強く、気高き者 終

 夜。お子様2人は夢の中。落ち着いて時を過ごせる貴重な空間。如月にとって対等な話相手ができたことは、本人の実感よりも大きな心の支えとなった。

「クォーダ。フィオの魔法についてなんだが―」

軽く酒を飲みながら、静かになった一室で一息つく如月とクォーダ。如月とてフィオの唱えた魔法が異質のものであることには気付いていた、なんとなく・・・

「元運び屋の魔王のバカは相変わらずか?」

クォーダも子供の寝静まる時間帯を待っていた。

「恐らく、下界には一度たりとも堕りてきてはいない。ずっと魔界に籠りっ放しかな。」

「全く・・・たまには遊びに来いってんだ。」

「それが難しそうなので、こちらから遊びに行ってやろうというわけです。」

「ああ、そうだったな。所で・・・・・・あのバカ、女装趣味なんてあったか?」

予想だにしない質問だったが、クォーダが下らない冗談を言うような奴ではないということをよくよく知っている如月は真剣に返した。

「俺の知る限りはないな。ただ、隠れて独りでこっそりと、という可能性もゼロではないだろうけど。どうしてそんなことを?」

「妙な噂を耳にしてな。外を歩いていると、たまに黒魔女なんてのが現れるらしい。」

「くろまじょ・・・訊いたことないな。」

「全身黒ずくめで、眼鏡をかけて、魔法を唱えるんだと。酒場も黒魔女注意みてぇな警告文が張り出されててよ。正体は分からねぇが、とにかく強ぇらしい。」

嬉しそうに語る所は少し前と全く変わりない。一戦交えたいのだろう。

「ふ~ん・・・どっかのダンジョンの中ボスとかではなくて―」

「いや、その辺の道端で会えるらしいぞ。なんと、黒魔女に遭遇した勇者は100パーセント教会送りだとさ。」

「勘弁してほしいな。」

 結局、質問の答えは導かれなかったし、黒魔女が何者かも分からず仕舞い。ただ、こうやって飲む酒は、やはり美味い。




 心を無にすること、私念を殺すことが徳とされた時代。泣く事も心を乱す事も悪とされた。世の為人の為に命を賭けることが至高の徳とされ、賭けられる者に至上の名誉が賜与(しよ)された。そしてその名誉を拒むことは、その村その町その国で、人として生きていく事を拒否する事と同義であった。

 世の為人の為等という上辺だけの大義名分をいくら呪ったか。幼き娘との別れに心を痛めない母親がどこにいるものか。たとえ世界を守る為だとしても。たとえ娘が勇者だとしても。同慶の思いなどこれっぽっちもない。あるのは恨みの感情だけ。魔王に対してだけではない。娘を連れ去る人間に。けれども涙を見せる訳にはいかなかった。母の涙は必ず娘に伝わるから。娘の手本となれるのは母親だけなのだから。

 

 お母さんがそう言うから。娘にとって自分の判断など二の次。母親の言付けが全てであり、絶対なのだ。母親が全であり正。母親の望む姿であることが自分の仕事。だから母親の言う通り勇者として旅に出る。魔王を倒す。そうすれば家に帰ることができる。行かなくてはならない。良い子でなければならない。言う事を訊かなくてはならない。そして、泣いてはいけない。


 魔王対勇者の構図を崩してはならない。この対立が壊れれば、この世界の経済は路頭に迷うことになろう。武器も防具も道具も、全て勇者がモンスターと戦うからこそ需要が生まれる商品。完全なる平和がもたらすものは安心でも安全でもなく、ルナの回らない世界。それは完全なる平和を破壊する最も深刻な武器となる。そして強さを持て余す勇者達が大なり小なりの罪を犯し続ける世界。

 普段は温厚な勇者―きっかけは何でもいいのだ。仕事が思うようにいかない。馬車に泥水をかけられた。カジノで負けた。天気が悪い。眠い。ダルい。ウザい。それだけのことで力を誤った方向に用いるのだ。だから神は人に力を与えなかった。過去、幾度となく同じ歴史が繰り返されてきた。今回こそはという期待と希望は裏切られてきた。それでも現魔王は、魔族無き世界を理想とした。真に強い勇者だけが進めるように、真の勇者だけを導くようにして。


 時を同じくして事件が起こる。魔族が魔王の想定を超えて強化、狂暴化されたのだ。適正レベルのそこら辺の勇者では歯が立たないレベル。このような地域では武器や防具の売れ行きが大きく鈍ってしまう。勇者の屍がアイテムを買うことはないし、その圧倒的な力の差を前に、戦闘自体を諦めてしまう。そうすると、ルナの流れが、勇者に依存していたルナの回転が止まってしまうのだった。

 魔王を滅ぼさんとする勇者といずれは従わんとする魔王。加えて、それを阻止せんとする魔族―魔族を滅ぼし勇者を生かす―が造られた。名を黒魔族という。その創造主が華だった。

                                             【強く、気高き者 終】

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