八章 勝利と敗北
八章 勝利と敗北(1)
魔界は土地に起伏が多く、国土の大半が険しい山岳地が占めている。森林は多いが大地は硬く、よい耕作地が少ない。特に北部は気候の厳しい土地柄で、冬には雪は硬く大地を閉ざしてしまう。
ただ地の下からの恵みは多く、良質な金、銀、玉を産出する鉱山が多数存在する。ヴォスキエロの地下には坑道が無数に広がり、そこを通れば地上を進むより早く遠く離れた場所まで移動することができた。
ヴォスキエロ軍五万兵は、敵を欺くため千ほどの部隊に別れてバラバラに坑道を進み、また一部の部隊は地上から移動し、シュベート城の北西の位置に広がった峡谷に集まって陣を構えた。さすがにこうして地上に集まれば敵に位置を知られてしまうが、いまさら知られてもできることは少ない。シュベート城を守る人間族の兵士は六千ほどだという。城は護りに弱く、こちらは攻城兵器を充実させている。もはや多勢に無勢だった。
軍を率いる獣魔将は、数種類の生き物が合わさったような姿をしている。顔は頭部に鹿の角が生えた獅子、上半身は腕を四本持つ人、下半身は豹で、前脚は鷲、後ろ脚は馬、蜥蜴の長い尾が生えている。身体の大きさは、人間が馬に乗ったときと同じくらいだった。
陣営の最奥にいた獣魔将は四本ある腕を組んで、軍議を繰り広げている部下たちを眺めていた。
獣魔将はかつて、獣魔族という氏族の王だった。獣魔族は魔獣から人型に進化した諸種族の総称で、現在の魔王が即位した直後に魔族の枠組みに加わったが、遠い昔には人間族とも交流があり、彼らと交わって、獣人族が誕生したという。
武芸に秀でた獣魔将は物事を力によって処理する、いわゆる武断の王だったが、これには力の弱い者がついてこられなかった。獣魔族は獣魔将のような力の強い者ばかりではなく、むしろ脆弱な種が多く存在した。己の治世では一族が滅びると考えた獣魔将は、別の者に一族の命運を委ねようとした。そんなとき台頭したのが現在の魔王だった。
現魔王は簒奪者だった。先代魔王を弑逆し、その一族を排除し玉座を奪った。しかし獣魔将は、思慮深いことで有名だった先代魔王から玉座を盗んだその辣腕を評価した。その者ならば一族を任せられる。
いっぽう魔王も獣魔将の武名を高く評価し、ヴォスキエロ軍の指揮権を彼に与えた。そして人間族との戦争がはじまり、獣魔将は力を振るった。
緒戦は優勢だった。しかし人間族にも勇敢な武将、特に策略に長けた者が多く、攻めきることができないでいた。さらに密かに魔界に侵入し諜報活動をする者まで現れ、次第に押し返されていった。その諜報活動をする者たちがのちに冒険者と呼ばれ、そして二年前、とある冒険者の一党が諸侯の一人だった吸血鬼エルザ・シュベートを暗殺し、彼女の城と統治下にあった諸集落を攻め落とした。
獣魔将は憤るいっぽうで、その者たちに興味が湧いた。エルザ・シュベートの力は獣魔将も注目していた。もとは人間族でありながら人の血を吸って魔族と似た生き物に変異し、甚大な魔力を有していた凶悪な魔女。これを倒し、その領土を奪った者たちがどんな奴らなのか知りたくなった。
獣魔将は「時期尚早だ」と訴える官を無視して、シュベート城奪還を名目に大軍を率いてその者たちに会いに行った。実際に彼らと戦って、さらに高揚した。特に頭目と思われる剣士。力は獣魔将に遠く及ばないものの、その者が用いた奇策には正直驚かされた。事あるごとに裏をかき、獣魔将の武に対抗してくる。勝てぬと悟って敗走していったものの、その者は獣魔将の目に確実に止まった。
実際、獣魔将はその者との対決には勝てたが、軍は壊滅的な被害を受け、シュベート城奪還は成せなかった。
そして二年の歳月が流れ、獣魔将は奴との決着をつけるため軍を整えた。兵を募り、武器をかき集め、城を落とすための兵器を造らせた。シュベート城を落とそうとすれば、あの男が必ず止めに来るはずだ。
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