第3話 奴隷って言っても、もっとマシなもんがあるだろ!
くる日もくる日も、俺は全身で丸太のような棒を押し、一歩一歩進みながら石臼を回し続けていた。
どこへ進むこともなく、ただ石臼の外縁を回るだけの日々は、ひどく不毛なものだった。
小屋の中は昼間でも薄暗い。
粗末な小屋の屋根の隙間から洩れる陽の光だけが、一日の移り変わりを示す唯一のものだった。
――ここは、ほんとに異世界なのか?
たしかめる
俺は転生してから、一度もこの小屋の外に出たことがない。
こんなのが、異世界ライフと呼べるか?
この小屋にあるのは、以下のものだけだ。
大きな石臼。
俺を縛りつける鉄の鎖。
排泄用の穴。
横になって眠るための藁のかたまり。
食事は日に一度。
明らかに俺が挽いている粉とは別ものだろう固い黒パンと、料理のときに出たのだろう野菜くずだけ。
――奴隷って言っても、もっとマシなもんがあるだろ!?
そう叫びたかった。
そんな気力は一日で奪われてしまったが……。
あのメスガキ女神(腹が立つのでもう伏字を使ってやる気にもなれない)に奴隷に転生させると言われたときは、給料の出ない召使いくらいを想像していたが、そんな生やさしいものじゃなかった。
いまの俺は家畜以下の暮らしだ。
あのバーリィという大男が、麦の交換と俺のメシだけ持ってやってくる。
どうやらあの男は俺よりいくつかランクが上の奴隷兼用心棒のようだ。
無口な男で、俺がいくら話かけても返事もろくにしないから、想像でしかないが……。
あとは
そのとき俺はここから出してもらうよう懇願したが、もちろん聞き入れてはもらえなかった。
「水車を作る! そうすれば、こんな効率の悪い人力に頼らなくても、簡単に粉が挽けるはずだ」
そう提案もしてみたが、無視された。
口からでまかせだと思われたか、そもそも俺の言葉なんて一切耳に入れる気もないのか……。
まあ、俺も水車なんてもの作ったことはないのだが、前世の現代知識があればどうにかなると思っていた。
けど、願いむなしく、俺はただただ粉を挽く日々を送る。
必死になって、石臼の心棒を回し続けるしかなかった。
丸太のような棒を回す手には血まめができ、治療もままならずに潰れ、また新しいまめができる。
脚は棒のよう、なんて言葉が生ぬるいくらいだ。
一日が終わるころには、感覚がすっかり無くなっている。
どこぞの悪徳金融業者が債務者に課した地下強制労働のほうが、よほど人道的なくらいだ。
異世界転生したなんて実感はまったく湧かない。
地獄に落とされたと言われるほうが、まだ分かる。
昔話では、両親より先にあの世に旅立った幼子は賽の河原で朝も昼も石を積み続けさせられるという。
積みあがろうとすると、鬼がやってきて石の塔を壊し、最初から積み直しだ。
いまの俺の
なんで俺はこんな手ひどい扱いを受けながらも、全力で働いているのか?
サボることなく、石臼を回し続けるのか?
さっきも言ったとおり、巨漢のバーリィは俺に何もしてこない。
フラウアがやってくるのも、俺をあざけるためだけで、仕事ぶりを監督しにきているわけじゃない。
孤独な小屋の中では、俺が一生懸命働いているかどうかなんて誰も見てはいなかった。
鞭が飛んでこないことだけは、不幸中の幸いと言えようか。
それでも俺は、全力で石臼を回すしかなかった。
その理由は、俺をつなぐ鎖にある。
いかにも原始的で野蛮な鉄鎖に思えたが、これが俺の働きを監視する役割を持った魔道具だったのだ。
フラウアが自慢たらたら、そう説明した。
「いい? ご飯を食べて横になりたかったら一日千回、この臼を回しなさい」
「千回!? そんなムチャな……」
「できないなら飢え死にするだけよ。その鎖はね、あなたが千回臼を回したときだけ外れる仕組みになっているのよ」
「……どういうことだ?」
最初、俺はフラウアの言葉の意味がうまく飲みこめなかった。
だが、すぐにその真意を嫌というほど思い知らされる。
フラウアの言い放った「体に分からせる」とはこのことか、と理解した。
排泄のための穴は、鎖の届く範囲にある。
だが、バーリィは俺のメシを、必ず鎖の届く外に置いた。
俺は千回臼を回すというノルマをこなさない限り、食事にはありつけず、鎖が邪魔で横になって眠ることもままならないのだ。
あまりにも非人道的な装置だった。
いっそ人が見張っているほうがまだ温かみがあるくらいだ。
一周臼を回すのに、体感で一分弱かかる。
もちろん、疲れてくればその速度も落ちる。
千回を回し終えるまでに、最初の頃は18時間以上を費やした。
回し終えれば鎖が外れ、ゴミのような食料をむさぼり食い、藁の上に倒れ込むように眠る。
脱走なんて、考えるだけムダだった。
鎖は外れたものの、小屋のドアには鉄格子がはめられている。
壁は石造りで、叩いたくらいでビクともしない。
地面を掘るという手もあるかもしれないが、道具もない。
そもそもが、臼を回し終えた俺に他に何かする気力は一切残っていなかった。
起きたら、バーリィが俺の体に鎖を再びはめ、小麦を臼にセットし、届かないところに食料を置く。
ずっとその繰り返しだった。
バーリィはフラウアのように悪意をぶつけてくることはないが、さりとて友好的でもない。
鎖の届くとこに食料を置いてくれることは決してなく、頼んでみたところで、無言で首を振るだけだった。
いつも無表情に淡々と日課をこなす。
いつしか俺も、鎖を付けられることに抵抗しなくなっていた。
俺よりかはマシ。
そう思ってはいるが、もしかしたらバーリィも俺と同じで、何か魔道具に行動を支配されているのかもしれない。
友好的ではないが、少なくとも直接危害を加えられたこともない。
やっぱり憎むべきはあの女、フラウアだ。
それに俺をこんな境遇に転生させた、あのメスガキ女神。
いつか絶対にお前らに復讐してやる。
その一念だけが、俺を生きながらえさせていた。
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