第18話 好意
ーーー王都、貴族の通う魔術学園の一室。
「使えない男ね」
豪奢なソファに腰掛けたまま、フリジアは苛立ちを隠さない。
カラントを見つけてみせます!と、大見得を切って出たあの剣士、ジアン。
彼が酔った挙句に女を斬りつけて牢屋行きになったのだと、大慌てて王子が伝えにきた。
仮にも伯爵家出身の騎士だったものだから、その家は大騒ぎのようだ。
さらにジアンはフリジアの取り巻きだったものだから、うっかり『カラントの使い方』を口にしていたら面倒なことになる。
『カラントの使い方』が人道に外れているのはわかっている。
だからこそ、フリジア達は「人道に外れても、なお必要な使い方』なのだと、王や高位貴族に効果的にアピールしなければいけないのに。
王子は早速この情報を集めているようだが、役に立つかどうか。
『こうなれば口封じ用の小さな召喚獣を出して……』
物騒な事を考えるフリジアの足元から声が聞こえる。
「あ、あのフリジア様」
「何よ」
四つん這いで、フリジアの足を乗せられているキャンディの言葉に、不愉快そうに聖女は話を聞いてやる。
人間フットスツールになっているキャンディは、恐る恐る進言をする。
「ハウンドダガー様はぁ、フリジア様に心酔しておりましたぁ。彼がこんな無駄な騒ぎを起こすとは、思えませんのでぇ。多分、そこにいるんじゃないですか?『あの女』……ッギ!!!」
フリジアの踵を背中に勢いよく落とされて、キャンディは息を吐く。
「そんなことはわかってるわ。じゃあどうやってそこであの女を見つけるか考えているのよ。本当に、使えない!使えないわね!!」
だんだん!と踵を落とされ続け、キャンディは痛みに唇を噛み締める。
「わ、私が!私が行きます!」
その言葉に、ようやくフリジアは足で虐げるのをやめてやる。
「数名、『仲間』をお借りしたいのです。たたた、確か!あそこにはかつて『精霊がいた』という水晶洞窟があります!そこでの探索でも王子を通してでも!ご命令いただければ!!私達が探しに行けます!」
理由はなんでもいい。聖女を守るための訓練だとも託宣を受けたとでも。
貴族子女子息が向かうのだ。下手な冒険者も手出しできまい。
「いいわ」
フリジアは機嫌よく笑い、喋る家具に告げる。
「私の召喚獣も何体か貸してあげる。早く『あの子』を連れてきてね?」
はひぃ、とキャンディは情けなく答えるのだった
*****
『大好きよ』
言ってしまった言葉は取り消せない。
宿屋の一室、カラントは数日前に言ってしまった言葉を思い出しては、顔を真っ赤にしてリグの頭に顔を埋めていた。
あぁ、言ってしまった。言ってからようやく自分の気持ちに気づく。認識する。
好きな理由はたくさんある。だけど、本当にいいのかしらと不安にもなる。
カラントを助けてくれる理由の一つは『奇跡』の願いのせいかもしれない。
カラントが、『助けて』と願ったから、グロークロは巻き込まれているだけだ。
それでも。一緒にいてほしい。と我儘を願ってしまう。
カラントの言葉に、グロークロは「あぁ」とだけ言ってくれた。
じゃあ、カラントの「好き」は認めてくれるということだろうか。
それだけでいいじゃない、と、カラントは自分を納得させる。
好きなら、したいことはたくさんあるけれども、まずグロークロにとって自分は恋愛対象になるのだろうか。
「したいこと」というのを具体的に想像してしまい、あぁなんて恥ずかしい、はしたない女なのかしらと、うぅー!とうめいてリグの頭に羞恥で熱った顔をツッコんだ。
そして、リグは優しい微笑みを浮かべて、なされるがままであった。
*****
『大好きよ』
カラントが言った言葉が、まだ胸に残る。
あのあと、結局泣き疲れたカラントを寝かしつけて終わった……
そう。それで、終わってしまったのだ。
『何が『あぁ』だ』
混乱している彼女の心を隙をつくような感じがして、卑怯に思えたから?
だから明言を避けた?
俺が助けているのだから嫁に来いと、立場の差をわかっての求婚に思えたから?
しかし自分はオークで、彼女は人間だ。
「グロークロさん、ここらで」
いや、そもそもあの『大好き』は異性としての大好きなのか?リグに対する『大好き』とそんなに変わらないんじゃないか?
