episode.11 仲間のために
愛梨の頭に残る「仲間」という言葉。
それと同時に思い出された記憶の断片。そしてあずきの声。
『愛梨ちゃん!!』
(あの子は……どうして……)
魔導書を持つ愛梨は、前を走るシドウとあずきを追いかける。
ジャイアントオークは体が大きいから足は遅いのか、こちらとの距離が縮まることはなく、一定の距離を保つことはできる。
だが、体力の差はあるだろう。ワシの話しでは気が済むまで敵を追いかけると言っていた。
つまり、それだけ体力はあり、敵への執着心が強い。
しかし、こちらは人間と猫と鳥だ。ワシの背中に乗ったリスは体力が削られることはないが、ワシが限界を迎えたらリスの足ではすぐに追いつかれてしまう。
先に限界がくるのは間違いなく愛梨たち。
(天槍、あいりのポケット、かまいたち……)
愛梨は走りながら、何を使えばいいのか考える。
相手は巨大な体をしたモンスターだ。適当な魔法では倒せないかもしれない。
(確実は……天槍?でも、神殿ごと壊れちゃう。下手したら……みんな……)
ここで天槍を使うのは危険と判断し、愛梨は魔導書のページを捲る。
(かまいたち?なんでも切れるっぽいけど……)
天槍が危険ならば、攻撃できそうな魔法はかまいたちのみ。これなら神殿を崩さずに、ジャイアントオークを倒すことができるかもしれない。
倒せる可能性はあると分かっても、愛梨は魔法を使うことを渋る。
(切るんだよね……。生き物を?生きたまま……)
ジャイアントオークは有り得ない大きさをしているが、見た目は普通の猪だ。
現実世界では野生動物が発見されると警察や猟友会が対応にあたるが、この場にそんな人達はいない。
手が震える。
見た目は違えど同じ生き物だ。中身には何があって、それを切ればどうなるかなんて容易に想像できてしまう。
何度も何度も想像を振り払うが、リピート再生されているように脳内に嫌な映像が流れる。
ふと、愛梨は気付いた。あずきがシドウよりも遅れてふらふらと走り、ぜえぜえと息を切らしていることに。思っていたよりも早く限界がきているのかもしれない。
(…………)
愛梨は魔導書をぎゅっと握ると、走るのをやめて、くるりと体を反転させ、ジャイアントオークと向き合う。
「愛梨ちゃん!?」
愛梨の気配が遠くなったのに気付いたあずきが、後ろを振り返って叫ぶ。
どんどんと近づくジャイアントオーク。
愛梨の足が震えている。
両手で持っていた魔導書を、胸の前で抱えるようにぎゅっと持つ。
「大丈夫。一瞬だ。一言……それだけ……言えば終わる」
落ち着かるために、同じ言葉を何度も小声でつぶやくが、声が震え、早口になっている。
目線の先には、徐々に視界に収まらなくなってくるジャイアントオーク。
ジャイアントオークとの距離が縮まるのに合わせるように、呼吸は短く、早くなる。
両手に持つ魔導書を胸の前でぎゅっと、硬く、強く握る。
「……かまいたち」
喉の奥から絞り出した言葉。愛梨の思いを感じ取った言葉は、全てを切り裂く風へと姿を変えて、風切り音と共にジャイアントオークの体を吹き抜ける。
風が体に当たると同時に、ジャイアントオークは時間が止まったかのようにピタリと動きを止め――。
ずん。
声を発することも、苦しむこともなく、鈍い音と共に地面に横たわる。
土煙を巻き上げて、地面に横たわるジャイアントオークの体には傷もなければ、血が一滴も流れていない。
(倒した……?)
見た目では倒したのか分からない。気絶しているだけかもしれない。
しかし、ぴくりとも動かないジャイアントオークを見て、愛梨は倒したと確信する。
緊張が解けたのか、たくさん走って体力の限界だったのか、愛梨はその場に力なく座る。
両手を見ると、目で分かるくらい震えている。手の平はじとっと汗をかき、その汗が体温を奪って手が冷たい。
体温を奪われて寒いのか、全身が震える。震えを止めようと体に腕を回すが、手も震えているせいで、体の震えが止まるどころか勢いを増しているように感じる。
(心臓が……バクバクする……)
心臓の動きが早い。手を当てなくても、胸を見るだけで分かる。胸が心臓の鼓動に合わせて動いている。
目の前を見ると、眠るように横たわるジャイアントオーク。
脳内でリピート再生されていた映像とは全く違う景色が広がる。
「やったわぁ!!愛梨ちゃん!!」
「わ……!!」
後ろからあずきが飛び乗ってきた。すぐさま愛梨の胸へと移動すると、ふわふわの顔をこれでもかってくらい愛梨の頬に摺り寄せるあずき。
温かいあずきの体温が頬から伝わり、冷たくなった全身が温まるような気がする。
顔をぐりぐりと押し付けるあずきの頭を撫でる。あずきは嬉しいのか、喉をごろごろと鳴らす。
「……大丈夫?」
「それはこっちのセリフよ!!急に止まって心配したんだからね!!」
あずきの口から出る言葉は、文句を言っているように聞こえるが、声が笑っている。
笑った声で文句を言うあずきは、何度も何度も愛梨の頬に、額や頭を押し付ける。
ふわふわした毛並みが気持ちよくて、くすぐったい。
ふふっと愛梨は嬉しそうに口元を緩める。
「みなさん!!大丈夫ですか!?」
愛梨たちよりも結構先を飛んでいたワシがすっ飛んできた。
倒れたジャイアントオークの姿を見て、ワシとリスは驚きを隠すことなく、動揺している。
何があったのかあずきが説明すると、二匹はまた驚いて盛大に声を出し、尊敬の眼差しを愛梨に向ける。
「愛梨さんって本当にすごいんですね!!」
「お、おいら、も……み、見直し、ました!!」
戦える魔法があったから使っただけ。それだけで自分は特別なことはしていない。それなのに、なぜこんなに褒められるのか愛梨には分からなくて困惑したが、喜んでいるならそれでいいかと、愛梨は緊張と疲れをふっと吐き出す。
ざり……ざり……
愛梨たちの喜びは束の間だった。
不気味な音が洞窟内に響く。
不気味な音が耳に入ると、きゃあきゃあとした楽しそうな声がピタリと止まる。
ざり……ざり……ざり……
その音は倒れているジャイアントオークから聞こえてくる。見ると、ジャイアントオークが立ち上がろうと、必死に足を動かしている。
「あ、愛梨ちゃん?どういう……ことかしら?」
「……わかん、ない」
愛梨たちが驚いている間にジャイアントオークは立ち上がり、鼻息を荒くして、鋭い目つきで愛梨たちを睨みつける。
前足でガリガリと地面を引っ掻く。その姿は、今にも突進してきそうだ。
「ぶおおおおおおおおお!!!!」
洞窟が崩れてしまいそうな程の怒り狂う雄叫びを上げたジャイアントオークは、愛梨たちに突っ込んできた。
愛梨たちは悲鳴を上げて、再び走り出す。
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