第6話 予知夢
最近、妙な夢を見る。夢というよりは現実の方が妙なのか。目覚ましが鳴るより前に汗びっしょりで目覚め、直前の夢を思い出すことが増えた。その時思い出した夢は、なぜか必ず近日中に起こる出来事を予知している。
初めの予知は些細なエピソードから始まった。抜き打ちの小テストのある日に消しゴムを忘れて登校し、大騒ぎした末、隣の席の女子に借りる、という夢…そして現実だ。
それをきっかけにその女子とはそれなりに仲良くなった。私はもともと休み時間にも一人自分の席で読書に耽っているような女子高生であり、夢の話を共有できる知り合いも全くいなかったから、平凡な日々の中の珍しい思い出として、ある日その子に打ち明けてみたものである。
「夢の中に私が出てきたの?」
「そう、なぜか。一回も喋ったことないのに」
「ひどい。何度か会話したことはあったよ。なんだ、覚えてなかったか」
言葉の割に彼女はケラケラと軽く笑い、そこでこの話はおしまいになった。
しかし、予知夢の規模は徐々に大きくなっていったのである。
ある時は、五万円分の紙幣が入ったままの財布を拾う夢を見た。現実になった時はひどく狼狽した。隣に彼女がいなければ、意志の弱い私の主人格が悪魔の人格の囁きに負けて、そのまんま財布を持ち帰っていたかもしれない。
財布を落とした人、困るだろうね、と彼女が言うので、なるほど確かにと思って後ろ髪引かれながらもそれを交番に届けた。後々落とし主が見つかって、大層ほっとしていた、という話をお巡りさんから聞き、私自身もほっとした。間違えずに済んでよかった、と。
またある時は、家のエアコンと給湯器が暑さで全部ダメになる夢を見た。翌週は夢と同じように現実も大層な暑さの夏の日だったから、家族全員で路頭に迷い、私は学校の帰りに彼女にアイスを奢ってもらって人ごこちついた。
運がないねえ、なんていつもの通りのんびりした声で彼女が言い、ほんまそれ、夢に見るくらいならこの未来を回避できればいいのにね、と話したあたりでバス停について、彼女とは別れた。
その日のうちにガス会社とエアコン業者に連絡が行き、なんだかんだ翌日には直っていた記憶がある。風呂に入れなかったその日には家族で近所の大浴場に出かけ、それが結構楽しくて、学校で彼女に「憂いあれば喜びあり、ってやつだ」、なんて軽く笑われた。
またまたある日は、彼女とひどく喧嘩する夢をみた。恐ろしくて恐ろしくて学校を休んだ私に、放課後わざわざ見舞いに訪れた彼女は「そんなことで私たちの仲が終わるわけ、ないじゃん」なんて言って怒った。私は私でひどくうろたえて、「だって、今まで友達がいたことなんてなかったから、不安だったんだよ!」と怒鳴り返した。
その翌日は学校で顔を合わせてもお互いなんとなく気まずくて、やっぱりどうやっても予知夢は変えられないのか、と授業中もぐるぐる考えては頭を抱えていたが、放課後、下駄箱で待っていた彼女に必死の形相で「ごめん」と告げると、彼女はヘラヘラと笑って「喧嘩もたまにはいいもんじゃん?」なんて言ってのけたものだ。
そんなこんなで、予知夢の影響範囲とそれがもたらす作用は、私基準で言えば少しずつ、少しずつ大きくなっていった。
不安だった。いつか取り返しのつかない夢を見て、もしそれが予知夢だったら。
そもそもなぜ私にそんな力が宿るに至ったのかもわからない。今の所実害が出ていないだけで、何か恐ろしいことを引き起こす予感がひしひしと、した。
彼女が「一応検査でも受けてみたら? 安心できるかも」と言うので、藁にもすがる思いでネットのレビューで高評価を受けている大学病院に行くと、対面に座った中年の男の先生は「うーん」とか「えー」とか明らかに言いづらそうに言葉を噛む。
「まず、言っておくけれど、君のそれは病気ではないよ」
「病気ではないけど…何かあるってことですか」
「察しがいいな、今時の子ってみんなこうなのかな」
あっ、これって今時モラハラになるのか。そんなつまらない冗句を交えてヘラヘラ笑う医師を、隣に控えてメモなどをとっている看護師が軽く小突く。医師は軽く咳払いをしてから、続けた。
「結論から言うと、君の症状は僕らの領分ではどうしようもない。ただ、治せる人はいます」
「え、それはつまり…」
「そう、超常現象には超常現象の専門家がいる。君さえ良ければその伝手を紹介するけど」
「う、うーん…!」
正直、ワケのわからないことに巻き込まれたという予感がひしひしとした。しかして予知夢をこれだけの頻度で見ている時点で、ワケがわからないも何もないものだ。
その日は副作用が少ない代わりに効能も大したことのない眠剤を処方され、まあこれは医者を頼ってもらったけど全く力になれないことに対する微力の抵抗です、なんてまたギリギリのギャグをぶっ込まれるのを適当にあしらって、帰宅した。
「で、また一週間後にその伝手の施術を受けることになったの」
『胡散臭さがすごい』
ベットに転がっての通話口に、彼女はいつも通りケラケラと軽く笑った。
『まあでも、ここんとこ夢の件でかなり消耗してるように見えたし、解決したらスッキリするんじゃない? 怪しい力でも頼ってみる価値はあるでしょ』
「そうかなあ、そうかも」
その日はそんなぼんやりした結論に終始し、慰め程度に処方された眠剤を飲んで、寝た。
夢を見た。翌日汗びっしょりで目覚め、「違う、違う」「これが予知夢のはず、ない」と繰り返し心の中で唱えたが、リビングから漏れ聞こえてくるニュースの音が、その現実を否応なく理解させた。
ーー先日から急接近していた彗星が、急に軌道を逸れて、今日夕方ごろ、地球に衝突する見込みです。
やけに淡々としたアナウンサーのその声と、昼間なのにチカチカと流れ星の輝く空は、昨晩夢で見た光景そのまんまだった。
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