「おい、聞いてんのか」
もしも、もしもだ。カラントに求婚するなら、オーク式か?人間式か?もしオーク式なら俺は族長イナヅに力量を示さなければいけない。カラントは集落でも馴染んでいたから問題ないな。集落に戻るべきか。待てまだカラントが嫁に来てくれるとは限らない。
「オラァ!!!」
罵声と共に尻を勢いよく杖で叩かれて、グロークロは我に返る。
とある廃村。人が近寄れば襲ってくる魔獣討伐の手伝いに来ていたのだったと、思い出す。
「すまん、考え事をしていた」
尻を勢いよく叩いてきた治癒術師に謝る、前衛職オーク。
その屈強な腕の中では、討伐対象の馬型の魔物がすでに首をへし折られて息絶えていた。
「ちゃんと集中してください。一人でずんずん進んで、見つけたら魔獣に絞技かけてて驚きました」
タムラが、苦笑いをする。その横でラドアグがうんうんと頷いてくる。
「まぁ、毛皮も肉も骨も綺麗に取れそうだから文句はないけどよぉ。ちゃんと連携してくれないと困るぜぇ?あのお嬢ちゃんのことでも考えてたか?」
ラドアグが軽口を叩くが、グロークロの返事はない。
あ、これ、図星だなと三人が同時に思った。
「おい、人間の娘は何をもらったら喜ぶ?」
いきなりの質問に、タムラもラドアグも返事に困り、人間の女である治癒術師に返事を任せる。
「金」
夢も希望もない言葉に、人間と蜥蜴人の男二人は、エェーという表情になる。
「なんかよくわからない手作り品とか、クソだっせぇ服とかいらねぇ!金!それが一番よ!でも現金を渡すんじゃなくて、換金しやすい貴金属がありがたいわ!!」
過去の苦い経験からか、力説する治癒術師スピネル。
「そうだな、何かの時に換金できるのは強い」
なぜか同意の姿勢を見せるオーク。
「でも、惚れた男なら何もらっても嬉しいのも事実なのよねーーー!!」
思い出という名のトラウマにでも触れたのか、悔しそうに叫ぶスピネル。
「だから、なんでもいいから、買い物に連れて行ってあげれば?」
服でも靴でも、髪飾りでも、とスピネルが続ける。
このオークが何か贈るというのなら、それはあの赤毛の少女にだろう。
きっと今頃、このオークの帰りを宿屋で待っているはずだ。
「む……」
困り果てるグロークロ。大体人間の店でオークは良い扱いをされたことがないので、知らず知らずのうちに買い物はカラントやリグ、タムラに任せていたのだ。
「金を渡すから、お前ら人間の女たちが、カラントを買い物に連れて行くのは、ダメか。そうかわかった」
話の途中で、スピネルが女族長オークと同じぐらいの怒りの形相に変わったものだから、グロークロはすぐに交渉を諦める。
「いいじゃねぇか。最近景気もいいからな。金は使ってなんぼだぜぇ」
ヒヒヒと笑う蜥蜴人に対して、笑えませんよとタムラが嗜める。
「魔獣が増えた、という話は聞いていましたが……確かに多いですね」
「俺の地元じゃあ、魔獣が増える時は、誰かが神様から盗みを働いたからだってって聞いたな」
大事な神様の宝物を盗まれた。けれど神様は人間の区別がつかない。
だから手当たり次第に泥で作った僕で探す。盗人が捕まるまで、もしくは神様が飽きるまで魔獣は増え続ける。
と、ラドアグは蜥蜴人の御伽話を軽く語ってみせる。
「どっかの言い伝えだと、命が死ぬと、その穢れが生まれる前の世界中の命に混ざる。それだと神々も困るから、その穢れだけを濾したのが魔獣って聞いたわね。ま、こっちは仕事が増えてありがたいけどね」
「それじゃあ、早速飯の種を捕まえたって、ギルドに知らせてくるわ」
魔獣を運ぶ荷馬車は、近くの村に用意されているはずだと、ラドアグが先に戻る。
オークと人間二人は獲物の見張りだ。
「運びやすいように解体するか?」
「いえいえ、魔獣は解体しなくていいんです」
不思議そうな顔をするオークに、タムラが愛用武器のメイスでその魔獣の腹を示す。
「魔獣には内臓がほぼないんです。ただ筋肉と骨、神経。そしてまれに発火、発電用器官があるぐらいです。だからどう増えているのか、何を食べているのか、全くわかっていないので、丸ごと渡したほうが売れます」
「なんで死ぬのかもわかってないのよね……首だけ折って死ぬのはレアケースじゃない?」
「捕食も消化も生殖もせず、ただただ目の前に生き物がいると襲ってくるとしかわからないですからね」
グロークロはそうか、と短く返事をする。
ーーー集落にきた肉塊と同じようなものか、と一人納得しながら……
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