第21話

 ☆

「なあおいイアルヴィー、本当に大丈夫なんだろうな」

 

「ギルマスとマルーカさんのお墨付きなのさ! それにこのハンサムくんはあたしが使役したルナガルム三十体を数秒で全滅させたのさ!」

 

「おいおいまじか、だったら多分……大丈夫なんだろうな」

 

 俺らは現在ポホーラの街を出てしばらく歩いている。 どこに向かってるか聞いても教えてくれないし、ヨウシアさんは終始不安そうな顔をしている。

 

 対するイルミネさんはスキップしながら俺が渡した箱を大事そうに抱えており、鼻歌まで歌ってしまうほどにご機嫌なようだ。

 

 不安そうなヨウシアさんやアルちゃんと比べると、今のイルミネさんのテンションはよくわからない。

 

 困惑しながらも先頭をスキップしているイルミネさんについて歩くこと数分。 地下とは思えないほどに広々とした空間にたどり着いた。

 

 天井を見上げると夜星石がドーム状に広がっており、夜空を見上げているような錯覚に陥るが、実際問題ここは地下だし俺が見上げているのはただの岩板だ。

 

「ここら辺でいいかな?」

 

「あ、ああ。 周りに人はいないな?」

 

「安心するさ、ルナガルムとソルガルムに巡回させて人払いするさ!」

 

 どうやら目的地に着いたらしいが、この大きな空洞には何もない。 広さ的にも小規模な軍同士の合戦ができてしまうほどの広さがあるが、目立ったものは何も見当たらない。

 

 一体これから何を始めるのだろうか?

 

「それでは、僭越せんえつながらギルマスから送られたこの神聖鉄、早速使わせてもらうよ?」

 

「神聖鉄? 何ですかそのかっこいい名前」

 

「坊主、何も聞かされてないのか? 神聖鉄ってのは希少な鉱物で、そこらへんの鉄とは訳がちげえ。 神聖属性が宿った金属による傷は、神聖金属の成り立ちがわからない限り絶対に治らねえんだ」

 

「神聖金属の成り立ち? 何だかよくわかりませんな」

 

 俺はヨウシアさんの解説を聞いても全く理解ができず、首を傾げながら顔をしかめさせた。

 

 しかしイルミネさんはそんな俺たちの様子など全く気にした様子もなく、広々とした空洞の中心で喉の調子を整えるように、発声練習を始めていた。

 

「それでは、いくよ? 私が奏でる鍛造のセレナーデ。 開幕だ!」

 

 イルミネさんがそう告げた瞬間、ヨウシアさんとアルちゃんは一目散にイルミネさんから距離を取った。 俺は何も意味がわからないため首を傾げながら逃走した二人の背中を傍観した。

 

「え? 二人ともどうしたんっすか?」

 

「おいイアルヴィー! オメーさんあの坊主に何も教えてねえのか!」

 

「教えたら多分全力で拒否されるだろうから教えるなって、マルーカさんに言われてたのさ!」

 

「ちげーねー!」

 

 何だろう、二人の会話を聞いていた俺は無性に寒気を感じた。

 

 恐る恐る熱唱中のイルミネさんに視線を戻す。

 

「鍛治の場所を求めて 鍛治の道具を望む

 炉のために土台を探す ふいごのために場所を

 この土地の領域に この空洞の中心に」

 

 『六小節の呪歌? いいやまだね、これはほんの序章ってところかしら?』

 

 足元から軽く振動が伝わってくる、するとイルミネさんの目の前には鍛治の炉が出現した。 大きさ的には大したことはない、そこら辺の炉と同じだろう。

 

 『おそらく今の呪歌はあの炉を出すための呪歌ね』

 

 ピピリッタ氏の解説が脳内に響いてくる。 俺はすかさず先ほどの疑問をピピリッタ氏に聞いてみる。

 

 『ところでピピリッタ氏、神聖鉄って何?』

 

 『神の加護を得た特殊な鉄ね。 あんたの感覚で分かりやすく説明するなら、かなりレアなアイテムよ』

 

 『オリハルコンみたいな感じ?』

 

 『下手すりゃそれよりも上ね』

 

 『おいおいマジかよ? そんな希少なアイテムを俺は今までバックパックの中で管理していたのか』

 

 思わぬ事実を知り目を見張ってしまうのだが、必死の逃走を図っていた二人の姿はすでに豆粒のような大きさになっており、いまだにイルミネさんの背後で突っ立っていた俺たちに向かって大声で注意勧告してきた。

 

「おい坊主! 神聖鉄を使っての鍛造だぞ! 失敗したら洒落にならんから早く距離を取れ!」

 

「爆発でもするのかな?」

 

 俺はヨウシアさんの叫び声から何となくヤバそうな雰囲気を感じとるが、すでに遅かった。

 

「おやおや、今回も失敗してしまったか」

 

 そんな呟きが逃げようとし始めた俺の背後から聞こえてくる。

 

