頭のおかしいやつに絡まれてる件について

雨冠雫

第1話 善か悪か

この世界は不平等だが、生と死だけは平等に訪れる。

 俺達は、いつのまにかこの世界に生を受け、成長し、自我が芽生え、生きている今に存在している。

 それはいつから始まったのか、皆目検討もつかないが、いつの間にか俺達は人間が存在する社会のか中で、その一員として歯車となり時間を進めている。

 いつ来るかわからない最期のことなど意識もせずに、ただ目の前の人間関係や、生命を維持する行為を重ねる毎日。

 そんな日常も毎日連続していくと慣れが生じ、人間はただ退屈を消費していくことを受け入れ、同じ繰り返しの毎日を惰性で生きるようになる。

 もちろん、目的意識を持ち日々努力を重ね、有意義に過ごす人間も多数いる中で、俺はただなにもない日常を、ただ空虚に過ごしている高校2年生の春。

 俺の人生で初めて母親以外の女と話す機会が訪れたのである。

 それが、放課後の学校の図書室での出来事であった。

「何読んでるの?」

サラサラとした黒髪ボブの女が、俺の読んでいる本を覗き見しながら急に声をかけてきた。

「ラノベだけど」

「ラノベ好きなんだ。アニメはみるの?」

「アニメは毎クール5個は見ている」

 俺は二次元では女が好きだが、三次元の女とは話が合わないと思っているため話す機会がまずないのである。

 だから、この会話は俺にとって予想外であり、三次元の女に興味のない俺にとって初めて興味を抱いた女に該当する。

「私、アニメが好きなんだけどなかなか話せる人いなくて。友達欲しかったんだよね。名前なんて言うの?」

「俺の名前は瑠璃川るりかわかける

「翔っていうんだね。私は神崎かんざきるな。よろしくね」

 この時までは、三次元で俺のことを理解してくれる初めての女になるのかなと思っていたが、そんな淡い希望を打ち砕く展開がこの後待っている。

「ねえねえ、重病を患っている患者が死ぬことは善であるか悪であるか。どっちだと思う?」

 唐突にそう聞いてきたものだから、俺は咄嗟とっさ

「悪なんでないか。なんだその唐突な話題は」

「アニメとか見てる人の変わった意見が気になったんだよね。私さ、そういう話する人がいないから」

 もしかして、こいつ、めんどくさい系統の人間なのか。

 かわいい女の子に話しかけられてラッキー。と思っていた時代が僕にもありました。【完】

 なんかめんどくさい展開になりそうなので、俺は帰りの身支度を始めようとしたが、この女。

 俺の腕を掴んで拘束し、俺の帰りを全力で阻止してくる。

「どうしたの?まだ時間あるよね?そんな急に帰ろうとしなくてもいいじゃん」

「帰ってアニメをみないといけないからな」

「そんな、今日更新のアニメ、いいのないでしょ」

 今日は火曜日。今日更新のアニメは特にチェックしてるものがないので、帰っても手持ち無沙汰なのである。

「ラノベを、今読んでいるラノベを帰ってゆっくり読もうかなと思ってだな」

「それよりも、さっきの話の続きしよ?」

 だめだ。こいつは一度言い出したら聞かないタイプの人間だ。そう確信し、俺は帰りの身支度を諦め、こいつに向き合うことに決めた。

「重病を患っている患者が死ぬことは悪であるって言ってたけど、どうして?」

「患者がその家族や友人にとって重要な存在であり、残された人間に深い悲しみをもたらすからだ。それに、患者が生きることを望んでいる場合、死ぬというのはそれに反することになる。だから悪だと俺は思う」

 俺は他人に対しては親切にしていきたいという心情があるため、変なやつに絡まれた場合でもなるべく受け答えしてしまう性質がある。

 それが、この悲劇の幕開けとなることも知らずに。

「じゃあ、本人が重病で苦しむ場合は、死ぬことは悪であるって思う?」

「その場合であっても、死ぬことは倫理的に反する。ここでの倫理とは、個人が自己と他者との関係や社会全体との関係を考え、その行動を調整する役割の意味だが。まあ簡単に言えば、生きれる可能性があるならば、生きる選択を取るべきだということだ」

「じゃあ、生きることにどうしても執着する思想のタイプの人間なんだね」

「これが、世間一般では普通だと俺は思っているが、お前は違うのか?」

「私はね、苦しみながら生きながらえるよりも、死んで今痛みや苦しみから開放される方が善であると考えるよ」

 そういう意見があったか。俺は命は消えたらもう二度と存在することができないから、できることなら存続する選択肢を取ったほうがいいと考えるタイプだから、その当事者がどう感じるかというのをおろそかに考えていたかもしれない。

「まあ、本人がそう望むなら、それも善であると言えるのかもしれないな」

「でしょ?」

 神崎は、少し笑みをこぼしながら席を立つ。

「じゃあ、私は今日は帰るね。また付き合ってね。ばいばーい」

 そう言い放って、嵐のように消えていく神崎。図書室に残される俺。

 久しぶりに母親以外の女と話したから、神経がすり減った感覚を覚える。

「神崎か……」

 神崎は同じクラスにいた少しかわいい女だと思っていたが……

 実際は、少し面倒くさい変な女であった。

 別に、ちょっとかわいい女と話せて嬉しいとかそんな感情は1mmも持っていない。断じて持っていないのである。ただ、嫌いではない、ああいう女は。

 今日の図書室の出来事を思い出しながら、帰路につく。

 まさかクラスにアニメをみる人間がいるとは思いもよらず、少し嬉しいという感情が灯る。

 しかも女で。珍しいタイプだなと感じる。

 まあ、話しかけられたら話してみるのもありかなと思いながら、俺は寝床につくのであった。





 

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