恩師
葉月 陸公
処刑まで、あと7日
__ガシャン、と鍵のかかる音がする。
暗い地下牢を、レオは、ランプを片手に歩いていた。
時折、
どこまでも続くような長い階段をゆっくりと降りて行き、大きな鉄格子の目の前まで来ると、レオは、静かに、檻の中にいる人物に問いを投げかけた。
「気分はいかがですか、先生」
『先生』と呼ばれた男には、右腕がなかった。足には鉛が付けられている。彼は壁に背を預けながら、穏やかな声で
「最高の気分だね。死ぬ前に、弟子の元気な姿を見ることができたんだ。十分さ」
伏し目がちに、そう答えた。
レオは次々と溢れ出る思いを押し殺し、ぐっと息を呑むと、簡潔に、男に用件を伝える。
「……処刑の日が決まりました。七日後の二十三時です」
男は「そうか」とだけ返すと、左手でひらひらと手を振り、レオを追い払う仕草を見せる。が、しかし
「オスカー先生」
それでも、レオはその場から離れない。彼にはこの牢の中の男・オスカーに、どうしても聞かなければならないことがあった。
「どうして、魔王になったのですか」
自分が斬り落とした師匠の右手を見つめながらレオは問う。勇者と呼ばれていながらも、魔王を前に悲壮感を漂わせる彼に、オスカーは苦笑した。そして、失った右手を付け根を、反対の手で愛おしそうに撫でながら、静かに話した。
「目的は、昔から変わらないさ。ただ、平和な世界を夢見ていた。一つ、何かを間違えていたとするのなら、手段だったのだろうな」
平然とした様子のオスカーに、レオは拳を強く握り締める。ギリッと奥歯を噛み、終いには、堪らず声を荒げた。
「魔族と共に人を滅ぼすことが、世界の平和に繋がると、本気で思っていたのですか!!」
オスカーは答えない。ただ、ヘラヘラと笑っていた。レオは、それが『肯定』ではないことを長年の付き合いで理解した。それだけわかれば話は早かった。
「……時間がありません。ただ一言、『魔族に操られていた』と言うだけで良いのです。僕は、貴方を失いたくない。全てが嘘だったと、証言してくださいよ」
懇願するようにして、レオは鉄格子を掴み、彼に言う。自分と師匠との距離は数メートルしかないはずなのに、こうしていると、やけに遠く感じる。この鉄でできた冷たい檻は、まるで、二人の心を隔てているようだった。それを証拠づけるかのように、オスカーは暫しの沈黙の後、
「断る」
決して弟子の願いを断ることのなかった彼が、初めて弟子の懇願を断った。しっかりとレオの目を見て。オスカーのその目に、レオは、弟子になる前の、まだ他人だった頃を思い出して、思わず息を詰まらせた。そして、鉄格子を握る拳に力を込め、感情のままに叫んだ。
「先生!!」
レオの想いは虚しく、彼に届くことなく、牢に反響する。最悪の未来を想像したのか、レオは青い顔で、ふるふると首を振り、必死に何かを訴えていた。愛弟子の、穢れを知らぬ青い瞳に、じわりと涙が溜まる。それでも、オスカーは黙って他所を向き、今度はレオを背にして寝転がった。
「過去に囚われるな。お前は、お前の為すべきことを為せ」
最後にそう言い残すと、それ以上、オスカーが口を開くことはなかった。レオは何度も何度も呼びかけてみたが、オスカーがレオの方を向くことはなく、全てが無駄に終わった。
レオの顔が、徐々に歪んでいく。完全に歪み切った時、レオはついに訴えを諦めた。一粒の涙を牢に残し、足早に、その場を去っていく。
足音が遠ざかり、弟子の気配がなくなった時、ようやくオスカーはレオのいた場所に目を向けた。その表情から読み取れるものはない。ただ、地に落ちた愛弟子の悲しみの跡に、軽くため息を添えるだけ……。
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