 この一言が、絶望が始まる合図だった。

 

「は? ちょ? え? 待って待って待って待って何じゃこりゃ!」

 

 『これはマジで洒落にならないわよ!』

 

 イルミネさんが歌い出した炉の中から、山のような大きさの化け物が出現した。 全力ダッシュで距離をとりながら振り返ってその全貌を把握する。

 

 炉の中から次元を捻じ曲げているかのような雰囲気でまずは鋭い爪を生やした巨大な腕が出てくる。 この時点で炉よりも大きかった。

 

 炉から出て来た体の一部が風船のように巨大化していき、その化け物はみるみるとその全貌を明らかにしていく。 まるで、その化け物は小さな山だ。

 

 全身を黒鉄色の鱗が覆っており、背中からはたった一振りで突風が発生するほどの巨大な翼。 筋肉が発達した後ろ足と丸太のような前足、薙ぎ払われたらひとたまりもなさそうな強靭な尻尾。

 

 そして長い首の先には鉱石のような角を生やし、黄金色の瞳を輝かせた凶悪な顔面。

 

 これは俗に言う、ドラゴンである。

 

「何で急にこんなバケモンが出てくんだよ!」

 

「神聖鉄を炉に突っ込んだんだ! 失敗したらそりゃあこんぐらいのバケモンが出るに決まってんだろ!」

 

「意味わからんけど何となく状況はわかった! けどさー、そう言う大事なことはもっと早く説明しろよ!」

 

 ここまでの状況を整理するとこう言うことだ。

 

 イルミネさんは呪歌で炉を出す。 そしてその炉に希少アイテムを入れるとその希少さに応じたアイテムを鍛造できるのだろう。

 

 しかし、失敗すれば希少さに応じた凶悪な魔物が現れる。

 

 つまり、神聖鉄をあの炉に突っ込んだイルミネさんは、鍛造に失敗してあのドラゴンを召喚してしまったのだ。

 

 そしてここまでその事実を黙っていたと言うことは、ギルマスやマルーカさんの思惑を何となく察することができた。

 

「なるほどな、ギルマスとマルーカさんは元々知り合いだったんだろうな。 そんでもってあのイルミネさんに神聖鉄を鍛造させたかったが、危険だから先送りにしていたと」

 

 『そんな冷静に解説してないであのドラゴンどうにかしなさいよ!』

 

「それもそうだが、ここ地下だけど全力で戦って大丈夫なのか?」

 

 ドラゴン相手の戦闘だ、地下である以上上空に逃げられる心配はないが、俺が全力で攻撃をした場合その余波で崩落する危険性がある。

 

 相手にとってはそんな心配全くしていないようだが……

 

 こんな思考をしている最中でもドラゴンはその巨躯からは想像もできないような速さで尻尾を振り回してきた。 尻尾の太さはまるで樹齢数千年の巨木並み、かなり高めにジャンプしないと避けられないが、空中では身動きが非常にとりずらくなる。

 

 だから、全力で防御一択!

 

 尾が直撃するタイミングで全身に力を込め、両手をまっすぐ突き出して受け止める。 想像以上の威力だったため踏ん張りが効かず、地面に足がめり込む。

 

 吹っ飛ばされないよう両足に力をこめると、地面がバリバリとガラスのように割れてしまった。

 

 しかしさすがはドラゴン、力が尋常じゃないため吹き飛ばされないまでも俺の体はずりずりと引き摺り回されてしまう。 踏ん張り続けること数秒、ようやくドラゴンの尾から伝わる力が弱まったため、そのまま尾を掴んで思い切り背負い投げた。

 

「チェストぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

 

 空洞内に激しい縦揺れが響き渡り、背中から叩きつけたドラゴンが地面にめり込み、悲鳴をあげる。

 

「嘘だろ! あの坊主何者だ! ドラゴンの尾を、素手で止めやがった!」

 

「しかもあの巨体を投げちゃったのさ! 正真正銘の化け物なのさ!」

 

「素晴らしい! 冒険者くんは一騎当千の大英雄様だったのかな?」

 

 炉の近くでは素知らぬ顔で俺たちの戦いを傍観するイルミネさん。

 

「この化け物を召喚した本人さんは、こいつをどうにかできないんすか?」

 

「面白いことを聞く冒険者くんだ。 それができたら今頃、ボクは自分の好きなタイミングでレアアイテムを鍛造しているさ!」

 

 清々しい笑顔でバカみたいなことを言ってくるイルミネさん。 ドラゴンより先にあいつを殴るべきだ。

 

 イラッとしながら腕まくりをしていると、地面にめり込んでいたドラゴンがのっそりと起き上がる。

 

「さあ冒険者くん、第二ラウンド開始だよ? 姫のようにかよわきこのボクを、王子様のように守ってくれたまえ!」

 

 ドラゴンが臨戦体制に入る前に、俺はイルミネさんにヘッドロックしながらこめかみにぐりぐり攻撃を喰らわせた。

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