七章 吸血鬼の城
七章 吸血鬼の城(1)
翌朝、野営地を出発したおよそ八百の冒険者の軍勢は、夕刻前、山を下ったはるか前方で煙が上がっているのを見た。薄い灰色の雲がたれ込め、隙間から西日が斜めに降り注ぐ手前で、黒煙が上がっていたのだ。
「あそこは、シュベート城のあるあたりじゃないか?」
誰かが声を上げて、ケイロスの指示で足の速い乗騎を連れた冒険者数名に偵察に向かわせた。
「間違いない。シュベート城で戦闘が行われてる」
戻ってきた冒険者がうわずった声で報告した。
「ヴォスキエロ軍だ。数は少ない」
どうする、という声に、ケイロスは即座に応えた。
「乗騎のある戦士だけで先に突入する。歩きの者と魔法使いや神官たちはあとからついてこい」
そうと決まると、騎馬、騎獣を持つ戦士職の冒険者がいっせいに騎乗して山を下っていった。ディノンも、シェリアとウリとともに璇麒に騎乗し、メイア、リーヌ、タルラの三人はその場に残した。
「メイアたちは、ルーシラたちと行動しろ」
頷いた三人に見送られ、ディノンたちはカシオとダインとともに騎獣を駆った。
山道を駆け下り視界を遮っていた樹々が開けた。遠く見下ろした平地に灰色の城が見えた。黒煙は城の外、北のほうから上がっているようだった。
牛と馬が合わさったような獣に騎乗したケイロスは、平地を見渡せるところで冒険者たちをいったん停止させ、単眼鏡を右目に当てて城の北側を眺めた。
シュベート城は南側にそびえる急峻な高地に抱かれた城だった。正殿を要に北に向かって扇状にいくつもの御殿が建ち並んでいる。堅牢で攻めにくそうに見えるが、実際は護りに弱い城だった。城壁はそこまで高くはなく、外には堀がない。北に広がる平地は起伏がほとんどなく、大掛かりな攻城兵器を運び込むことができた。
防衛の備えは城壁の上部、胸壁にはさまれた通路に設置された投石機がわずかに四基のみ。これはディノンたちが城を落としたあとに備えたものだったが、シュベート城の城壁はもともと防備を想定して作られていないようで、四基の投石機を設置するのがやっとだった。
「マズいな……」
戦況を見て、ケイロスは苦く呟いた。
投石機から炎に包まれた巨石が放たれ、黒煙が弧を描きながら北の平地に飛んでいく。そこに群がった黒い軍勢――ヴォスキエロ軍が迫っているのが確認できた。
数は四千から四千五百ほど。城壁に張り付いた魔族兵が梯子をかけようとする横で、破城鎚が運ばれていた。現地で材料を調達して造られたものなのか、丸太を組んだだけの粗末な破城鎚だったが、それを引くのは牛のような魔獣で、正面には人間族の身の丈二、三倍は大きい魔族兵が三人、車輪のついた大きな盾を並べ破城鎚を守っていた。盾の表面には鋼が貼られ、投石機から放たれた巨石を防いでしまうほどに強固で、それを支える巨躯の魔族兵の腕力も尋常ではない。
「門が破壊されたら終わりだ……」
ケイロスは単眼鏡をしまい、剣を取ってディノンとカシオを振り返った。
「ディノン、カシオ。半分を引き連れて破城鎚を制圧してくれ。破壊できなくても、動きを止められればいい。ほかは俺と一緒に壁の前の敵を叩く。壁を越える手段がなくなれば、敵は撤収するはずだ」
冒険者たちは深く頷き、それぞれ武器を取った。
「角笛を吹け!」
剣を掲げて叫ぶと、数人の冒険者が角笛を高らかに吹き鳴らした。
「突撃!」
鬨の声を上げて騎馬、騎獣の群れがいっせいに坂を駆け下り、平地を疾走した。敵がこちらに気づき、すぐに左側の陣形を改められ、矢が飛んできた。矢を受けて倒れた冒険者が数人いたが、彼らは疾走を止めなかった。
やがて槍を構える敵の群れに、冒険者たちが乗る乗騎が飛び込んでいった。
ディノンはカシオと並んで璇麒を駆った。目の前の敵を璇麒の角が薙ぎ払い、強靭な足で踏みつぶしていく。横から突進してきた敵は斬り払った。敵を蹴散らしながら、まっすぐ破城鎚を目指す。背後にはシェリアとウリ、ダインがついてきて、その周囲をほかの冒険者が駆ける。
破城鎚を守っていた巨躯の魔族兵が、棍棒を取り出してこちらに向かってきた。そばに落ちていた大きな石を拾い上げ、こちらにむけて投げ飛ばした。
「ディノンさん、カシオさん!」
ウリが声を上げて飛び出した。ディノンとカシオが前を開けると、ウリは槍斧を力いっぱい振って飛んできた石を薙ぎ払った。次いで背負っていた盾を取ると、巨躯の魔族兵にむかって投げ飛ばした。回転しながら飛んでいった盾は、巨躯の魔族兵の顔面に当たり、ふらついたところにシェリアが矢を放った。同時に二矢放たれた矢は、巨躯の魔族兵の両眼を潰した。
ディノンとカシオがその両脇を駆け抜けざまに巨躯の魔族兵の両足を斬り裂いた。膝をついて体勢が低くなったところにウリの槍斧とダインの槍が脇腹を斬り、最後にシェリアが巨躯の魔族兵の眉間に矢を打ち込んだ。巨躯の魔族兵は喉がつぶれたような声を上げて、ゆっくりと倒れた。
周囲の魔族兵がディノンたちから破城鎚を守ろうと集まってくる。
「シェリア、牛だ!」
集まって来た魔族兵を斬り伏せながらディノンが叫び、シェリアは破城鎚を引いている牛の魔獣にむかって矢を連続で射込んだ。皮と肉が厚そうな牛は、六矢目にこめかみを射抜かれて前のめりに倒れた。
破城鎚が止まると、盾を支えていた巨躯の魔族兵の一人が牛をどけて代わりに引きはじめた。これを倒そうと璇麒の手綱を握りなおしたとき、壁のほうから角笛が鳴り響いた。
角笛の音に気づいた数人が、はっと壁を振り仰いだ。ディノンも正面の門の真上を見上げて、かすかに笑みを浮かべた。銀の鎧をまとった若い女の兵士が、左手に細身の剣を持って立っていた。彼女の左右に設置されていた投石機はこちらに向けられているのを認めて、ディノンは仲間に叫んだ。
「石が飛んでくるぞ! すぐにここから離れろ! 急げ!」
投石機に気づいたほかお冒険者たちも同じように叫び、これに従って破城鎚のそばから離れた。
取り残された魔族兵は、向けられた投石機を見上げるも、なにもできずにいた。狼狽する間に、巨石が放たれた。破城鎚を守っていた巨大な盾は一人しか支えがおらず、飛んできた巨石にあっけなく押しつぶされた。さらに飛んできた石が破城鎚を破壊し、周囲にいた魔族兵も吹き飛ばされた。
これで敵の戦意は一気に下がり、いっせいに撤退を開始した。怯えたような悲鳴を上げて逃げていく。
「追うな!」
撤退する魔族兵を追おうとした冒険者たちに、ケイロスは叫んだ。
「ほかの仲間があれを追う。それより、怪我人を城に運べ。一人も残していくなよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます