十章 決着(3)
複数の尖塔が束ねられたような派手な造りのシュベート城の正殿。中央にそびえる巨大な塔の最上階に謁見の間はある。その謁見の間も、広大で派手な造りをしている。身廊を挟むように並んだ巨大な柱に支えられた高い天井にはガラスのシャンデリアが吊るされ、最奥の半円形に窪んだところは床が三段ほど高くなり、翼を模した天蓋の真下に高い背もたれを持つ広い椅子が置かれていた。
その派手さは、華美を求めた城の主だったエルザ・シュベートの趣味だという。
謁見の間の両側面には天井から床まである観音開きの大きな窓が並び、そこから露台に出ることができた。露台から外の様子を眺めていたレミルは、深くため息をついた。
「これも、ディノン君の策略かな?」
同じ方向を眺めていたゼルディアが、忌々しそうに眉を寄せた。彼女らの視線の先は城壁の内外。
ヴォスキエロ軍を相手に防衛戦を繰り広げていたレヴァロスの軍勢は、多少被害を出しながらもなんとか敵の進攻を抑えていた。ところが、互いに戦力が削れてきたタイミングで冒険者、ソルリアム兵、獣人兵、エルフ兵の混成軍が現れ、さらに捕らえていたソルリアム兵と冒険者が解放されて城壁に殺到していた。一見、それらの勢力はレヴァロスに味方しているようだったが、あきらかに城を制圧する様子がうかがえた。それを悟ってレヴァロスは撤退の動きを見せはじめていた。
「なんであいつ冒険者なんかやってんの? 軍隊にいれば、いい指揮官になれたでしょ」
「さあ?」
同じように戦場の様子を眺めていたメイアが肩をすくめた。ゼルディアはそんな彼女に一瞥をくれてレミルを見た。
「どうするの?」
「逃げるしかないね。これは完全に私たちの負け」
「この人は? 開放する?」
レミルは複雑な笑みを浮かべ、メイアを見た。
「あなたに聞きたいことがあるの」
「なんだ?」
「ディノン君を守ろうとした私の決断は、間違ってると思う?」
そうたずねたレミルの目には、哀しげな色があった。
「難しい質問だな。大切な人を守りたいという気持は分かる。だが、そのために、本来守りたいと思った相手を裏切るような行動ができるかどうかは分からない」
メイアは真剣な目でレミルを見つめた。
「君自身も、負い目を感じているのではないのかい? だからディノンになにも話さず、一人で決断し、行動した」
レミルはうつむいた。
「そうかもしれない。心の片隅に、これは間違った決断だっていう思いはあった」
それを聞いて、ゼルディアが口を開きかけた。しかし、レミルはそれを遮るように続けた。
「私の行動は無意味かもしれない。予言の勇者はディノン君じゃないかもしれないし、予言の解釈に誤りがあるかもしれない。そもそも、予言そのものが誤りで、誰も犠牲せずに魔王を倒すことも可能かもしれない。でも、犠牲になってからじゃ遅いから。私の家族みたいに……」
ゼルディアは開きかけた口を閉ざし、うなだれた。ゼルディアをはじめ、レヴァロスに集った者たちは、レミルのように家族や恋人といった大切な人を戦争で亡くしている。さらにその多くは、大切な人を犠牲に――守られたり、身代わりに殺されたり――して生きながらえてきた者たちだった。ゆえに犠牲によって生まれる平和というものに、違和感を抱くようになったのだ。
「君たちレヴァロスが戦う理由はそれか」
うん、とレミルは頷き、ゼルディアも首肯した。この子は、とレミルはゼルディアに目を向けた。
「私たちの中でも、一番悲惨な人生を送って来た」
「待ってレミル。それは……」
ゼルディアは顔を上げレミルを止めようとしたが、レミルはそれを無視して語った。
「この子の父親は、いまの魔王の誅伐から一族を守るために戦って死に、年の離れた姉はこの子の身代わりになって殺された。母親はこの子を飢えさせないよう、病で倒れるまで女手一つで食べさせ続けた」
メイアは驚愕した様子でゼルディアを見た。ゼルディアはため息をついた。
