九章 反撃の奇策(2)
「シュベート城が何者かによって襲撃されたと報告が入ったとき、我々は急いで城へと戻りました。当初、我々は、ヴォスキエロ軍によって城が落とされたと思ったのです」
大山脈の野営地まで戻ってきたケイロスは、一緒に城から脱出したソルリアム兵の参謀を大天幕に招き、彼らの話を聞いた。
「しかし、戻ってみると城は静かでした。イワン軍団長は様子がおかしいと言って罠を警戒し、私をはじめ、城外に兵士を残していかれました」
ケイロスは頷いた。イワン軍団長と同じく、彼も城の様子に疑問を感じていた。
参謀たちはしばらく城外で様子をうかがっていると、冒険者たちが戻ってきたことを確認して、彼らと合流、イワンもケイロスも戻ってこず、一向に城の様子が変わらないことに疑惑が深まり、さらにディノンの仲間であるメイアの進言によって城に乗り込んだのだという。
「レヴァロスはどうやって攻めてきたんだ?」
この質問に、分かりません、と答えたのは、防衛のために城に残っていた兵士だった。彼は城門近くの詰所に捕らわれていたが、乗り込んできた仲間に助け出された。
「城壁の外からではありません。当時、私は城門に詰めていたのですが、外には人の影はまったくありませんでした。騒ぎがあったとき声が上がったのは城内からで、振り返るとあちこちからレヴァロスが現れ、我々は抵抗する間もなく取り押さえられたのです」
「敵はそれほど手練れだったのか?」
「はい。よく訓練された兵士のように機敏で組織的な動きをしていました。携えていた武器も、市井の武器屋で手に入るものとは違い、国が支給するようなものばかりで……。なにより、数が多かった」
ケイロスはこれにも頷いた。レヴァロスの中核にいると思われる、もと犬人氏族師将軍のリバルは、同志三万のうち戦える者は一万いると言っていた。城に残っていたソルリアム兵は千あまり。訓練された兵士によって奇襲されれば、抵抗する暇さえなかったはずだ。ただ、連中がどこから現れたのか、それが問題だった。
ケイロスもカシオとともに、城内で見聞きしたことを語った。先代魔王の子孫を名乗る魔族娘ゼルディアが語る、神団が提唱する予言をくつがえす方法、聖騎士レミルの裏切りと、ディノンの呪いについて。
真実を知った彼らは酷く狼狽えた。特にレミルの裏切りは同輩のソルリアム兵だけでなく、冒険者たちの心も深くえぐった。
そんなとき、少年の姿のディノンがルーシラとタルラとともに現れた。ディノンは天幕の中に漂った沈んだ空気を感じて顔をしかめた。
「ひでぇな、おい。葬式場か、ここは」
カシオが深くため息をついた。
「気落ちしたくもなるだろう。絶望的、とまでは言わないが、それに近い状態なのだから」
「勘弁してくれ。これから反撃に出ようってのに」
「反撃?」
ああ、とディノンは頷いた。その目には強い光が宿っていた。
「やられっぱなしも、癪だしな」
ディノンは手に持っていた資料を中央のテーブルに置いた。綴じていた紐をほどき、見取り図が描かれたページを外して並べていった。
「これは?」
「テフィアボ・フォンエイムの屋敷の見取り図だ」
誰だ、と顔を見合わせる者たちに、カシオが言った。
「大昔の医術師で錬金術の祖といわれる人物だ。しかし、どうしてそんなものを君が?」
「俺のじゃない。これはメイアが所持していたものなんだ」
「メイアさんが?」
ディノンは頷いた。そんな中、怪訝そうに見取り図を眺めていた参謀が、驚いたように声を上げた。
「ま、待ってください。この見取り図……」
ディノンは薄く笑って頷いた。
「シュベート城とそくりだろ?」
「そっくりどころか、まったく同じです。いったい、なぜ……」
「さあな。だが、これでレヴァロスがどうやって城に侵入したのかが分かった。ここを見てくれ」
と、ディノンは図面の一つを示した。そこには正殿から南東の位置に建てられた御殿の見取り図が描かれていた。御殿には地下通路があり、それが南東へのびている。
「城の地下に通路が?」
「ああ。もし、この見取り図とシュベート城が同一のものなら、この地下通路の先は大山脈だ。そこで思い出してほしいのが、暗螂の目撃情報だ」
「暗螂? 『大山脈の地理学者』という別称を持つ?」
首をかしげたカシオが、はっと目を見張った。
「あれは本来、地下深くに生息しているはずなのに、今年に入ってから地上付近で、特にシュベート城近辺の坑道で目撃されるようになった。しかも、それを観察する者たちもいた」
いまだに意図を測りかねているケイロスたちに、ディノンは言った。
「そいつらは十中八九、レヴァロスだ。連中は暗螂の特性を利用して大山脈の坑道を探索し、シュベート城へ通じる地下通路を探してたんだ」
そうか、と参謀が声を上げた。
「レヴァロスは、この地下通路を通って城内に侵入した」
「おそらくな。この通路以外にも城内には秘密の通路や隠し部屋がいくつかある」
次に示したのは、正殿から北西の位置にある大きな建物。資料には倉庫とあるが、その地下には三層の広大な空間があった。
「ここなら、数千の人を収容できないか?」
「イワン軍団長たちは、ここに捕らわれている?」
ディノンは頷いた。
「ここ以外に、大人数を一か所に閉じ込められる場所はない。バラバラに捕らえている可能性もあるが、それだと見張りに人員を割く必要が出てくる」
ディノンは言葉を切り、笑みを浮かべて仲間を見回した。
「俺たちも同じ方法で連中を襲撃しようと思う」
怪訝そうにする彼らに笑って、ディノンはシュベート城周辺の地図とテフィアボ・フォンエイムの屋敷の見取り図と眺めながら言葉を継いだ。
「まず、大人数で正面から城を攻める。レヴァロスがそっちに注意を向けている間に、秘密の通路を通ってイワン軍団長たちを開放し、内側からもレヴァロスを攻める」
ディノンの意を悟ったケイロスたちは、かすかな希望に目を光らせたが、参謀が口をはさんだ。
「しかし、レヴァロスの戦力は一万。いっぽう、こちらは千五百ほどです。秘密の通路も警戒されているでしょうし、たとえ軍団長たちを開放できたとしても、数の上ではこちらが不利です。反撃に出るのは難しくありませんか?」
ディノンは苦く笑ってため息をついた。
「そうなんだよなぁ。せめて、あと二千、いや三千は仲間が欲しいところだ……」
唸るように言ってディノンが腕を組んだとき、天幕の外が騒がしくなり、一人の冒険者が困惑した様子で戸布を上げて入ってきた。
「会議中、失礼する。ちょっと来てくれ」
ディノンたちは顔を見合わせ、天幕の外に出てみた。困惑したように冒険者やソルリアム兵が見ている方向を振り向くと、山道の彼方に五千を超える兵士風の集団が下ってきているのが見えた。騎馬に乗った先駆けの一団が、野営地の前までやって来て、近くにいた冒険者となにか話をしていた。
その冒険者がこちらを指差し、やがて一人が後方の集団へ引き返し、話していた冒険者がこちらへ駆けてきた。彼は驚きと感激が合わさった複雑な表情をしていた。
「なんだ?」
「援軍だ。エルフと獣人の」
ディノンや周囲の冒険者たちは息を飲んだ。しばらくして集団は野営地の手前で停止した。大半は煌びやかな鎧をまとったエルフの兵士たち。そして千人ほどは一人一人独特の武装と見た目をした獣人族の兵士――いや、冒険者たちだった。
集団の中から数人が近づいてきた。先頭を歩くのはエルフの将と、虎の獣人の冒険者――猫人族の都市ロワーヌの冒険者ギルドの局長ガルだった。
「ディノンじゃねぇか。やっぱり、お前も来てたんだな」
笑みを浮かべたガルに、ディノンは苦笑を返した。
「ああ、まぁ。……いや、それよりなんだ、この軍勢は?」
「ソルリアムからの要請に応じて参上したんだ。軍のほうは相変わらず氏族長たちの意見が合わず動けそうになかったんでな。代わりに俺たち冒険者が来たってわけだ。ちょいと仲間を集めるのに時間がかかっちまったが」
そう言ったガルは、ケイロスのほうを向いて頷いた。ケイロスは感慨深げに頷き返した。
「そちらさんは?」
エルフの武人は姿勢を正して敬礼した。
「レンデイン様からの指示で参上いたしました。第二軍団長のヘイレムと申します。監視していたレヴァロスが突如姿を消し、その捜索に時間を割かれたため駆けつけるのが遅れてしまったのですが」
恥じ入ったように言ったヘイレムを、ディノンは笑みを浮かべて首を振った。
「いや、よく来てくれた。あんたらが来てくれたおかげで、こちらも反撃に出られる」
「反撃?」
ああ、と頷いて、ディノンは大天幕を示した。
「来てくれ。詳しく話す」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます