#5
苦虫を潰したように笑う私は、せめてもの反論として「そうやって私を責めても、一朝一夕で気持ちは変わらないよ」と開き直ってみせた。
「卵が先か、鶏が先か……って言うじゃん?ほら、気持ちと結婚が前後しただけって思えば、そんなに苦しくないかなって言いたかったんだよ」
優しく私を諭す彼は、宝石に例えるならダイヤモンドだろう。誰にも好かれる眩しい笑顔と、上品さを合わせた理想の王子様。財も名誉も美貌も天に与えられた彼にそう言われて、まず嫌な顔をする女なんてどこにもいないだろう。
「苦しくない、なんて酷い言い方……和樹さんは恋をした事が無いの?」
「あるよ」
呆れて言い返した私の声に被さるくらいの速さで答えた彼の眼差しは、痛いくらいに鋭利で我儘な私を射抜く。
「惚れてからずっと待ってたんだ、今日という日を……そしてこれからもずっと」
噛み締めるようにゆっくりと言葉を紡いだ彼は静かに私の顎に手を添えて持ち上げると、まるでガラス細工に触れるように優しく額に口付けを落とす。私は抵抗することもせず、なされるがままで何も言わなかった。いや、言えなかったのだ。心では実らぬ恋に身を焦がしているように思えるのに、体では和樹さんの寛大な愛情に漬け込んで甘えてる。
「本っ当……大っ嫌い」
「えっ……俺の事?」
「違う、私の事」
パレッドの絵の具を全部混ぜたようにぐちゃぐちゃな感情を放棄した私は、「酷い女でしょ?」と自嘲した。
「そう……だね」
雨雲の切れ間から差し込む日光みたいに輝く笑顔を溢す彼の手が、顎から伝って私の頭へ昇ると、髪の毛を撫でる掌に慈しみが込められる。
「俺は先に式場に行くから……じゃあ、また後で」
軽やかに踏み出した彼の後ろ姿を見送りつつ、私は和樹さんの白いスーツに、草臥れたビジネススーツがお似合いの貴方の背中を重ねる。
「……すぐじゃなくて良いんだ。どうせ今まで待ってたんだから、ここまで来たら待ちついでだよ」
控室の扉に手を掛けた彼は、私を気遣うように小さく呟く。その心遣いに「ごめん」と答えることしかできない私は、心臓が雑巾搾りでもされているように激しく痛んだ。
人の声が消え、静謐なひと時に一人取り残された私は、呆然と控室の天井を眺める。真っ白な空間に吸い込まれるような気分で無心に見つめる私は、いつか貴方と過ごした他愛もな日々を懐かしく瞼に浮かべて瞳を閉じた。
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