「私は、家族の犠牲によって生かされた。だから誰も犠牲にならずに済むよう、私は、私自身の手で魔王を討つと決めたの。あの簒奪者は、さらに多くの犠牲を生み出す存在だから」
毅然とした様子で言ったゼルディアに、メイアは目を伏せた。
「そうだったのか……」
それしか言葉が出なかった。
「同情はしないでちょうだい。されても迷惑なだけだから」
突き放すように言ったゼルディアに、メイアは思わず苦笑した。
「ずいぶんひねくれているね」
でしょ、とレミルも笑った。
「こういうところ、ちょっとだけディノン君と似てて、私は好きなんだ」
ああ、とメイアは納得したように頷き、当のゼルディアは心外そうな顔をした。
そのとき、謁見の間から、階段を駆け上がってくる足音が響いた。
「リバル?」
「いや」
と、レミルとメイアは露台から謁見の間へと入り、開いている扉のほうを見た。
「ディノン君だ」
レミルは左腰に佩びた霊剣を抜いた。
「彼と戦う気か?」
そうたずねたメイアを、レミルは複雑な表情で振り向いた。一つ息をついて囁くように言った。
「ごめんね」
一瞬の出来事だった。ほんのわずかな動作で構えたレミルは、メイアの胸を霊剣で刺し貫いた。
メイアは当然、そばで見ていたゼルディアも目をむいた。
レミルは霊剣の刃にそって手を滑らせ、メイアに近づいた。崩れるように倒れたメイアの身体を抱きとめ、刃を握って切っ先を抜いた。
「ちょっ、なにやってるの⁉」
ゼルディアは倒れているメイアに駆け寄り、傷口を抑えようと手を差し伸べた。しかし、メイアを抱きかかえていたレミルは、その手をやんわりと遮った。眠るように目をつぶっているメイアの顔を見る。
「大丈夫……」
「大丈夫って、あんた、胸を刺して……!」
「――おい……」
扉のほうで、呆然とした声がして二人は振り返った。そこには息を切らした十五、六歳ほどのディノンが立ちすくんでいた。背後にはエルフの娘と女神官の姿もあった。
「お前、いま、なにをした?」
その言葉で見られていたことを察して、ゼルディアは口を開こうとしたが、レミルがそれを遮った。
「この人を刺した」
しばらく呆然としていたディノンは、次の瞬間、腰に佩びた太刀を抜き放って駆け出した。レミルに向かって刃を突き込む。
メイアの身体をそっと床に寝かせたレミルは、霊剣を拾い上げてディノンの刺突を受けながら飛び退いた。そばにいたゼルディアも、その場から離れた。
「ゼルディア、逃げて」
「でも……!」
「いいから!」
鋭く言われて、ゼルディアは部屋の最奥に置かれた椅子の裏側へ走った。そこには隠し扉があり、階段が下へと続いていた。
「シェリア、あの子を追え! リーヌ、メイアを!」
シェリアは頷いて、椅子のほうへと走った。リーヌはメイアのそばに駆け寄り、霊剣で刺されたところを診た。
それを横目で見て、ディノンはあらためて鋭くレミルを睨んだ。レミルは哀しみで沈んだ暗い目でディノンを見返し、霊剣を構えた。戦う気だと悟って、ディノンは歯を食いしばった。
両者はほとんど同時に踏み込んだ。振るった刃がぶつかり合い、激しく火花が散った。メイアたちから離れて広間の中央へ移り、さらに激しく斬撃を打ち交わしていく。
「本気だね、ディノン君……」
いったん距離を取って、レミルは言った。
「いままで、本気じゃなかったのに……。――ようやく、本気で戦ってくれる……」
ディノンは目を細め、さらに鋭くレミルを睨んだ。
「まさか、そのためだけにメイアを刺したのか?」
「そうだよ」
ディノンは、ギリッと奥歯を噛んだ。
「狂人になっちまったな、お前……」
レミルは薄く笑った。
「私を狂わせたのは、ディノン君だよ」
「どういう意味だ?」
「分からないならいい」
それで口を閉ざしたレミルは、霊剣を構え直す。裂帛した気合を発して斬り込んだ。
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