処刑まで、あと5日

 「……お疲れですか」


ぼそりと呟かれたアーサーの声で、オスカーは目を覚ました。アーサーは「いけない、先生を起こしてしまった」と、申し訳なさそうな顔をして、


「出直しましょうか?」


と聞いたが、オスカーは


「構わん。俺も頼みたいことがある」


彼の気遣いを、優しく取っ払った。


 ゆっくりと重い体を起こすと、オスカーは、いつものように壁に身を預ける。そうして、足に付けられた枷の鎖を、煩わしそうに払った。その様子を、アーサーは不服そうに見ていた。


「転移魔法で逃げ出しても良いと思いますよ。貴方なら、この程度の拘束、容易に抜け出せるでしょう」

「混乱を招くだろう。得策じゃない」

「では、貴方が、大人しく拘束され黙って死ぬことが得策だと?」

「こうなることも予想していた。勝つことだけ考えていたわけじゃない」


昨日とは異なり、ができていることから、アーサーは、オスカーの意を察する。


「……本当に、死ぬんですね」


アーサーの言葉に、オスカーは頷いた。


「人は簡単には変われない。最大の過ちを犯す前に、この舞台から退場するつもりだ」

「ならば、貴方の教えを受けた私も同類。簡単には変われません。どうか貴方の地獄へ連れて行ってください」

「お前は若い。それに未熟だ。……そうだな、俺の洗脳魔法を上回る力を手に入れてから物を言え。そうしたら、考えてやる」


言い返すことができず、黙り込むアーサー。その金色の瞳が揺らいでいるのを見て、オスカーは呆れたように話す。


「お前が俺と同類なら、俺の夢をお前が叶えてくれよ」

「……人間を滅ぼすことですか?」

「おい、過ちを繰り返すな。お前のやり方で、世界を平和に導いてくれって言っているんだ」

「私のやり方で……」

「そうだ。そのために、お前に魔術を、レオに剣術を、俺は教えた」


その言葉の意味を理解したのか、アーサーは目を大きく見開くと、


「まさか、始めから我々に託していたと?」


鉄格子に手をかけ、前のめりになって聞いた。これに対し、オスカーは微動だにせず答える。


「言っただろう。勝つことだけ考えていたわけじゃない。俺の考えは古い。受け入れられないことくらい、わかっていたさ」

「わかっていたのなら、何故、こんなことを……!」

「それが正しい、と思ったからじゃないか? 争いとは、そうやって起こるものだ。それに……」


彼は失った右手を愛おしそうに見つめ、ふと、柔らかく笑うと、穏やかな声で言った。


「レオの成長を感じられたのは、大きな収穫だと思わないか?」


弟弟子の成長を喜ぶ師匠に、アーサーは複雑な思いを抱いた。「そうですね」と笑えるほど、アーサーの心の傷は癒えていなかった。ただ、モヤモヤとした感情が、胸を締め付ける。


「予想が確信に変わった。お前たちは、互いに間違いを正すことができる。二人なら、きっと俺の夢を叶えられる。俺がいなくても、大丈夫だろう」


アーサーの手が、鉄格子から外れる。ふるふると身を震わせ、まるで絶望したかのような表情を見せるアーサーは、いつかのレオとよく似ていて。「やはり似た物同士だな」と、オスカーは呑気に笑う。


「貴方は、どんな未来を見ているんですか」


泣きそうな声で、アーサーは問う。酷く震えている彼に、オスカーは答えようとするが、不意に思い止まって、


「……また、明日な」


ゆっくり目を閉ざし、どさりと体を倒した。


「先生!?」


アーサーの呼びかけに、オスカーは何か答えることはなかった。よく見ると、じわりと右腕の傷が赤く染まっている。どうやら、回復魔法が甘かったらしい。それもそのはず。ここの医者はオスカーを『魔王』として見ている。例え勇者であるレオの頼みとはいえ、魔王を完全に回復させる義理はない。


「先生……」


目の前にいるのに、何かしてあげられることはない。そんな遣る瀬なさに、アーサーは奥歯をギリッと噛み締めた。握った拳に、赤い雫が、一つ垂れる。

 アーサーの美しい金色の瞳が、濁り始める。それを、オスカーが知ることはなかった。

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