第7話 二度と使うな

これは、カラントが、リグに助けられて逃げ出した日。

自分のせいで、誰かがまた、死にそうになった日。


カラントは泣きじゃくってそのオークに駆け寄る。

「ごめんなさいごめんなさい」

私が来たからだ。私がこんなとこに逃げてきたからだ。

悍ましい獣は、まだ動こうとしている。自分には倒せない。

ドリアードの彼は、ここまで逃げるのにほとんどの力を使い切ってしまったと言っていた。


どうして、私がこんな目に。

逃げられると思ったのに、助かると思ったのに。

自分を見るあいつらの目を、手を思い出す。


あ、あああああああ!クソッたれ!クソがクソがクソが!!


頭の中で乱暴な呪詛を吐き、自暴自棄になって少女はオークの手斧を手に取る。

諭して止めるドリアードの言葉に、少女も体を強張らせる。

きっと、ドリアードの言葉が正しい。でも、許せない。

こんなことで彼が死ぬのが、許せない。


自分は何度ももう死んでいる。それが一つ増えるだけだ。

ダメなら終わるだけ。あぁそうだ。終わるだけだ!!クソッタレ!!!

そんなぐちゃぐちゃの思考で、とにかく彼女は感情のままに願う。


私が死ねば、近くにいるこのオークが「レベルアップ」するかもしれない。

その恩恵で、傷が回復するかもしれない


彼を助けて!傷を治して!この獣がもう動かないようにして!

助けて!!私を助けて!!


「ごめんなさい」


ーーー私、あなたを利用します


そうして少女は己の首を切ってみせた。


ーーーーー


外は無事に帰ってきたオークたちの声で騒がしい。

肉の解体だ、いや火炙りだ、あれから油は取れそうかなどと獲物の処分を話し合っているようだ。

「彼女を追っているのは王都の人間です。」

リグはカラントが寝ているのを確認しながら、自分が知っている情報をグロークロにこっそりと話し続ける。

「カラントを虐げていた人間は奇跡のことを知っていましたが、、何故か『カラントを殺せば強くなる』と思い込んでいました。実際は『強くなりたいと願ってカラントを殺し、その願いを叶えている』とは、まだ気づかれていません」


