は何を言ってるんだろうという顔をして続ける。
「スライムが大量発生して、衛兵さん達じゃとても足りないから、冒険者ギルドに協力要請が来たって。
だからみんな手が空いてる人は積極的に受けて、街のためにと、新人、古参関係なく出払ってるのに?」
さすがにこの時にはカラントも、「リ、リグ、ちょっと……」と、リグを嗜めようとしたが、ブロッコリーの無邪気な疑問は止まらない。
「他の冒険者さんで参加できない人達はみんな申し訳なさそうか、悔しそうにしてたけどなぁ……
『街の一大事に参加できないなんて不甲斐ない』とか、『次はあるのか?今度は必ず参加するから』とか……
ふむぅ、冒険者さんにも色々いるんですねぇ、あ、ちゃんと依頼書読んでなかったんですか!?」
わなわなと震えるザカリー達。
しかし、リグは急に納得したように、にっこーと悪意なく笑う。
「そうじゃないと「たかがスライム退治」なんてバカにできませんよねぇ。
おのぼりさんが、よくやりがちなミスだって聞きますから気をつけて下さいね!」
リグの煽りに、耳をそばだてて聴いていた山羊獣人のギルド職員がクフッと笑ってしまい、隣の職員に肘で突かれる。
「この、変な、なんだ、このっ!」
リグがドリアードとは思いもしないようで、ザカリーは罵りの言葉も思い浮かばないようだ。
「ご、ごめんなさい、リグに悪気はないの。リグ、謝って!」
相手のメンツをこれ以上潰さないようにと、カラントがリグに謝罪を促す。
「え、なんで怒っているのですか?」
「リグ!」
「だ、だって、怒られる理由がわからないと、僕もなんて謝ればいいか……」
困った顔のリグにカラントも少し慌ててしまう。
「確かに彼らは仕事の内容を理解できてなかったけど!本当の事でもいいすぎよ」
カラントの言葉に、山羊頭の職員と、それを諌めていたギルド職員がグヒィッ!と奇妙な声をあげて同時に吹き出す。
あ、とカラントも自分の失言に気づき、青ざめる。
反対に、みるみるうちに、ザカリー一党の顔が怒りで赤くなり、ザカリーに至っては思わず拳を振り上げるが、カラントたちの前にシャディアが出る。
「この方は、領主アールジュオクト子爵のお客様です」
かつて、カラントをジアンとかいう貴族に殴られた時、シャディアは命令がないということで動けなかった。
だが、今やカラントは『色んな意味で守るべきなんで、敵対する奴とかいたら遠慮なくボコっといて』とアールジュオクト子爵が命令を残している。
以前のようなことはもう起こさせない。と動く鎧の受付令嬢は凛として立つ
なお、同じ命令を全ギルド職員が受けているため、皆いつでも出れる状態である。
「おいおい、それは贔屓なんじゃねぇのか?」
苦し紛れのザカリーの言葉に、え!とリグが驚く。
「カラントもシャディアさんもお仕事してるだけですよ?仕事してない貴方達とは違いますよ?」
「リグ!?」
「あ、そうでしたね!」
カラントに言われ何を勘違いしたか、ぺこりと、ブロッコリーが頭を下げる。
「『みなさんが、依頼票をちゃんと読めてないこと、理解できてなかった事を、人前で指摘してごめんなさい』」
なおも笑顔のブロッコリー、流石にこれは……と焦るカラント。
笑うのを堪えようと、お互いに机の下で膝をつねりあうギルド職員。
とうとう耐えきれず、ザカリーが「ふざけてんのか!?」と叫びそうになった時だった。
「あ!皆さーん!帰ってたんですね!お帰りなさい!」
リグの言葉に、どきりとしてザカリー一党は後ろを振り返る。
スライムで防具がボロボロになった新人、古参、ベテラン勢がこちらを見ている。
全員が彼らのやり取りを知ったようで、冷たい目で若き冒険者ザカリー一党をじとりと睨め付けていた。
「あれ、わざとですかね?」
「わざとだな」
「はぁ……純朴だったリグさんも逞しくなってしまって……」
「嫌な成長をしてしまったな……」
タムラとグロークロが、こっそりとそんなやりとりをするのだった。
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