第9話(一)

 ───秋のまだ始まりの季節。

 学校での放課後。

 間宮の迎えを待っていると、教室に藤井先輩が入ってきた。

「…………………」

 俺は動きが止まる。たぶんクラス中もだ。そんな中、堀だけが椅子から立ち上がり藤井先輩を出迎える。

「先輩どうしたんですか?」

 堀は嬉しそうだ。

 普段は冷静なくせに、なんで藤井先輩の本性わからないかな。すっごい尊敬の念があふれてる。

 なんでかなと疑問に思いながら、つい、

「堀お前今後の人生で大きく騙されるなよ」

 と、言ってしまう。

「なんだそれは」

 堀は無感情な目で俺を見る。

「堀も元気そうだな。夏の試合の成績良かったんだから、これから部を引っ張ってもらわないと」

 藤井先輩が猫を被った爽やかな笑顔で堀に言った。

 こっちは無視かい。

「いえ、やっぱり藤井先輩が柔道部にいてもらわないと……先輩が引退したので毎日寂しいです」

 本当に寂しげに堀がつぶやく。藤井先輩はそっと笑いながら、

「堀なら俺がいなくても大丈夫だよ」

 と、言った。

 そうか、と思う。

 藤井先輩はすでに柔道部引退して受験モードなのだ。

(ならなんでここに来たんだ?)

 ん? と思っていると、藤井先輩が俺を見る。

 そしてスマホを手に取り、画面を俺に見せた。

「………………っ、」

 俺は固まる。

 いつしか天音さんが撮った、俺の女装姿だった───。

 ニヤリとする藤井先輩と目が合う。

 俺は両手を前に出した。

「?」

 藤井先輩と堀がはてなマークを出す。

「タイム」

 俺はそう言ってA組に駆け込んだ。


 * * *


「あれ、真純。これから迎えに行くとこだったのに」

 あわただしく教室に入った俺を間宮が目ざとく見つけて声をかけた。

「佐々木はっ? って、いた! 佐々木っ藤井先輩に女装の写真のことバレた! どうしよ!?」

「────────」

 テンパる俺に、佐々木はぱちくりとまばたきして一拍おいてから、

「退学にはならないと思うから大丈夫だ」

 淡々と告げる。

「何冷静に受け答えしてるんだよ?!」

「って、真純なんで俺を頼らないの?」

 叫ぶ俺と変な突っ込みを入れる間宮がいて、もうなんだかな! とジタバタしたくなっていると、

「どうしたの?」

 と、声とともに後ろから抱きつかれた。

「ぎゃああああああっ!」

 藤井先輩だった。

「ちょっ! 何真純に抱きついてるんですか!」

 間宮が割って入る。

 何このカオス。

「あーはいはい、離れますよ」

 藤井先輩が離れて、再びスマホを出す。

「みんな知ってるの? これ」

「俺らだけですよ」

 佐々木が答えてから、

「なるたけ広めたくないんですけど」

 そう付け加えてくれる。

「俺もこないだの文化祭でのメイドさん見て気付いたんだよね」

 藤井先輩の言葉に、あれかーと絶望的になる。

「俺も言うつもりないけど、またこれから遊びに行こうよ」

「なんすか……脅しですか?」

 警戒する俺に、藤井先輩は笑って、

「少し息抜き。まわり誘うのも空気読まない感じだから」

 そりゃまわりも受験生なんだから。

「余裕ですね」

 俺が言うと、

「勉強はしてるよ」

 と、藤井先輩は返した。

「図書室横の準備室行く?」

 続けて言ってくるので、

(どうしてもこっちと絡みたいんかい)

 ジト目になりながら、不安そうな間宮を尻目に、

「いいですよ」

 と、言っていた。


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