第20話 水晶洞窟
水晶洞窟。その名の通り、壁面や天井に水晶が見つかる大きな洞窟である。
足場もよく、大きな獣も少ない。途中で大きな湖水があり、上方の大穴から陽光が射す様は美しい。
だが、奥に進むと足場が崩れやすい上、地下空洞につながりやすく、そこへの立ち入りは禁止されている。
わざわざそこまで行かなくても、水晶も貴重な薬草も取れるので、いく必要がないのだが。
「で、注意点として、水場に近寄るのはいいけど、入ったらダメですよ」
水晶洞窟の目玉、湖水の近くまでやってきたリグとタムラ。
タムラはここの話を同行者のドリアードに伝えておく。
「なんでですか?」
先ほど受けた「水質調査」でリグが調査用の小瓶に水を汲ながら聞き返す
「すごく浅い場所と、深い場所の差が激しいんです。お調子者が入って溺れそうになることも多い。あと、中に肉食系の魚がいます。裸で水浴びしようとして肉を齧られる新人も多いですね」
浮かれた新人を戒めるには良い場所というわけだ。
「なるほど!カラントに教えてあげないと!」
「あんまり水に近寄らないでください。さっき話したように、魚にリグさんが噛みつかれる可能性だってあるんですから」
肉食性の魚がブロッコリーを噛むかはわからないが、念の為タムラは警告する。
「大丈夫ですよぉ、あ、きたきた」
リグの言葉に、タムラは念の為メイスを構える。
湖からは白く、淡く輝く光がいくつも浮かび上がってきていた。
「ふふふ!ちょうどよかった!ちょっとだけお願いしようと思います!」
ふんすふんす!とやる気を出すリグの周りに光が集まる。
ライトアップされる中をくるくる回って、光にお話をしているブロッコリー。
「うおっ!なんだあれ!」
「ブロッコリーが光ってるぞ!こわ!」
「何かすげぇもん連れてるなあのおっさん」
通りすがりの新人冒険者にドン引きされ、タムラが悲しそうな顔をしていたのは言うまでもない。
*****
「えぇーリグだけで、もう洞窟にいっちゃったのぉ!?」
その日の夜、買い物を終えたグロークロとカラント。
そして一仕事終えてきたリグは宿屋の一部屋でゆっくり休んでいた。
先に水晶洞窟を見てきたというリグの話を聞いて、なんでぇ、ずるーいとカラントが頬を膨らます。
「魔術をようやく使えるようになったから、リグにも見せたかったのに!」
灯りををつける、小さな火の玉を飛ばす、そして氷の壁を出現させる魔法。
習熟レベルがチグハグだわと、魔術の指導をしてくれた魔術師のガーネットは首を傾げていたものだ。
「ふふふ!でもおかげでちゃーんと情報を仕入れてきました!」
意気揚々とカラントに、タムラから聞いた水晶洞窟の注意事項を伝える得意顔のドリアード。
明日の準備の片手間に、グロークロも話を聞いておく。
「なので!明日の水晶洞窟は二人だけで行ってください!」
ニッコニコでリグがそういうと、グロークロにその頭部を掴まれる。
「ちょっとこい」
きょとんとするカラントを背に、グロークロはぐわしっ!とリグをつかんだまま部屋を出て廊下ですごむ。
「なぜだ」
「なぜって。うふふふふ、僕はできるドリアードなので空気を読めます!」
嬉しそうに笑うドリアードは頭部から緑の触手、もとい蔦を出してペチペチとグロークロの肩を叩く。なんだこの触手は、気持ち悪っ!引きちぎってやろうかとオークは思う。
「下手な気を使うな」
「またまたぁ。あ、でも!交配は……」
「床に叩きつけるぞ」
「なんで怒るんですか?」
黒い目をクリクリさせて、ドリアードは不思議そうな顔をする。
言葉も出ないオークを前に、リグはうーんと唸る。
「好きあったらすぐ交配に入ると思ってたんですが、違うんですね。そこは僕も勉強不足でした。失敗失敗!」
「よし、やっぱりお前は明日ついてくるな。常識を他の奴から教わってろ。カラントに変なことを言い出しかねん」
そんなやりとりも知らず、カラントは明日も二人でおでかけかと思うと、顔を枕に埋めているのだった。
*****
カラントとグロークロは二人で水晶洞窟に到着する。
この洞窟に入るまでも大変だった。
しつこいまでにグロークロに装備や持ち物を点検され、少し歩くたびに体調やら足に痛みはないかと尋ねられる。
なんなら、途中まで抱き抱えて行こうか?と提案される始末だ。
もはや幼児のような扱いに、さすがのカラントも怒って見せる。
「灯りはいらないんだね」
定期的にギルドの魔術師が、光の魔法を一部の水晶に閉じ込めておいていくらしい。それがランタンがわりに灯りを放ち、ほどよい明るさを保っている。
それでも足元は暗いので、カラントはおっかなびっくり進んでいく。
「本当に精霊様が出ると思う?」
「さぁな」
出ないだろうな、とグロークロは思っていた。
この洞窟はあまりにも人の目に触れすぎている。
それをわざわざカラントに伝える必要はない。
「綺麗な場所」
ちらほら見える壁の水晶に、カラントは夢中になっている。
採掘は許可がなければいけないが、落ちている分を拾う程度には黙認されている。
ーーーふむ。
