第21話 共同作業

「ギャぶっ!!」

何が起きたかわからなかった。

そんな間抜けな声をあげて少年の一人が後ろに倒れる。

グロークロの投げつけた手斧が見事に命中しており、肩には柄まで入らんばかりに手斧が深々と突き刺さっていた。

「テメェェェ!!!」

仲間の姿に激昂し、一人の少年が炎魔術を唱え、火炎の球がオークに向かって飛んでいく。

「『出でませ、氷壁』」

先ほど吐いた胃液の味を噛み締めながら、カラントは魔術を唱える。

苛まれた記憶を体が覚えているなら、かつての研鑽、努力を体が忘れているはずはない。

魔法で出した氷の壁が火炎の球を防ぐ。氷の壁が押し負けて容易く砕けてしまうものの、攻撃を逸らすことはできた。

火球は、見当違いの方向に向かって地面に落ちて消えた。

カラントの魔術では、彼らに勝つことはできなかっただろう。

彼女だけなら、容易に連れ去られたに違いない。


今は違う。


「ひっ!!」

炎と氷がぶつかり合い、激しい水蒸気の煙が満ちる。

それはわずかな時で消えてしまうが、グロークロが少年の目の前に現れるには十分な目隠しの役割を果たした。

未だ肩に斧が刺さったままの少年が、驚き慌てふためいて、自分も魔術を放とうとするが、その前にグロークロがその腹部を蹴り飛ばす。

本来なら臓腑が潰れてもいい威力だったが、その感触はない。

『やはり、妙に頑丈だな』

グロークロがそう考えている隙に、もう一人の少年が、苦し紛れに剣を振りかぶる。

それをグロークロは剣で受けるが、バギリ、と嫌な音を立ててグロークロの剣が折れる。

人間の少年とは思えない膂力に、グロークロは眉を顰めた。

このまま、一対一で撃ち合えば、グロークロとて負けたかもしれない力の持ち主だった。しかし、彼はあろうことか、カラントの元に走る。

彼は臆病風に吹かれ、真っ向からのグロークロとの戦いを避け、少女を人質にしようとしていた。

カラントをまた犯そうと強く考えていたのも理由の一つだろう。一度知ったあの柔い身体を求めていた。


ーーーだから、カラントが自分以外の男に、それもオークに寄り添っているのを知って苛立っていたのだがーーー


「テメェ、こっちに来い!」

返事はない、カラントは少年を睨みつける。

震えて足は動かないし、体は気持ち悪いし、怖い、それでも。

カラントは、小さな袋を投げつけた。

それは野営の時に使えるよう、唐辛子や香辛料を混ぜた粉。

あらかじめ袋を緩めた袋は少年の顔に命中し、赤や黄色の粉が飛び散る。

少年の眼球や肌に感じる焼けるような痛み。さらには粉を吸い込んでしまい、少年の咳が止まらなくなる。


「『出でませ、氷壁』」

少年を、突然現れた氷の壁が弾き飛ばす。痛みと熱さで床に転がる少年。その飛ばされた先には。オークが一人。


グロークロは少年の股間を踏み潰した。


靴底を通してわかる、ぱちゅんと、まるで虫の卵を踏み潰すような感覚。

同時に少年は痙攣を起こし、白い泡を吐いて気絶した。


ものの数分だろうか。グロークロは少年二人を容易く戦闘不能にして見せた。


*****


『嘘だろ』

こっそりと、様子を伺っていた一人の少年が顔を青くする。

グロークロが気付いていた、一番遠くから聞こえていた足音の主である。


『あんたはあの二人に混ざらないで。あの二人がオークを殺すならいいけど、カラントまでぐちゃぐちゃにしたら面倒だわ。何かあれば治癒しなさいよ。それに万が一負けたら衛兵に伝えるのよ。オークが貴族を傷つけたって』


