強く、気高き者⑪
さて、まずは闘技前の挨拶、兼、ルールの確認。闘技中央に審判、そして両陣営が集合する。審判がルールの簡単な説明をしているが、しっかり耳を傾けているのはフィオだけのようだ。そしてちょっかいを出してきたのは国王チームだった。
「ほほ~。なんとも珍妙な組み合わせだことで。随分と可愛らしい勇者様だ。」
「お前さん方の相手は俺一人だ。コイツはまぁ、見学みたいなもんだな。」
「それはこちらが決めること。必要とあらばそちらの勇者殿を遠慮なく仕留めさせて頂こう。」
「ふん、勝手にすればいいさ。俺は一向に構わん。」
「それでは闘技を始めます。」
闘技開始直後、クォーダが両国王に向けて何やらブツブツ言っている。その発言を一字一句漏らすことなく披露することは、さして長くもないので可能には可能なのだが、あまりにも品性に欠けるので想像にお任せしたい。おそらくはその斜め上を行く内容であるが、クォーダの発動した特技に一応の敬意を表して伏せておく。特技『超挑発』。その効果は敵の全ての攻撃を自身に向けさせるというもの。その効果は直接単体攻撃に限らない。全体攻撃や全体魔法にも適用される。磁石のように全ての攻撃がクォーダに吸い寄せられる。これによってアルカレスト、アルベルト両者の攻撃対象がクォーダ一択となった。こうしてクォーダが立ちはだかる限りフィオの安全が保障され、2対1の戦況がいとも容易く整った。
魔狂戦士。戦士系ジョブの最上級職のひとつ。戦士系ジョブ最上級職のひとつ。魔法は一切使えない、近接攻撃のスペシャリストである。クォーダの見た目から察すると脳筋野郎のパワーファイターという印象が強いが力(りき)・速(そく)・防(ぼう)という近接戦闘に必要な基本要素はいずれも高水準。最上級職の名は伊達ではない。また、身体を張って味方を守ったり、全体攻撃や単騎集中攻撃の特技も有する万能戦士と言えよう。
そんなクォーダの装備品は実にシンプルだ。『フェーダの胸当て』に『折り紙のお守り』、そして斬竜刀『豪魔』。特筆すべきはやはり斬竜刀であろう。ドラゴンを真っ二つにするために造られた神器。その見た目は剣という体をなしておらず、一畳の床畳に取っ手を付けた様相の無骨な形状をしていた。その刃は『魔煙石』と呼ばれる素材からできていて、魔界の砂を特殊な手法で固めた人間界では手に入らない代物のはずである。
闘技が始まり、挑発が終わり、2人の剣士が同時にクォーダに襲い掛かった。両手で斬竜刀を構えるクォーダに対して、片手剣を手に颯爽と間合いを詰める二人の国王。どちらの小回りが利くかは明白。加えて2対1の戦い。攻防の主導権を握ったのはやはりアルカレスト、アルベルト兄弟だった。これに対して、距離を縮められても動かないクォーダ。まるで打ち込んで来いと言わんばかりに大剣を構え、そこへ幾度も幾度も連続で斬りかかる国王。目にも止まらぬ太刀筋。一太刀、一太刀は軽い一撃だが、だからこそ絶え間ない連携が可能。一方的な展開に観客もヒートアップする。怒号にも似た歓声の中で、甲高い金属音が響き渡る。兄弟だからという理由だけでこれほどまでに見事なコンビネーションは繰り出せない。もしも自分があの場に立っていたらと想像する如月。とても捌き切る自信はなかった。
それでもアルカレスト、アルベルト両剣士を上回るクォーダ。幅の広い大剣を盾にしながら、さすがに前進はしていないようだが、後方もしくは左右に動いて捌く、弾く、受け流す。まるで稽古をつける師範の様。華麗という表現が決して不適切ではない身のこなしだった。時間が経つに連れて、両国王の攻撃に熱狂していた聴衆が次第に静寂をまとっていく。そしてボルテージを合わせるように連撃の回転が鈍り、止んだ。
「ふぅ・・・爺の割にはやるじゃねぇか。思ったよりずっと速いが、軽い。」
「軽さを手数で補う手筈じゃったんだがな。」
「俺が攻撃の手本を見せてやろう。アルカレストが盾だったか?しっかり構えろよ。」
クォーダが攻めに転じる。
「アルベルト、後ろへ。」
そう言ってアルカレストは剣を納め、盾を構えた。弟のアルベルトも兄の背後に指示通り身を隠す。
「いくぜ。」
特に感情を込めることなく宣言したクォーダは大剣をゆったりと上段に構え、振り下ろした。それだけの簡単な攻撃。すると穏やかな、そよ風の様な風圧がアルカレストの盾をそっと押した。若干の手応えを、盾を持つその手にアルカレストが感じたと同時に、攻撃の本陣が襲い掛かった。『豪衝波(ごうしょうは)』。隙だらけの強撃から放たれる闘気。対象を斬るのではなく、吹き飛ばす一撃だ。クォーダの一発を受けたアルカレスト及び、後方で控えていたアルベルトは、共に闘技場の端まで吹き飛ばされ、石造りのフェンスに減り込んでしまった。