後方から、微かに足音が三つ。二つは自分たちに近いが、一つはかなり遠い。
自分たちに関係のない、通りすがりならいいのだが。
しかし、どうにも纏わり付くような視線を感じてグロークロは何度か後方を警戒する。
カラントは、後ろからひっそりと後をついてくる男たちに気づいていないのか、未だ興味深そうに洞窟を歩いていく。
「あそこ、あそこが精霊様が出てきたっていう湖かな」
大きく広がった空間に出る。そこは大きな湖がある場所だった。
水面が風で揺れて、緩やかに波紋を作り、光と水晶の反射で輝いて見える。
「洞窟の奥まで広がってるんだね。端は見えないや。あそこの岩とか登れば見えるかな」
湖には、いくつかの岩が島のように突き出ていた。
岩から岩へ行けば、カラントの言う通り奥まで見えるかもしれないが、そこまでいく利点はあまりなさそうだ。
グロークロが周囲を見渡している間に、カラントは靴を脱ぎ始める。
「わ、冷たい」
そんな事を言って湖の中に入っていくが、そこは浅いのか足首までしか水に浸かっていない。
「おい、湖に入ると危ない」
「大丈夫、リグがね、お願いしてくれたみたい。歩けるぐらいの浅い場所を教えてくれって」
よく見れば湖の表面で、淡く白い光が漂っている。
精霊たちらしい。こうして姿を見せるのはかなり珍しいのだが、裸足になったカラントは無防備に、足元でキラキラと輝く水面を見ながら湖で遊んで見せる。
滑ったりしては危ない、こっちに来い、とグロークロが湖の中に入りこむ。
「わ!危ないよ!肉食性の魚がいるって!」
「それならお前も危ないだろう」
「私は食べられないんだって、精霊たちが『私が死んだら困る』から食べさせないようにしたって、リグが言ってた」
「そうか、早くこい」
返事になっていない返事で、グロークロはカラントを抱き寄せて湖から引き上げる。
適当な岩に座らせて、カラントのその足を甲斐甲斐しく拭いてやる。
「くすぐったい」
笑うカラントに、グロークロも思わず口角を上げた。
「おい、オーク、そこの女から離れろ。」
こちらを、二人の少年が見ていた。軽装の衣服に、華美な刺繍が施された外套。
たまたま一緒になった観光程度のお坊ちゃんなら放っておいて良いと、思っていたが、やはり違うらしい。
運悪く、今日はこの場に、彼ら以外の冒険者は来ていないようだ。
「金ならやるぞ」
それ、と少年の一人がグロークロと自分たちの中間の場所に結構な重さの布袋を投げる。
袋の口が開き、銀貨が数枚こぼれ落ちた。
「なんのつもりだ」
カラントを隠すように前に立つと、これでも優しい言葉を選びつつ、グロークロは少年たちを睨みつける。
「そいつは元々王都の、えーと、そうそう盗人なんだよ。で、俺たちはそいつを捕まえないと行けなくてな」
一人は飄々とした態度を見せてそんな事を喋るが、もう一人は不愉快そうにこちらを。いや、カラントのみを見ている。
カラントも異常を感じたのだろう、慌てて靴を履き直している。
「おい!何してやがるカラント!さっさとこっちに来い!」
不愉快そうにしていた少年の怒鳴り声に、カラントが小さい悲鳴をあげて、身をすくませたのがわかった。
ろくに考えていない嘘と、舐めた態度に、逆にグロークロは冷静になる。
「小僧ども」
グロークロは最後の忠告をする。
この態度で、こいつらが『カラントを追う者』というのは目に見えて明らかだ。
「オークから女を奪うということは、どういうことかわかっているのか?」
目の前の戦士の殺気に、少年たちは一瞬たじろぐが、彼らはよくも悪くも怖いもの知らずだった。
「まぁ、待てよ。そんな中古品にこだわる必要ねぇだろ」
何を言っている、とグロークロが声に出す必要がなかった。
後ろで、呼吸を忘れたように彼女が固まっているのがわかった。
グロークロの反応を好機と見たのか、少年たちが嘲笑う。
苛立っていた少年が、勝ち誇るようにこちらを挑発してくる。
「そいつの穴、もう緩くて使えないんじゃねぇの?口でするのもいつまでも下手くそだったな」
俺らの使い古しだぞ、と少年たちが笑った時、うぇ、と、カラントが吐いたのがわかった。
吐いたカラントを見て、また少年達が嘲笑う。
「おいおい、もしかして昨日も楽しんでたのか?」
「ゲロ吐いてる暇があるなら、さっさとこいってんだろうが!」
威嚇のつもりか、一人の少年がとうとう剣を抜いた。
「すまないカラント」
今はそこにいてくれと、グロークロがカラントに声をかける。
しかし、視線は目の前の少年たちを逃さないと、見据えたままだ。
「すぐに殺してくる」
行かないで、とは言わなかった。今度は『気をつけてね』でもない。
カラントはこちらを見ないグロークロの背中に返事をする。
「わたしも」
それを聞いて、「あぁ」と短く返事をして、グロークロは手斧に手を伸ばす。
こちらをまだ嘲笑い、聞くに耐えない言葉を吐き続ける少年たちはまだ気づかない。
これから、殺されることに。
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