生意気なキャンディの言った事が的中した。

急いで衛兵に知らせれば、あのオークは縛り首間違いない。

自分だけが無事なことに安堵しつつ、少年は逃げ出した。


淡く白い光が、自分の周りに煌めいていたことに気づくことはなくーーー


*****


「香辛料、ダメになっちゃった」

地面に散らばる赤と黄色の粉をみて、カラントは冗談混じりにそう言って見せる。

「そうだな、俺も剣をダメにした」

折れた剣の柄を手に、グロークロはふぅむと困ったようにため息をつく。

床に捨てられた銀貨に目にやるが、下手に拾わない方がいいかもしれない。

去勢されて泡を吹いて失神している少年はそのままに、肩に手斧が突き刺さった少年の方に向かう。

這って逃げようとする少年の膝裏を踏みつける。

「ま、待て待て待て!」

青ざめて、泣き叫ぶ少年を蹴り上げて、仰向けにさせる。

肩に突き刺さったままの手斧を力任せに引き抜けば、豚のような悲鳴が上がった。

「こ、殺さないで!!!」

そう鳴き声をあげる生き物を、グロークロは見下ろした。

「情報!いい情報があるんだ!フリジア!フリジアについてだ!」

「言ってみろ」

「じゃあ、じゃあ助けてくれるよな!?」

「そんなわけないだろう」

殺すと決めているから嘘はつけない、とグロークロは少年の下腹部に手斧を振り下ろした。


助けるわけがない。このお坊ちゃんたちを傷つけた時点で「バレたら詰み」なのだ。なら、バレないように処理をするしかない。

元より、カラントを傷つけ笑っていた二人を生かすつもりは毛頭なかった。


「先に、洞窟を出ていろ」


さて、どう処理するかと少年たちを見るグロークロの言葉に、カラントは首を横にふる。

「ううん、私もする」


それは、少女の今までの、『踏み越えてはいけない』線を越える作業。


*****


オークに手足が潰され、下半身も無惨なことになっている。それでも息はある。だが這って動くこともできない。

「おい、やめてくれ」

泣きながら、少年は自分達を、湖の中へと引きずる少女へと助けを乞う。

白く淡く光る精霊たちがカラントに、湖の浅くて歩ける安全な道を教える。

「なぁ!謝るよ!悪かったって!俺、お前のこと好きでさぁ!お前だって俺のこと好きだって言ってたじゃないかぁ!なぁ!気持ちよくしてやっただろ!?」

去勢されても、良くもまぁ喋る男だと、湖に入れないグロークロは呆れて見るばかりだ。

もう一人の少年はすでに事切れている。


どちらかが、治癒魔術でも覚えていれば、よかった。

しかし、彼らは痛めつける強さだけ求めていたから、こうなってしまっては何もできなかった。


少年が命乞いに泣き叫ぶ。それでも少女は裸足で、少年たちを引き摺って湖の中に、二人をまとめて置く。

少年たちは浅い場所に置かれ、かろうじて水面から顔を出している状態になる。


「あなたたちが私にしたこと、私は忘れてるけど」

少女は背を向けて、湖から出る道を歩く。

淡く光る道を軽やかに、とびっきりの優しい笑顔で、大好きな人の元へと向かう。


「許せなかったみたい」


彼は、何もなくてもやがて力尽きて死んだだろう。

だが、精霊が殺さないようにしていた少女が去れば、この湖の生き物達が我先にと肉に群がった。


激しい水飛沫と、何かの悲鳴。湖面には赤が広がる。

生きながら、小さい魚達に削られるようにして、肉を齧られていく少年たち。

それを見届けることもせず、カラントはまるで踊るように湖を渡って戻ってくる。


「やはり、お前は綺麗だ」

微笑みながら水辺で光と戯れる様は、芸術がわからないと揶揄されるオークでもわかる美しさだった。

うんうん、と勝手に納得するグロークロに、顔を赤くするカラント。

「よかった」

「何がだ?」

「グロークロが、前言ったでしょ?私は汚くないって」

何を当然のことを言ってるんだと、不思議そうな顔をする彼が愛しい。

あの少年たちにおもちゃにされたことは、忘れているけど。

きっとそうなのだろう。もう清らかな体ではない。

それを知っても、グロークロは揺るがなかった。

「その言葉を信じて、よかったなぁって思ったの」

だからこそ、彼の褒め言葉がカラントの胸を熱くして。

少女は耳まで赤くなっていることを気づかれないように、フードを目深に被った。


「ねぇ、ほんとに、綺麗だって思ってたら、その、さわれる、よね?」

自分でもどういう理屈だろうとは思ったが、グロークロはあぁ、とあっさりカラントの頬に触れた。

大きくてゴツゴツした手が顔とフードの間に入り込むと、ふに、と、カラントの唇にグロークロの指が触れた。


「……怪我はないか?」


少女はされるがまま、オークを見上げて頷いて見せる。

目を、閉じた方がいいかなと、カラントが羞恥で回らぬ頭でそう思った時。

「じゃあ、そこに座れ」

足を拭いてやるから、早く靴を履くといいと言うオークの言葉に、カラントは顔を真っ赤にした。

そして、まるで期待を裏切った彼が許せないとばかりに、ペチンと彼を八つ当たり気味に叩くのだった。


*****


おかしい


少年は洞窟内を走る。どんなに歩いても、走っても。出ることができない。

早く友人がオークに殺されたと、衛兵に伝えないといけないのに。

出れない、出口が、見つからない。


涙を流して焦って叫び声を出し始める少年を。

精霊たちは微笑ましそうに眺めては、話し合う。


『これでいいよね』『そうそういいんだよ』『ちょっとしたいたずらだもの』

『だってあの子の手助けを頼まれたからね』『これぐらいならいいよね』

『でもいつかは出さないとね』『いつにしようか』『いつにしよう』


彼をいつ出してあげるか、のんびりやの精霊たちは一ヶ月でも一年でも十年でも話し合うだろう。


かつて、カラントの指の骨を一本一本折り、治癒魔術を練習した。

今回は、彼女が、毒にはどんな反応をするのかと、面白半分で猛毒を持ってきた少年。


さてさて、精霊たちの話し合いが終わるのが先か、出れないことに絶望して、ぐちゃぐちゃの泣き顔の少年が服毒して自害するのが先かーーー


精霊たちのおしゃべりはまだ続き、少年は毒瓶を握りしめながら走るのであった。

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