水を打ったような闘技場。耳障りな位に元気だった実況者も声が出ない。審判も呆気にとられていた。決着なのか。けれども闘技終了の宣言はなし。それならばと、クォーダがゆったりと歩き出した。大剣を肩に担ぎながらいつでも次の一発を放てる格好で、2人の剣士の方へ向かっていく。石壁の前で倒れたまま動かないアルカレスト、アルベルト両王。いや、動こうと、起き上がろうとしているが体が言うことを訊かないようだ。その様子を見てか、静まり返っていた城内が騒(ぞめ)き始める。そこからは早かった。容易に伝染した狂気が観客を動かし、一斉に城内へと雪崩れ込ませた。一時と言えど静まり返っていたとは思えぬ怒号に包まれる闘技場。観客の目的は両王の護衛か、クォーダを討ち取ることか、はたまた賭けの御破算か。
「フン、馬鹿共が―」
暴挙を前にしてもただ鼻を鳴らすだけのクォーダ。楽しみが増えたと言わんばかりに笑みを浮かべた。
「チッ、まずいな。」
混乱を前に舌打ちをしたのは如月。ラビと一緒に観客席で観戦していた如月も闘技城内へ乗り込もうとする。それをラビが止めた。
「放っておけ。クォーダの奴なら何百人相手でも問題ない。すぐに片付く。」
「クォーダのことはこれっぽっちも心配していないさ。戦いに関しては間違いなく天才だよ。でもそれ以外のことについては、戦いの分を差っ引いてもマイナスを叩き出すほど大馬鹿だからね。」
「うむ。その点に関しては異論はない。」
「フィオも守らないと。大人しくしていたから狙われることはないとは思うが、ケガでもしたら大変だろう。」
「やれやれ、面倒なこった。私はどうすればいい?」
「フィオを守ってやってくれるか。」
「いいだろう。」
しかし、如月とラビが観客席から飛び降りた瞬間に状況が急変した。クォーダを光の結界が包み込んだ。遠目に、クォーダがキョロキョロしているのが分かった。反射的にラビを見る如月。憎まれ口を叩きながらもクォーダに援護魔法を唱えたのかと。けれども首を横に降るラビ。私は何もしていないと。すると別の光が如月の視野に入り込んできた。その光源はフィオ。クォーダからはかなり離れた位置のフィオが、クォーダの方角へ杖を向け魔法を放っていた。それは攻撃魔法の類ではなく、守護の結界だった。
クォーダの周囲に発生した謎の結界に暴徒の声と足が止まる。巨体の剣士が何か仕掛けたのかと警戒を強める。一方の結界に包囲されたクォーダも妙な光の正体を図りかねていた。自分を覆う光のベールに手をかざして何かを調べていた。
「なるほどな。こいつはなかなか・・・」
そう言って、遠くの小さな勇者に視線を送った。続いて倒れた2人の剣士がこれ以上戦闘が難しいであろうことを再確認。剣を背中に納めて戦闘の意思を消した。対戦相手に背を向け、結界を抜け、のうのうと術者の方へと歩き出した。途中振り返り、誰へともなく吐き捨てた。
「命拾いしたな。」
マジックポイントを使い果たし、ペタンと座り込んでしまったフィオ。その左右で如月とラビが心配そうに見つめる。そこへゆっくりとクォーダが到着した。
「お疲れさん。」
如月の労いに、オゥとだけ答えるがその視線はずっと勇者へ向けられていた。気付かないフィオ。するとクォーダは膝をついてしゃがみ、フィオの頭をゴシゴシ。そしてひょいと右肩に乗っけて立ち上がった。うわぁ~とクォーダの短髪の頭にしがみつくフィオだったが、すぐにバランスの取り方を覚え、安心して腰を据えるのだった。
「フィオ、だったな。なかなかやるじゃねぇか。助かったぞ。」
「うん。クーちゃんもカッコよかったよ。」
「く、クーちゃん・・・俺のことか?」
「うん。クーちゃん。」
近くを歩く如月とラビがニタニタしている。
「ま、いいだろう。」
凍り付いた闘技場を後にする4人。
「しょ、勝者、フィオ、クォーダ組・・・・・・」
実況者が辛うじて勝利を宣言した。
暴動に巻き込まれては敵わないと、足速に宿を目指す4人。闘技とはいえ、勝負とはいえ、ストーリー上のイベントとはいえ、国王をぶっ飛ばしたことに変わりはない。トラブルに巻き込まれるのは困ると帰路を急ぐが、いかんせんクォーダが目立つ。何もかもがデカすぎるのだ。武器も身体も、態度もスケールも。無事に宿へ到着するや否や「ちょっと出てくる」と独り部屋を出るクォーダ。単独でアルカレスト王から乗船券を貰ってきた。ちなみに剣と盾は使える奴がいねぇと置いてきたそうな。
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