第3話 倉庫の中、よどみの中
『コインデック号』 …その船を構成する部屋たちを取り出して、右から左にズラっと並べてみる。と、一室だけ妙なのがあることに気付いた。他の箱たちはどうやらコロンの匂いだとか、ギラギラのスパンコールでも這いずってそうな雰囲気をカモし出しているのに対して、その箱はどうにも消毒臭い。豆腐のような無を感じる。
「じゃあな、ガキ。大人しくしてろ」
「あでゅ~!」
クマの強い女が『バタンっ』 一言残してドアから出て行った。ピカピカの文字板には『第一倉庫』 と刷られている。白い壁。メタルの箱。鉄檻。確かにそう言われれば倉庫にも見える。が、倉庫にありそうな雑多な感じは一切なく、むしろ統率の取れた、パズルゲームのような物の積まれ方をしていた。
「おいっ! おいッ! ふざけんな!! 出せッっつってんだろうがよぉ!!」
『ガシャン!』 檻の音が響く! 「もう! 何でデキてんだよこの檻はぁ!」 ここまで何度も足蹴にしてきた檻だが、新品同然に傷一つ付いていなかった。
「うぅ! …うぅ」
少年は、喚く疲れを感じ始めていた。つい黙りこくってしまう。「………」 倉庫に、明かりはついている。なのに、何故だか夜なんかよりずっと不気味で、死んだように静かだった。
「…あんのボケボケボケ~! 絶対絶対ゼッッタイ許さないからなぁ!」
騒ぎ立てる! 「マジでケーサツ! 絶対ケーサツに突き出してやる!」 意気込み、拳を握った。
『ケーサツはアテにならないなんて言ってたけど、やっぱ信じらんねー!』 考えてもみれば、ケーサツがこんな狂った船と癒着しているなど、ありえない話ではないか! 至った結論に、少年は少しでも信じてビビリ散らしていた自分を恥じた。体中が熱くなって、ポンポンと蒸気を噴き出す。
「そうと決めればとにかく電話! 誰か人に…いやその前にここから…んん? でもでもでも」
「おーい。ブツクサ言ってんなよ? お前」
すると、どこからか声が降って来る。「?」「さっきからウルセェんだよ。バカ。自分の運命くらいすんなり受け入れろ」 声は、尖った口調でそう言った。当然カチンとこない少年ではない。「あぁ!? どこの誰だよテメェ!」 イラ立ち返す! と、同時に、柵の間から外の景色を視線を走らせた。
「ここだよ、ココ」
「? …うわっ!」
「ハーイ。同胞ヨ。コンニチワー」
ぶらん…右上の方から、人間の手が垂れ下がっている!
褐色の肌に、伸びて先の曲がった爪。手はキツネのポーズを作って、コンコンと口の部分を動かしていた。「ハロハワユー? きゃっはっは! ビックリしたぁ?」 不思議なことに、声はまるで、本当にその手から出ているようだった。
「何だよ…! 別に、ビックリなんてしてないけどさぁ!」
「何だよッて? かッなしいねぇ、ずいぶん警戒されたもんだ。別に。ヒマだから少し話そうってだけじゃねぇか」
手はクルッと、まるでパペットのようにリアクションを取る。
「お前、デミだろ」
手は言った。位置的に見て、多分少年の右上らへんに積まれている檻から伸びているらしい。おかげで少年の視点から、本人の姿は見えなかった。
「すっげぇな~。初めて見えてないな~。見たいな~」
「んだぁ? 何が何だってぇ?」
「何が何が何だって~? そりゃあお前。自分を差し置いて目玉商品になった奴なんて、見てみたいに決まってンだろー」
「誰が目玉商品だ!」
「へぇ? 檻に貼ってあんだろ?」
「ホラ、左上の辺りとかさ」 そう言われて確認してみると「ん…」 確かに、ペラペラの紙が一枚、セロハンテープで貼ってあった。「なんじゃこりゃ」 少年はピッと剥ぎ取って、明かりで見やすいよう柵ギリギリに体を寄せて読んでみる。
『デミ・ヒューマン 正式名称:ヒト科ヒト族(♂)』
幼齢個体につき取り扱い注意。売り出し日 〇月△日(水)
※メイン、騒音注意
「デミ…???」
