四章 エルフの罪(7)

 ディノンとウリは、火災を避けながら逃げたレヴァロスを追撃した。しかし里を出てしばらくしないうちに、彼らの姿が忽然と消えた。


 里はいまだ混乱の最中、二人は追撃を止めて引き返し、いまだ続く消火活動と救援活動を手伝った。怪我をしたエルフを運んで、向かった施療院で怪我人の治療に当たっていたメイア、リーヌ、タルラと再会した。


 不思議なことに、この襲撃で死者は一人も出ていなかった。


 それからしばらくして混乱がいちおうの収束に向かったころ、憔悴した様子でシェリアが現れ、政殿の東側に建っているレンデインの館に招かれた。館で待っていたレンデインはベッドの上で上体を起こし、レヴァロスが神殿から霊剣を盗んでいったことを語った。


「連中の目的は眈鬼の封印を解くことではなかったようだ。いや、結果的には封印を解くことになったのだが、まだ猶予はある。岩を覆っていた氷の結晶。霊剣が岩から抜かれても、あれがある限り封印が解かれることはない。しかし、結晶は氷が解けるように少しずつ消失してしまう。どれくらいの期間もつかは定かではないが……」

「じゃあ、それまでに霊剣を奪い返して、再びあの岩に刺せば」


 頷いたレンデインだが、眉は厳しく寄せられたままだった。


「いま、動ける兵士を総動員してレヴァロスの捜索に当たらせている」


 それから一夜が明けた翌朝、館で休んだディノンたちは朝食を取ったあと、再びレンデインに呼ばれ彼の書斎に向かった。


「朝早くから申し訳ない」


 笑顔でディノンたちを迎えたレンデインだが、あきらかに疲労の色が現れていた。おそらく夜通し捜索の指揮を執っていたのだろう、彼のそばに控えていたシェリアも疲労の色が濃かった。


 ところが、現れたディノンが十にも満たない少年の姿であることに二人は驚いた表情をした。


「話には聞いてたけど、ほんとにちっちゃくなっちゃうのね……。あなたも……」


 と、メイアを見てシェリアはぽかんと口を開いた。昨夜、最後に見たときは十代前半ばほどの娘だったのに、いまは二十代半ばの美しい女性の姿だった。


「本当に、奇妙な現象だ」

「その様子だと、おれのこのしょうじょうに、覚えはないか……」


 口調は幼いが、大人びた言葉が少年の口から出て、二人はさらに困惑した。


「残念ながら、記憶にない症状だ」


 ディノンはメイアを振り仰ぎ、視線を交わして肩をすくめた。


「上古のエルフの子孫であるあなたたちなら、彼のこの症状についてなにか知っていると思ったのだが……。我々の調べでは〈終生回帰症〉という疾患らしい」


 シェリアは首を振った。レンデインは難しい表情をする。


「病名に聞き覚えはある。が、それ以上のことは残念ながら知らない」

「では〈老衰の呪い〉について、ご存知ないだろうか」

「それは?」

「もともと彼にかけられていた呪いだ。急激に老い衰えるが、ある程度老化が進むと症状が止まり、その姿のまま本来の寿命が来るまでは生き続けるという」


 レンデインは怪訝そうに首をかしげた。


「はじめて聞く」


 そうか、とディノンとメイアはため息を落とした。


「力になれなくて、申し訳ない」

「いや、気にしないでくれ。――それより、本来の用件を聞こう」


 レンデインは頷いてシェリアを見た。視線を受けて、シェリアはディノンたちに語った。


「レヴァロスの行方だけれど、どうやら連中は西のほうへ向かったみたい」

「西? というと、魔界へ向かったということか?」

「ええ。今朝、新たに追跡部隊を編成させて、その痕跡を追っているわ」

「問題は、レヴァロスを発見し、霊剣を奪い返すまでに封印がもつかどうかだ。そこで、そなたらに頼みたいことがある」


 レンデインは重い口調で言った。


「蛇竜のもとへ行ってもらえないだろうか」

「蛇竜? 眈鬼を封印したという?」

「蛇竜に霊剣が奪われたことを報告し、可能であれば再封印を願う」


 レンデインは、疲労が滲んだ顔でうなだれながら言った。


「客人であるそなたらに、このようなことを頼むのは礼を欠く行為だと重々承知しているが、正直、我が兵士に向かわせるのには不安がある。そなたらも見て分かったと思うが、エルフの兵士は戦闘の経験がなく脆弱だ。ゆえに、レヴァロスに後れを取った。もちろん報酬は出す。そちらの国の通貨は無いので、このような物しか用意できないが」


 そう言ってレンデインは、ひと抱ほどの豪華な錦の袋を机の上に置いた。紐を開くと、ゆるんだ口から色とりどりの宝石がはめ込まれた金や銀の装飾品が現れた。素人目から見ても、どの品もかなり高価な代物だということは分かる。


 ディノンはメイアを見た。


「おれは、別にかまわねぇけど。どうする?」

「私も構わない。――というより、エルフが駄目だった場合、蛇竜のもとへ向かうつもりでいたから、こちらとしても都合がいい」

「そうだったのか?」


 ああ、とメイアは頷いた。


「錬金術の祖であるテフィアボ・フォンエイムは、かつて蛇竜のもとを訪れ、そこで〈万有の水銀〉を生み出したという」

「ただの石ころを金や宝石に変えるっていう?」

「そうだ。あれの力は、万病や強力な呪いをも解する。君の病を治す最後の手段として〈万有の水銀〉を頼るつもりでいた。蛇竜のもとへ行けば〈万有の水銀〉のありか、もしくは製造方法の手がかりがつかめるかもしれない」


 そう語ったメイアは、リーヌとウリを見た。


「二人はどうする。私たちとは違い、君たちの本来の目的はエルフの里にレヴァロス襲撃の報を伝えることだったが」

「行きます」


 と、二人は即座に答えた。


「危険な旅になるぞ」

「構いません。ここで帰るのは後味が悪いですし」

「ボクもです。最後まで一緒に行きます」

「分かった」


 二人の言葉に頷いて、メイアはレンデインを見た。


「そういうわけで、その任務、私たちが引き受けよう」


 レンデインはほっとしたように息をついた。


「ありがとう。道案内は娘が担当する」


 メイアは頷き、ディノンはシェリアに手を差し伸べた。


「よろしくな」


 シェリアは一瞬、差し出されたディノンの手を見て瞬いたが、すぐに笑みを浮かべてそれを取った。


「ええ。こちらこそ、よろしく」

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