第8話 呪いと盲信と狂愛 ※汚い表現あり

ーーー王都にある学園の一室。

聖女様のために拵えた、豪奢な部屋の一室で見つめる男女が1組。

「フリジア」

この国の王子でもあるオスカーは、自分を見つめ返すエメラルドの瞳に釘付けになっている。

フリジアと呼ばれた少女はその頬を赤らめた。可憐で美しく、貴重で有力な能力を持ち『聖女』と持ち上げられた女を、王子は熱っぽい目で見つめている。

「いけません、王子。私はただの平民」

「いえ、今は何も言わないでください」

美しく可憐な聖女と、口付けを交わそうとその体を抱き寄せる王子。

2人は見つめ合い、ゆっくりと……

「っ!!!」

聖女、フリジアは王子を突き飛ばす。口と腹を押さえて、ガタガタと震える。

顔色は瞬時に蒼白を通り越して土気色に変わっている。

「ふ、フリジア?」

「お、おう、おええええええええええ!!!!」

その細い指では押さえられず、少女の薔薇のような唇から噴水のように吐瀉物が溢れ出す。

獣のような声をあげ、少女は自らの吐瀉物の上に膝をつく。

「いだい!いたいいたぁぁぁい!!」

フリジアの臓腑をまるで乱暴にかき混ぜるような痛み。胃が飛び跳ねては叫び声とさらに共にまた中身をぶちまける。

腹を抱えて倒れると同時に、ぶりゅっ!という音と共に、少女の下腹部から聞くに耐えない水音と共に異臭がその部屋に立ち込めた。

長いスカートで隠せていたものも、その下のレースの下着は尻から溢れ出た汚物を抑えきれなかった。

「ああああああ!痛い痛い痛い痛い!!!」

泡を吹き、白目を剥いて倒れる聖女を抱き起こすこともせず、王子は思わず華麗なバックステップ。

「誰か、誰かいないか!」と、助けを呼ぶのを理由にその場から飛び出したのだった。


ーーーその日、フリジアはさらに止められぬ嘔吐と下痢に悩まされた。


なお、これが王都から離れたオークの集落の女族長の呪いだとは解明できるものはいなかったし、フリジアも自分に掛かった呪いを、仲間以外に調べさせなかった。


意識も朦朧とする中で、思い出すのは、あのドリアードたちの言葉。

『これは最後。最後の警告』

『私たちは見ているよ』


襲撃の時にそう言ってきたドリアードは全て焼き尽くした。

彼女は、諦めない。


「効率的なレベリングでしょ!?それの何が悪いの!?」


たかだか『チュートリアルキャラ』でバグ技を使っただけだ。

彼女はそう信じていた。


*****


ジアン=ハウンドダガーは焦っていた。

元々、彼は王宮に勤める若き騎士であった。その美しい顔と世にも珍しい黒に近い緑色の長髪、その剣の腕から間違いなく、陛下付きの騎士になれると噂されるほどだ。

だが、彼に嫉妬した男達に、彼は剣を二度と持てない体にされてしまう。

結局、この学園で剣術指南として働いている時に、奇跡は起きた。


『先生、私なら、その腕を治せます』

『私の後ろで、ただ、剣を構えてください』

『そうすれば、『仲間』と認識されて先生にも『経験値』が入るんです』


ーーー実際は、無意識にフリジアが『ジアンの腕が治る』ことを願い、カラントを殺して奇跡を使わせたせいなのだが、彼らはそんなことに思いもしない。


事実、聖女のお告げの通り、彼の剣術は戻ったのだ。

ただ、一人の少女を切り捨てるだけで。


ジアンは歓喜した。神に愛されたと言われた自分の剣術が戻ったことに。

再びこの国のために働けると、聖女と、神に泣きながら感謝したものだ。


あぁ、それなのに。あの小娘が逃げてしまった。


あの娘が逃げて、しばらくして、聖女も体調を崩したとかで、家に閉じこもってしまっている。きっと心を痛めているのだろう。なんてお可哀想な聖女様。


あの小娘が!自分の役割を放棄したばかりに!

ジアンは自分よりも十は年下の、抵抗もできない少女を斬ることに、何も躊躇もなかった。

カラント=アルグランが、この自分の役に立てるなら、伯爵令嬢としてその身を捧げ、その役目を全うすべきだと心から信じていた。


「あぁ!おいたわしや!わが聖女よ!」


ジアンは自分の剣の道を再び照らしてくれたフリジアの狂信者となっていた。

「私が、必ずあの娘を連れてきましょう!」

美しい剣士は、ここにはいない聖女に誓ってみせる。


*****


止まらぬ嘔吐と制御できぬ下痢に、フリジアはこんな醜態を他の召使に見せてたまるかと、人の形の召喚獣を呼び出して、自分の看病をさせていた。

しかし、最初の王子の狼狽から、聖女が嘔吐と脱糞したという話はひっそりと物好きの噂話に上がっていく。


「なんで、なんで私がこんな目に遭うのよぉぉぉぉ!!!」


学園の寮とは別に、専用に用意された、王都にある王族の別邸。

その一室の寝台で、フリジアは白目に血管を浮ばせ激怒し吠え立てていた。

腑を刺されるような痛み、そして、汚物を排出するたび焼かれるような痛みはまだ続いていた。

「え、えと、おそらく、何者かの呪いが原因かと」

フリジアの取り巻きの一人の少女、キャンディがワタワタと答える。

彼女もまた、『カラントを虐げた』一人である。

黒髪の長髪に、涼しげな目元、黙っていれば間違いなく美少女ではあるが、その性根は卑屈なもので、入学早々フリジアに取り入った腰巾着だ。

「それぐらい探し出しなさいよ!役立たず!!」

フリジアに力任せに枕を投げつけられ、キャンディはヒィと小さな悲鳴を上げる。

入学した当初、猫を被っていたフリジアに騙された。

まさかこんなことになるなんて、とキャンディは内心唾を吐く。

「すみませんすみません!」

子爵家の小娘に何ができるだろうか、キャンディは『聖女』の怒りが収まるのを床に伏せて耐えるしかない。

「どう考えてもあの女だろうがぁぁぁl!あのチュートリアルキャラがぁぁぁ!!ふざけやがって!ふざけやがって!!!」

訳のわからぬことを叫び、わざわざ寝台を降りて、自分を足蹴にする平民聖女に、キャンディは耐え続ける。

「そうよ、絶対あいつよ。許さない許さないゆるさないっ!!!」

キャンディは、フリジアに頭を踏まれながらも耐え続ける。


そうだ、あの女のせいだ。

カラント=アルグラン。あの女!伯爵令嬢という地位で!魔術も使えて!

いつも、何も辛いことはないと言わんばかりに笑っていた!


キャンディは思い出す。

自分よりきっといろんな人に愛されて、自分より恵まれていたあの少女の泣き顔を、絶望した顔を。許して、と泣き叫んだあの子より、私はまだマシだと考える。

あぁ、とキャンディは悶える。


またあの子の泣く顔を見たい。どうしていなくなってしまったの?

貴女がいなくなってから聖女も王子も先生もイライラしているの。

貴女が、戻ってきてくれないと、私たちダメなんだわ。


彼女が痛めつけられ『気を失った』あと、自分の魔力が上がったことを。

勉強も、苦手だったピアノも先生に叱られなくなった。

泣き叫ぶ貴女を、痛みに耐える貴女を、私は『愛していた』のに。


あぁ、あぁ。

愛しているわ!愛してしまったのよ。カラント!

だからこそ、いなくなってしまった貴女が憎い!憎い憎い憎い!!


キャンディは、聖女に何度も踏みつけられつづけ、ただただ『すみません』と繰り返す。

しかし、その頭にはカラントの事しか頭にない。


恐る恐る彼女の指を折った日。

白い背中をナイフで切りつけた日。

泣いて喚いて諦めて汚されて、生きているのに死んでいく彼女の眼。


全てが、キャンディにとっては『幸福な思い出』だった。


「このくず!クズクズクズ!あっ!あああああ……」

フリジアの叫び声から力が抜けていく。腹に、力が入りすぎたのだろう。

ぷぴぴっと間抜けな音と共に異臭が漂う。

顔を真っ赤にして、慌てて尻を抑える彼女が実に滑稽で、キャンディは笑うのを堪えるので精一杯だった。


キャンディは怒りに任せて自分を蹴り上げる聖女に耐える。


この馬鹿聖女に仕えるのが一番いい方法だと思っているから。

この馬鹿どもと共にいれば、愛しいカラントに会えると信じているから。


きっとまた、あの子と会うんだ。と恋する少女の顔で。


今度はどんな、酷いことしてあげようと。

よだれを垂らした獣の顔で。

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