同じようで、大きく違う。


『奇跡』が本当に理解されていれば、人間達は死に物狂いでカラントを探し出し、今度こそ厳重に閉じ込めるはずだ。


閉じ込めて、願いを叶えるため殺して、また生き返った彼女を、願いを叶えるために殺すのだろう。


考えるだけで、はらわたが煮え繰り返りそうになる。


「カラントはグロークロさんの傷を癒すために、初めて、自分で、奇跡発動の条件を満たしてしまいました。『自分で自分を殺して、自分の願いを叶える』」

ポツリ、ポツリと、リグは声を抑えて喋る。

「追ってきた獣。アレの姿が、大きく変わっていた」

グロークロの言葉に、あぁ、とリグが答える。

「カラントの願った奇跡の条件を、少しでも外すためかもしれませんね。アレだから出来た荒技です」

失敗した、とグロークロは苦々しい思いをする。

死体は探していたが、結局見つからず、この騒動を起こしてしまった。

「アレはなんだ?アレは獣のフリのした肉塊だったぞ」

「召喚術の獣です。生き物ではなく、術師が呼び出す、『命令されて動く肉』。その、あれの使い手とその仲間の話は、あまり、その、今のカラントにしたくなくて」

より声を顰めるリグ、幸いにも、まだカラントは深く眠っている。


つまりは、そいつらが、カラントに、あの傷を。

グロークロは怒りに任せて、そいつらの名前を聞き出してやろうかと思ったが、大きく息を吸い、どうにか落ち着いてリグに続きを促す。


「もともと歪められ、酷使されていた彼女の奇跡です。願いは叶いましたが、より歪んだ奇跡の使い方でした。記憶が消えたのはそのせいでしょう」

それは、カラントにとっても、リグにとってもまだ幸運な代償だった。

「おそらく、ですが、一度目の奇跡に、あの獣の撃退も願ったのでしょう。

何せ全てが初めての試みです。向こうにも少なからず影響は与えられたと思いましたが、願いの抜け穴を見つけてここまできたのでしょうね」

「その一度目のせいで、カラントは自分の『奇跡』を理解したのか」

こくり、とまたリグが頷いた。

「僕が、伝えた部分もあります」

自分を殺した相手の願いを叶えるなんて、呪いのようなものだ。

しかも、考えるに、叶える願いは『一つ以上』『殺した人間がその時、無意識にでも強く願ったことを叶える』という。願いを叶える側に有利すぎる条件だ。

「……カラントは何を願った」

グロークロの言葉に答えたのは、リグではない、小さな声だった。


「みんなが無事に帰ってきますように。あんな化け物に負けませんようにって」


カラントの返事に、グロークロもリグも驚いて、寝台に近寄る。

彼女の顔色はやはり悪く、喉から出る声もか細い。

「みんな、帰ってきた?怪我はない?」

カラントの問いに、グロークロは怒鳴りつけたいのを抑えて、あぁ、と答える。

「よかった」

安堵し、カラントは嬉しそうに微笑む。

「死んだ甲斐があった」

その言葉に、グロークロは行き場のない怒りを覚える。

「二度と、使うな」

本気で怒り狂うオークの顔にも、カラントは怯えず笑みを浮かべたままだ。

「ごめんなさい」

「誓え。二度と、使うな。」

グロークロは怒りで震える手で、その短刀を突き刺したカラントの胸を指差す。

「……うん」

少女は力無く返事をしたが、また瞼を閉じてしまい、寝息を立てる。

「……今度も何か代償があるのか?」

「……もともとは魔力があったのですが、それがかなり少なくなっています」

おそらくはそれが今回の追加代償かと、と続けるリグにグロークロが吠える。

「二度と!二度とだ!こいつにそんなものを使わせるな!!!」

怒り狂うオークを前に、逆にリグはほっとした顔をする。

このブロッコリーは真面目に、話を理解しているのかと、グロークロの神経を逆撫でする。

その頭を鷲掴み、地面に叩きつけてやろうかとまで思ったが。


「オラァ!出てこい!」


玄関の扉が、強盗かと思うほど乱暴に蹴破られた。

戦後の高揚そのまま現れるのは、頭蓋埋め、血河の女王、女族長イナヅ。

「イナヅ族長の!!!楽しい!!!愉快な!!!呪詛の時間だよぉ!!!」

荒ぶる女族長。その手には先ほど戦った肉塊の一部を素手で掴んで、満面の笑顔である。

「族長、それを食べるのはちょっと」

「食べるわけないだろが!!!呪詛だって言ってんだろ!?」

後ろから止めにくる他のオークに、イナヅは吠えかかる。

「これからこの肉の魔術を通して、こいつの主人に呪いぶっかけるけど!

お前らなんかリクエストある!?なかったらこっちで決めるよ!

何せ!カラントの敵だからねぇ!やりがいがあるねぇ!!!ヒャッホゥ!!」

統治も呪術も近接戦闘もできる有能族長イナヅは、やる気いっぱいだ。

「ド、ドリアード的にそういうのを願うのはちょっと」

困惑するリグだが。

「呪殺で」

グロークロは極めて真面目に即答する。

「バッカだなぁグロークロ!!!」

わははは!とイナヅが大笑いする。

「殺すなら、しっかり顔見ながら、じっくりとだろうが」

ここだけ真顔で答えるイナヅ。怖い。オーク怖い。


*****


夕方にはカラントの意識も戻った。ふらふらのカラントに食事を準備するグロークロ。

「……」

スープに浸したパンを食べながら、カラントはチラリとグロークロを見る。

まだ怒っているのか、腕組みをしてカラントを凝視していた。

「林檎もまだある。食べられるか?」

「う、ううん。もうお腹いっぱいだよ」

「そうか」

いつも以上に言葉の少ないグロークロに、カラントは身を縮こませる。

嫌われたくはないな、と思う。気味の悪いやつだと思われているかなと、カラントは不安で、悲しくもなる。

「リグと話し合いをした。お前の体調が回復次第、集落を出ることになった」

「……うん」

当然だ。自分のせいであんな化け物が追ってきたのだ。

「王都ではなく、ここから近いシルドウッズという貿易都市がある。冒険者も集まりやすいらしくてな。そこへ向かう」

「うん、今までありがとう」

「何がだ?」

眉を顰めるグロークロに、カラントは目を丸くする。

「え」

「俺もついて行く」

助けてくれるの?という言葉がカラントの頭に浮かぶ、それを口に出す前に、グロークロが古い地図を見せてくる。

「シルドウッズで金を稼ぎながら、お前のその奇跡を止める方法を探す。ダメなら次の場所だな」

「ねぇ、グロークロ」

カラントは問いかける。

「グロークロは私を殺して、自分の願いを叶えようとは思わないの?」

その、当然の問いに、オークは不快を隠さず再び眉を潜める。

ああ、だからリグは、俺が『二度と使わせるな』と怒ったとき、あんなに安心したのかと今更ながらに理解する。


グロークロは問いに答える代わりに、問い返す。


「お前は、俺が、そんな『化け物』に見えるのか?」


*****


同時刻、オーク族長の家で、リグは『奇跡』のことは伏せながら、カラントと集落をでること、戦士であるグロークロを連れていきたいことをイナヅに伝えていた。

「いいんじゃないかい?」

戦士の1人が引き抜かれるというのに、イナヅはあっさり認める。

「それよりこの肉塊の主人、なかなかの使い手だね。ちょっとした呪いしかかけられなかったよ」

オーク秘伝の呪術祭壇の上には、幾つもの針を刺された肉塊が皿の上に乗せられていた。肉塊はもはや何も反応もないことを、念の為リグも確認しておく。

「呪いって、どんな?」

「嘔吐と下痢だけ。数日しか効果はなさそうだ。面目ない」

「け、結構それ辛いと思いますけどねぇ!?それ、バレたりしません?」

リグの心配に、あっけらかんとして、イナヅは答える。

「こっちは『オークの集落』を襲った相手を呪い返しただけだ。またやってきても『お前らが仕掛けてきたんだな、よぉし!わかった!殺す!』ってもんさね」

わ、わぁ、とドリアードは言葉を失う。


「それより、三人で行くんだろう?カラントの服、私がいいの用意してやるから明日うちに連れてきな」

「あ、ありがとうございます」

「それより、ドリアードの呪術とか知らないかい?まだまだこいつの主人にえげつねぇのかけたいんだけど」

女族長は笑顔でドリアードを問い詰めるのであった。

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