並ぶ聞き覚えの無い言葉。「なんだ? 読めない漢字でもあったのか?」 手はパーになると、「どれ、貸してみろ」 とチョキの2本指をクイクイやった。言われるがまま、少年は「んんんッ…」 柵の間から手を伸ばし、チョキに紙を渡す。
「ふぅん」 数秒して、したり声が聞こえてきた。
「やっぱり目玉商品じゃないか。デミのくせに嘘つきやがって」
「そのっ! デミってのが意味わかんないんだよ!!」
「だは! ナルホド。狂人のフリして逃げようって魂胆かい。騒音注意だなんて書き足されてる辺り、相当ホザいてたんだろうねぇ」
「ち・が・う! 俺はぁ! 別の世界から来たんだ!」
「…」
沈黙…後、「えぇ…そりゃないぜマイフレンド」 ドン引き。挙句の果て、友人に格が上がっている。
「狂ったフリするにしてもさ…もっとなんかこう…あるだろ?」
「あーーー! ハイハイ、もういいし。もういいでーす。もう話しません話しません」
「ちょっ待て! 分かった分かった付き合うよ。そのヨタ話」
「あ~~~ん信じてない~~~~」
「信じる! 信じる~~~~」
「……ホント?」
「ホントホント」
手は疲れ切ったようにダランと下げると、人差し指だけピンと立てた。「じゃあお前、ホントにデミって言葉知らねぇんだな? あぁもう。なんてガキだ」「うるせぇ! どいつもコイツもガキガキ言いやがって」「だってお前、典型的なガキって感じだもん」「キィ!」 奥歯を噛みしめる。
「いいかぁ? ズバッと聞きやがれ。デミは『半分』 。つまり、デミヒューマンは『半分人』 、な? 聞きそびれたんならもっかい言ってやるが?」
「聞いてるよ。でも、なに? 半分だぁ? 誰が?」
「お前が」
「ふざけんな! だーれーが半分だってぇ!?」
「ふぅん。じゃあその股のモンは何なんだよ」
「はぁ~~???」
突然の猥褻に、少年は面を食らう。「こりゃおま…アレだよ…」「へぇ! ホントに何かあんのかい。伝説上のザレゴトだと思ってた」 面白がるように、手は畳みかける。
「じゃあさじゃあさ。骨とか内臓が違うって、アレもホントウなのか? あと声。お前は高いが、どんどん低くなっていくもんなのか? それに手が四本あるとか成長するにつれて翼が生えるとか」
「おい、バケモンじゃねぇか! 後ろのヤツは知らねぇよ!」
「ほーん、じゃあ前はマジってかい。デミって変な生き物~。いや違うか? 異世界人って変な生き物~」
「テメェ…! やっぱり信じてねぇな…」
ギギギ…鉄柵を握り込む。「そりゃあな!」 手はあざ笑うように全部の指を反らした。「だがな…」
「どうしても信じて欲しいッてんなら、考えがあるぜ」
「あん?」 すると、ぶら下がっていた手が引っ込んだ。そして、『コリッ』 …一瞬音がした後で、サラサラと紙をさする音が聞こえる。
「ほら、受け取れ」
やがて、手はさっき渡したメモと一緒にぶら下がってきた。少年は手を伸ばし、またメモを受け取る。
「う…」 そこには、赤い滲みで円と、さらにその中で円を成す怪物が描かれていた。
「なんだよコレ…」
「ベツニナンテコトナイ絵ダヨ」
「へぇ、上手いな」
「お前、その絵の真ん中に親指を置いてみろ」
「真ん中?」
「ほら、その怪物の牙の辺りにさ」
「あぁ、こうか」
少年は自らの親指を、そっと怪物の牙に重ねた。
その…瞬間!
「イテッ!!」
小さな痛みが! 指先に走る!
少年は咄嗟に指を離し、すぐさま痛みの箇所を見た。静電気? にも近い痛みだったが、どうやら違うらしい。なにせ親指には、針で刺されたように小さな赤い点と、そこから流れる一筋の血があったから。
「…! なんだよコレ!」
叫んだのは、その血のせいだけじゃない。見てしまったのだ。
怪物が…少年の落とした血をベールのように纏い、渦を成して紙の奥に去っていく。
「んな…うぐっ…」
グルグル、グルグル…その様子を見ていると…意識が…一緒に…
『なんッだよ…これぇ…』
少年は地面に吸われるようにして、冷たい牢の床へと倒れ込んだ。
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