九章 反撃の奇策
九章 反撃の奇策(1)
「――真実を知って、取り乱さずにいられるか?」
獣魔将の陣営を襲撃する直前、ディノンは人気のない場所でメイアにそうたずねられた。ディノンは即座に頷くことができなかった。
メイアから、彼女の耳飾りに宿った精霊たちが、レミルの腰に佩びた剣に反応していると聞かされた。あれは氷の精霊の剣――霊剣だと彼女は言う。つまり、エルフの里から霊剣を奪ったのはレミルで、彼女はレヴァロスの一員、それも組織の中核にいることを意味する。
「大丈夫……とは、言いきれねぇな」
ディノンは薄笑いを浮かべた。
「お前、なにかいい薬ねぇか?」
メイアは苦い笑みを返した。
「持っていれば渡してやれたが、あいにく、そんな都合のいい薬は持っていない」
「じゃあ、お前が薬になれ」
メイアは小首をかしげた。
「もし俺が冷静さを失ったら、お前が俺を静めてくれ」
「分かった」
しかし、メイアの心配した通り、いや、それ以上にレミルが語る真実にディノンは狼狽えた。レミルはレヴァロスの一員というだけではなく、女神エリュヒから生まれた七姉妹の末の妹と結託してディノンに〈老衰の呪い〉をかけていた。彼女はディノンを守るため呪いをかけ、そして彼の代わりに魔王を討つためレヴァロスを組織した。
「――思い返せば、俺はあのときレミルを討つことができた」
大山脈の野営地に張られた天幕の中、ディノンは衝立の向こう側に声をかけた。そこではタルラがルーシラから治癒の加護を受けていた。先の襲撃で、獣魔将から受けた背中の傷が開いてしまったらしく、野営地に戻ったときには背中から大量の血が流れていた。
「俺とレミルの間には、数歩の距離しかなかった。踏み込めば俺の刃が十分届く距離だった。そばにはカシオもいた。俺の一撃が防がれても、カシオが続いてくれたはずだ。たとえカシオも討ち損じても、あの場から逃げることぐらいはできた」
しかし、レミルが語る真相に狼狽し、それを失念してしまった。その結果、メイアたちを囮にすることになった。
「――ご自分をお責めにならないでください」
衝立の向こう側でタルラが無機質な声で言った。
「ご主人様は、分かっておられました。きっとディノン様は冷静さを欠くだろうと。最悪、自分が囮となってディノン様をお逃がしになる。ディノン様だけでもご無事であれば、いまの状況をくつがえすことも可能だろう、と」
ディノンは苦笑を浮かべた。
「過大評価が過ぎるな」
「さて、それは今後のあなたの振る舞いによるんじゃない?」
タルラの背中に薬を染み込ませた布を当て、包帯を巻きながらルーシラは言った。服を着替えさせ、衝立を横にずらした。
シュベート城から脱出し大山脈の野営地に戻る間に一夜が明け、タルラに気絶させられたディノンが目覚めたとき、彼は〈終生回帰症〉の影響で十歳にも満たない幼い姿になっていた。それからさらに一時間が経過し、木箱に腰をおろした彼は憔悴したように小さな身体をさらに小さく丸めていた。
「これは、ある意味で重傷ね」
ああ、と頷いてディノンは苦笑した。
「今回ばかりはさすがに参った。お前らは俺に期待するが、正直、どうしたらいいのか分からん。いや、レミルを止めてメイアたちを助けないと、とは思うが、その方策がまったく思いつかん」
そう言って膝を抱えたディノンに、タルラはそばに置いていた荷物を差し出した。
「これは?」
「ご主人様の荷物です。昨夜、城に乗り込む前に預かっておりました。もしものとき、ディノン様にお渡しするよう仰せつかっております」
「俺に?」
荷物を受け取って中を見ると、細かい仕切に綺麗に整頓された薬草や薬品、調合道具などと一緒に、紐で綴じられた紙の束が折り畳んで入っていた。
荷物から取り出して、ディノンは首をかしげた。中身は草や鉱物、動物の骨や爪、人体などの図形とともに、細かくびっしりと文字が記されていた。
「これは、テフィアボ・フォンエイムの研究資料か?」
内容は専門外過ぎてまったく理解できず、しかも、ところどころ暗号化されているようだった。
ところが、ページをめくっていくと、途中、建物の見取り図が現れた。見取り図は十数ページにも及び、それらを一つひとつ確認していくとあることに気づいた。
「どうなってんだ、これ。なんで、フォンエイムの資料に……」
困惑したように見取り図を眺めていると、ディノンはあることに気づいて目を見張った。
「そうか……」
首をかしげて見守っていたタルラとルーシラを、ディノンは見返した。その目には強い光が戻っていた。
「局長たちのところに行こう」
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